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なーんてことはない4月28日の木曜日。ゴールデン・ウィークの一日前に、俺はゴールデンなトラックに引かれて死んだ。
そして俺は転生した。来世はゴールデンなニューライフを送るつもり。
萩原風雲28歳です。よろしくお願いします。
一人降り立った異世界。しーんと静まり返っている。出迎えはないようだ。
仲介人の女神とは会えないのだろうか?
もしかして実は死んでなくてデスゲームの会場でしたというオチ?
だが、俺には確信がある。ここが異世界だという確信が。なぜなのか説明しよう。上空を超巨大なドラゴンが飛翔しているからだ。――これは言い訳の仕様がない。
今は悠々と旋回しているが、獲物を探しているようにも見える。狙われないことを祈るばかりである。
それに太陽が二つある。片方の太陽がちょっと大きい。
――実は片方月じゃないかって? 見間違えるか!
太陽が二つあると影はどうなるのか疑問に思った理系のあなた。
――正解は影が二つできるだけである。
周囲に生えているのは見慣れない草。少し離れたところには鋭い牙のようなものがびっしりと生え揃い、ぎょろりと二つの目を持つ植物がある。規模感から、食虫植物というより食人植物である。
絶対に近寄りたくない。
ここは森林の模様だ。よりによって右も左も分からない森林スタートとは、この世界の神様は残酷である。
周囲には大小様々な木々が天を貫いている。幸い、動物らしきものの姿は、今のところ見当たらない。――天空を飛翔する竜以外はね。
よくあの竜を仲間にする小説があるけれど、そんなことを考えるやつは、たぶん本物の竜を見たことがないのだ。
俺に無敵の力が備わっていたとしても、あの竜に斬りかかろうとか、喋りかけようとは一ミリも思えないだろう。
そもそも言葉が通じるというのが都合が良すぎるのだ。あの巨大な口から放たれるのは、可愛い日本語ではなく、嵐のような獄炎に決まっている。
それにしても、心細いことこの上ない。堂々と構えろなど無理な話なんだよ。
あたりを探索しようと息巻いてみたはいいが、ものの30分と持たずに疲れ果ててしまった。慣れない地形というのは殊の外、体力を消耗する。
挙句の果てには、モンスターと遭遇してしまった。遭遇したとはいっても、遠くに野生のモンスターの群れが見えて、慌てて引き返したのである。
まあ、俺だってモンスターと出会う心構えくらいしてたさ。どうせ俺が出会ったモンスターなんて、スライムかゴブリンだと思ってるんだろう。
んなわけあるか!
冷静に考えれば、そんな甘い話などないのである。俺の背丈の2倍はある。巨大なライオンとクマが混じったような鋭い爪。獰猛な太った黒い体。野良犬なんか目じゃない。それが束になって群れを作っている。
――あいつらはやばい。
俺は直感に従った。それが生き延びられた理由だろう。
もしうっかり「ここって日本ですか? あはは、違いますよね」なんてのんきに話しかけたら、あのよだれが垂れてる牙に食いつかれて一瞬で奴らの餌になっていた。
既に小一時間が経過するが、生存できている自分を褒めてやりたい。
謎の食虫植物、見たこともないような毒々しいカラフルなキノコ。意思を持つようにざわざわと騒ぐ高い木々、領域を治める魔獣の群れ。空を飛翔する竜。
そして、特筆すべきはまったく何の能力も宿らない俺である。
どんなハズレスキルだって見放さないつもりである。
たとえスキルが「筋トレするたびにちょっと強くなる」だとしても何千、いや何万時間でも筋トレしてみせる自信がある。たとえ一属性しか使えない魔法使いだとしても、その属性を極めてやる。
なにせ、ゴールデンなニューライフを歩むと誓ったのだ。さっき。
――こんなに気合が入っているのに、いきなり魔獣の森に捨て去るのはひどいじゃないか。
「お腹すいたな⋯⋯」
情けない呟きが思わず漏れた。
ここに転生してからというもの、極力喋らず、刺激せず、無理をせずを貫いてきた。
よくよく考えれば、というか考えなくとも、なぜゴールデンなトラックに引かれて早々に、こんな目に遭わないといけないのだろう。
結局のところ、異世界転生の理想形は「勇者様よくぞ召喚に応じてくださいました。こちら姫です。ぽいっ。こちら聖女です。ぽいっ」「はいはい、どうもありがとうございます。ゆっくり魔王でも倒そうかなー」この展開に限るのだ。
異世界にいきなりぽいっはひどいじゃないか。俺泣いちゃうぞ。どこの異世界転生に開幕から泣きわめく奴がいるんだよ。
モブだってもうちょっと盛り上がってるわ!
「てめえはうさぎか!」
は? 声がした。咄嗟に反応する。
「なんでうさぎ?」
「そりゃ、寂しくて死ぬからうさぎなんだよ!」
何やら異世界に似合わないセリフである。うさぎがどうとか、ここは地球かよ。くすっ。
それに、うさぎが寂しいと死ぬのというのは迷信らしい。うさぎは繊細でストレスには弱いが、寂しいだけで死ぬことはないんだよ。くすっ。
「笑うな!」
おっと、声に出ていたようである。
「さっきから見ていたが、なんでこいつはことごとくピンチを避けるんだ? 冒険心がないのか? ピンチを見極めて助けに入ろうとしていたのに、まさかこの雄大な異世界で転生早々孤独死だと?」
散々な言われようである。
俺だって楽しもうとしたさ。最初はね。でももうちょっとハイスペックな体に改造してもらわないことにはすぐに疲れちゃうし。それに、無能力じゃ厳しいよ。
既に諦めモードである。
「うるさい、うるさい! まずはこっちを見ろ!」
日本語なので、てっきり脳内に直接話しかけられていると思っていた。
実際声も鼓膜が揺れている感じがしない。
声の質はというと、まさに男である。
いや、なんで男だよ?
それも、爽やかイケメンボイス。
爽やかイケメンボイスが不機嫌そうに喋っているのである。
いや、なんで?
ねえ、神様。そんなところでいじわるしなくてもいいんじゃないでしょうか。
俺はドジで間抜けな子でもいいので、声だけは女の子が良かったです。
俺は四方を探った。
どでん、とそいつはいた。
なぜ気づかなかったのか分からないくらいの存在感である。
まあ、今突然現れたということにしておこう。――ここ異世界だし。何が起きても不思議ではないのさ。
そいつの見た目を一言で言おう。
「自動販売機」である。




