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3限目

 サトシくんが死んだ。ケントくんが死んだ。アサイさんが死んだ。先生も死んだ。

 でも、世界は何も変わらずに動き続ける。もちろん、誰が死のうが物語が終わることもない。

 生徒達は既に4人死んだにもかかわらず、3限目の社会の授業を受けるべく椅子に座り先生が入ってくるのを待っていた。

 死んだ先生の代わりにどんな先生がやってくるのか、生徒達は期待に目を輝かせた。

 教室の扉が音を立てて開けられ、生徒達の視線がそこへ集まる。

 生徒の視線の先には小柄な男性教師がいた。

「それでは社会の授業を始めます」

「起立、礼、着席」

 新しいクラス委員のアイさんの挨拶で授業は始まった。

 授業の内容は自分達の居る世界について。

「皆さんは自分の世界について何処まで知ってますか? 世界は何で出来てるでしょう」

 クラスの中から声があがる。

「ルール」

「愛」

「人」

「憎しみ」

 男性教師は生徒達の意見を否定も肯定もせず笑顔を浮かべて聞いた。

 一通りの意見が出たのか、教室に溢れていた声が小さくなる。

「では、世界はどんな形をしているでしょうか」

 この質問に対して生徒達は一つの答えを返す。

「世界は円形で」

「世界の端には壁があり」

「その向こうは誰も知りません」

 代わる代わるに一つの言葉を作る。

 そう、これがこの世界の形だった。世界の端には高い壁が聳え誰も壁の外を知らない、彼らは井の中の蛙のような存在だった。

「では、壁の向こうには何があるでしょうか」 

「好奇心は猫を殺す。前の先生が言ってました」

 アイさんは手を上げて言った。

 生徒達がアイさんの方を心配そうに見つめる。

 その一方、次はアイさんが死ぬのでないかと好奇の視線を向ける生徒もいた。

「難しい言葉を知ってますね」

「壁を登った人間が落下死する。だから誰も壁の向こうを知らない」

「知らなくとも想像はできるでしょ、アイさん」

 アイさんは少し考える。

「何も無い、少なくとも私達は生きていけない場所」

「なんでそう思うんですか?」

 男性教師は優しい声で言った。

「そう思わないと外が見てみたくなるから」

 男性教師は腹を抱え笑う。

 突然の笑いに生徒達は顔を見合わせ、お互いに不安な顔を晒す。

「とても面白い意見だと思います。他に意見がある人は居ませんか」

 男性教師は教室の中を見回す、唯の1人も手を上げないことを確認すると口を開いた。

「私も外の世界を知りたくありません」

 その言葉に教室がざわめいた。

「私は外の世界には個々と違う世界があると信じています」

 そんな教室のざわめきを気にもせず男性教師は話を続ける。

「私達は井の中の蛙です。外の世界には外の世界のルールがあり、違う常識に支配されています」

 そして、教室の生徒を見回して言った。

「自分の真実が虚像でしかない。それはとても気持ち悪くないですか?」

 男性教師は生徒に語った。

 常識が常識でない世界、非常識が非常識でない世界。

 正しい自分が間違えとされる世界。

「もし」

 教室にいる誰かが声を出した。

「もし、ここがそんな世界だったら、皆は死ななかったんでしょうか」

 その声は誰に聞かれることもなく消える。

 誰もそんな事気にしない、誰が死のうと誰が殺そうと気にしない。

 ここはそんな世界。井戸の中に沈む暗い世界。

「僕は外の世界に出たい」

 さっきまで無反応だった生徒が一斉に彼の方を見る。

 生徒達の目には光はない、見ていると吸い込まれそうな、そんな深い深い闇がそこにあった。

 

◇◇◇


 僕は深い深い井戸を覗き込んでいた。

 井戸の底には、反吐、憎しみ、怒り、糞尿、そんな汚いものが沈んでいた。

 そこに蠢く衝動。

 気がつくと井戸を覗き込む僕の周りには人集りが出来ていた。

 なんでそんな目で見るんだ、僕はしたい事をしているだけなのに。

 お前らと違って自分に正直に生きてるだけなのに。

 僕はそいつらから逃げるように井戸に飛び込んだ。井戸に沈んでいく。

 沈んで行く中、僕は見た。

 イドの中の世界がそこにあった。


◇◇◇


 生徒の視線を一身に浴びながらアキラくんは倒れた。

「アキラくん、アキラくん」

 授業中、突然倒れたアキラくんを心配そうな顔をして生徒達は見下ろしていた。

 生徒達は口々にアキラくんを心配する言葉を投げる。

 そんな、生徒達を押しのけ先生はアキラくんの横に膝をつく。

「大丈夫ですか? 意識はありますか?」

 アキラくんの肩を叩きながら先生は言った。

 しかし、アキラくんは目を開けない、気を失ったまま叩かれるまま横たわっている。

「先生はアキラクんを保健室に連れて行きます。君たちは自習しててください」

 それだけ言うと先生はアキラくんを抱え上げ、教室を飛び出した。

 教室には生徒達だけが残された。

 もちろん誰も自習など初めようとしない、そんな事より非日常への好奇心がまさり、教室は蜂の巣をつついた様な騒ぎだった。

「でもさあ、正直自業自得じゃない?」

 誰かが言った。

「そうだね、僕もそう思う」

「私も」

 その言葉に生徒達は思い思いの返答を返す。

「どういうこと?」

 疑問を投げかける生徒もいた。

「だって、サトシくんを殺したのはアキラくんだよ」

 その答えに驚いた様子の生徒は居ない、人一人の死など此処ではその程度、サトシくんの死など日常を脅かす要因にもなりはしない。

 だって、此処は井戸の中の世界だから、自分に忠実なじぶんだけの世界。

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