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5限目

 アキラくんに5限目がやってくる事は無かった。

 教室の扉を開けたのは手を掛けていたアキラくんでなく、新しいクラス委員のアイさんだった。

 アイさんは俯いて、右手にはカッターナイフが握られていた。

「どうしたのアイさん」

 アキラくんはカッターナイフを気にすることなく、普段と何も変わらぬ口調で言う。

 もしかしたら、アキラくんはアイさんの右手にあるカッターナイフに気が付いていないのかもしれない。そう思ってしまうほどアキラくんの口調はいつも通りだった。

「アキラくんがサトシくんを殺したの?」

「うん、そうだよ」

 そこに悪意や疾しさは無い。それが当たり前のような口調。

 アイさんは再び問う。

「どうして殺したの」

「どうして殺したんだろう。覚えてないや」

 アキラくんのその言葉は真実であった。あえて言うなれば、本能とか衝動とか、理由と言うには足りないもの。

「先生に言わなかった理由は?」

「怒られたくなかったから」

 今度は至極まっとうな理由だった。しかし、それはアイさんを怒らせるのには十分だった。

「そんな理由でみんな死んだの?」

 サトシくんの死が原因で始まった、一連の死、特に誰が死のうと気にする事は無かったが、不要に命を捨てることはもったいない。使えるものを捨てるのはもったいない。

 アイさんの目は怒りで血走っていた。

「私はクラス委員だから貴方に罰を与えるの」

 アイさんのナイフがアキラくんの喉に深く食い込み、その傷から噴水のように血が吹き出る。

 吹き出た血はアイさんもアキラくんも、天井も床も等しく汚していく。

 その間、アキラくんは体を痙攣させながら立っていた。

 血の勢いが弱くなってきた時アキラくんの口が動く。口が動いただけで、声が出ることはない。

 なんとか、その言葉はアイさんに伝わったのか、アイさんはその通りだと笑う。

 アキラくんの言葉は「君も同じじゃないか」と言う怨みの言葉。

 所詮は人間、所詮は動物。怒りに身を任せ殺した。

 人を一人殺すには、とるに足らない理由。

 アキラくんもアイさんも所詮は本能を抑える事の出来ない、一匹の獣でしかなかった。


◇◇◇


 悟史君を殺した。

 それはほとんど衝動的な行動だった。

 誰かを殺してみたいそんな衝動に駆られたのだ。それが間違った行動だった事は少し考えれば解かる事かもしれない。

 しかし、僕には解からなかったのだ、なぜ理性的に行動しなければいけないのか、なぜ本能的行動を悪にするのか。

 楽に生きよう、楽しく生きよう。そんな、人間なら当たり前の考えが、否定される理由が解からなかった。

 人間は欲から進化した生き物なのに、なんでそれを否定するのか。

 否定する理由が欲しい。

 そう思ったら、目の前にいた悟史君を殺していた。

 欲から進化した人間を知るために、欲から人を殺した。

 しかし、殺したからと言って理由は見つからなかった。

 がっかりした。

 人間一人の命なんて、こんな程度かとがっかりした。

 がっかりしてその場から逃げた。警察には捕まりたっくなかった。せめて答えが出るまで考える時間が欲しかった。

 人目を避けるため僕は森の中に逃げ込み、答えを考えた。

 警察から逃げる事より、それは僕にとって重要だった。

 でも答えは出ない。

 人間一人殺したのに、何も答えが見つからない。僕は答えが知りたいだけなのに。

 それは知的好奇心。知らない物を知りたい本能的な欲求。

 遠くでサイレンの音がした。時間が無い事を知った。

 少し歩こう、出来るだけ遠くに思考できる時間を稼ごう。

 森の中を歩きながら考える。

 なぜ、本能で生きてはいけないの?

 森の中を歩いて行くと開けた場所に出た。中心には井戸があった。

 ちょうど良いと思い、井戸に腰かけ思考を再開する。

 遠くで怒鳴り声が聞こえた。

 木々を揺らす音が近づいてくるのがわかった。

 ああ、また邪魔されるのか、また否定されるのか。

 そんな事を考えた時には何人かの警察に囲まれていた。

 警察は無駄な言葉を発しながら、じりじりと近づいてくる。

 そんな警察の様子を見ながら僕はため息をついた。そして僕は井戸の底に飛び込んだ。

 落下する。

 井戸の中の湿った気持ち悪い空気が僕にまとわりつく。

 それを不快だと思った時には、僕はもう井戸の底に頭をぶつけていた。

 頭から血液と一緒に意識が抜けていく。

 井戸の底で僕は意識を失った。

 失って見つけた。イドの中にあった世界。

 僕の願った世界はそこにあった。

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