ハンバーガー
無駄に長いです。忙しい人は見ない方がいいかと。
彼女は唐突に言った。
「もうこの秋季限定バーガー、終わるんだね」
なんだか淋しげだったから、僕は
「明日食べに行くか」
そう答えた。
自分で言っておいてなんだが、彼女と最初に食べる外食がハンバーガーっていうのも少し気が引けた。
しかし彼女はそう言った瞬間、目を輝かせ、
「いいの?」
と言った。あの時の嬉しそうな表情は忘れられない。
「やっぱり秋だ、少し寒くなってきたな」
「そうだね」
僕は黒い長袖のセーターだけだったが、彼女は厚手のコートを羽織り、寒そうにしていた。
雪のように白い腕が少し震えている。それほどまでに寒いか、と僕は疑問に思ったが、寒がりなんだということで済ませた。
ハンバーガーショップが目の前に来た。彼女の美しい顔が、うきうきとした表情に変わっており、より一層かわいく見えた。
外にいた時とは打って変って、小走りに店の中へ入った。綺麗な長い黒髪を揺らし、僕を引っ張ってレジへ並んだ。
まだ席も何も決まってないじゃないか。全く、無邪気だなあと感じつつ、
「まず席をとってからにしよう」
僕が少し笑いながらそう言うと、彼女は一瞬きょとんとした顔になって、一気に顔が赤くなった。
「そ、そうだったね。迷惑かけてごめんね」
「いいよいいよ、気にしないで」
耳まで真っ赤な顔のまま、彼女は階段を上がっていく。
「二人で一緒に食べる初めての外食がこんなのでごめんな」
後ろから、夜空のような黒く輝く髪を見てそう呟いた。
「大丈夫、私これ食べたかったの」
振り向き、にこりと微笑む。その微笑みは、僕にとっては最高に綺麗で美しい顔だった。
「これと、これの単品を一つ」
彼女は楽しそうに、商品の写真に指を乗せて話していく。
「あなたは?」
ふいに彼女は僕の方を向き話しかける。しまった、見とれていたかもしれない。
「あ、えっと、じゃあ・・・」
「同じにしよう」
にこりと僕に微笑む彼女に、僕は任せた。
「じゃあ、すいません、その期間限定のやつ、もう一個下さい」
「うふふ、幸せそうなカップルでいいですね」
アルバイトの女の子は無邪気ににっこりと笑い、僕らに言った。
「え、いや、その・・・」
否定したいが確かに付き合っているし、どうなのだろう。僕はこういう話は苦手だから、彼女に助けを求めようと、彼女の顔を見た。
・・・耳まで真っ赤だった。
彼女もこういうの駄目なんだなぁ、としみじみ思った。こんな僕とこんな彼女じゃ、そりゃ付き合って一週間か二週間、何にも進展しないはずだ。
でもそんな彼女が僕は大好きだった。
「あ、ごめんなさいね。末永くお幸せに!」
その瞬間、彼女の顔は火が出るどころか爆発したようだった。
「なんだ、その、アレだ・・・またひどく純粋無垢というか、無邪気というか、そんな子だったな・・・」
僕がしどろもどろに彼女と話そうとする。しかし彼女はうつむいたままだった。
「でも、嬉しいな」
その一言だけを残し。
席に座り、ゆっくりと食べ始めた。
彼女は言った。
「これ、初めて食べるなぁ。ずっと昔からあったけど、全然食べたこと無くて」
「そうなのか」
僕は上手い返事を返すことができなかった。
数分、何も会話が無く、黙々と話すだけだったが、僕がハンバーガーを食べ終わろうとした時、彼女は呟いた。
「来年も、食べれるかなぁ」
淋しそうだった。キラキラと光る瞳が、少しだけ濡れている。
「来年や再来年も、二人で食べような」
「うん」
ベットしかない真っ白い病室、星の見えない真っ暗な空、そして、まだ動かない彼女を見て僕はそのことを思い出した。
蝉がまだ鳴いている。そんな季節なのに。
「まだ付き合って一年も経ってないじゃないか」
「病気があったとかさ、最初から言ってくれればよかったのに」
「約束しただろ、去年のハンバーガー」
僕はひたすらに話しかけた。視界がぼやけている。気付けばぼろぼろ、目から水が滴り落ちている。
言ってくれれば、こんなお互い苦しい恋はしなかっただろうか。
一番苦手な言葉すらも唇からぽろりと出て来た。
「もうこうなったら、君のことをずっと、ずっと、好きでいるしかないじゃないか」
こちらの小説は私のブログでも書いています。
そちらにて(長いですが)後書き・裏設定(?)を書いてあるので、見たい方はどうぞ。