炭
あらすじにも書いたのですが、実在するヨーロッパの民話をモデルにして書いてみました。
すぐ横のベンチで、見知らぬガキが駄々をこねながらピーピーわめいている。
うるさいのでポケットから板チョコを取り出し歩み寄ると、ガキに手渡す。
これで黙るだろ。
案の定、ガキはピタッと泣き止み、困り果てていた母親は恐縮したように俺に頭を下げた。
「す、すみません。ほら、レテ。あなたもお礼を言って。」
レテ、と呼ばれた女の子は機嫌を直したようで俺の方を見上げるとにっこりと笑いかけた。
「ありがとう、おじちゃん。」
俺はガキから視線を外したまま、仏頂面で黙ってうなずく。
そして何事もなかったかのようにすぐ隣のベンチに戻りドカッと腰を下ろす。
そのうち父親と思わしき人物が現れ、一行はその場を離れていった。
俺はもとのとおり、ベンチに一人で座っていた。
・・・それにしても遅ぇな。
俺はベンチで足を組みながらふんぞり返り、奴を待った。
約束の時間はとうに過ぎているぞ。
俺がもう何本目かわからない煙草に火をつけたと同時だった。
「おぅ、すまんすまん。」 ようやく相棒が現れた。
「ずいぶんと遅かったじゃねえか。」 「ああ、ちょっぴり手間取っちまってよ。」
「・・で、始末できたのか。」 いぶしむ俺に奴は、白い息を吐きながらああ、と短く答えた。
「そいつはよかった。てっきりしくじったのかと思ったぜ。」
俺は煙草をくわえたままゆっくりと立ち上がる。
「そう簡単にヘマするかよ。」 と、奴が笑った。
俺たちは並んで歩き出した。
道中、すれちがう通行人たちが、目を合わせないようにして・・そそくさとそばを通り抜けていくがいつもの事なので慣れたものだった。
真っ黒なサングラスに分厚いコートを羽織ったいでたちで、海沿いの歩道を歩く俺たち。
灰色の空からは雪がチラチラと舞い、眼下から吹き上げてくる海風が凍えるように冷たい。
むこうから親子が歩いてくるのが見えた。
浮きまくりの俺たちが視界に入っているだろうが、特に気に留める様子もなく、二人はおしゃべりに夢中であった。
やがて距離が近づき、すれちがいざまにこんな会話が耳にとびこんできた。
「今年は魔女さんから何をもらったの?」
「大好きなラムネがいっぱい入ってたよ!他のお菓子も」
「よかったわね。去年もいい子にしてたからよ。魔女さんは悪い子には”炭”を運んでくるからね。」
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「ご苦労だったな。マルチェロ。もう下がっていいぞ。」
「・・はい。」
俺は一礼すると自分の位置に戻った。
今日は1月6日。
新年初の幹部会議の日でもあり、俺たちはアジトの一室に集められていた。
豪華な広間の空間にはスーツ姿のそうそうたる顔ぶれが、中央にいるボスを取り囲んで整然と並んでいる。
各チームのリーダーはこの1年間の成果を報告する日となっている。
そして、俺もなんとか無事に報告を終えることができた。
革張りのソファーに腰を下ろし、膝の上のペルシャ猫の背中を撫でながら黙って俺の話を聞いているボス。
平静を装っていたが俺は内心では冷や汗をかき、緊張のために心臓は波打っていた。
ボスはそんな俺に言うまでもなく気が付いているようで、時折、猫と同じ金の瞳を細めたかと思えば、急にこちらを射抜くような視線をし、俺の反応を楽しんでいるようにさえ見えた。
毎年この日だけは、ファミリーの者たちはいつも以上に寿命が縮む思いであろう。俺だけではないはず。
そして、ファミリーの面々が次々と報告を終え、ついに最後のチームの報告が済んだところでボスが静かに立ち上がった。
膝の上のペルシャが逃げる。
「さて。」
一段高い場所にいるボスが、俺たち全員をじろりと見まわす。
その場が水を打ったようにしん、と静まり返る。
ボスと顔を合わせるのは年に一度。
・・そう、今この時だけである。
日々の抗争や何やらで一度もその顔を拝む事も無いまま、死んでいく奴等も多い。
<年齢不詳の外見。>
<背は高くがっしりしているほうだが、どこか中性的で人形のような顔立ち。>
ボスと対峙するたび、俺たちはいつも思う。
自分達と彼とでは所詮、<獲物>と<捕食者>の立場でしか関係が成り立たないのだ、と。
”なに。相手はたったの一人なのだから、いざとなったら袋叩きにすりゃあいい”などと言う意見も聞く。
が、実際に本人を目の前にした瞬間。・・あの、金の瞳に射抜かれた瞬間。
得体の知れない恐怖に、誰も彼もがなぜか全く動けなくなるようだ。言うならば、そう。心臓をわしづかみされたような感覚。
初めてボスに会った時の俺は震えが止まらなかった。今はあの時に比べて慣れたものであるが、顔を合わせるたびに<もう自分の命はこの男の手の中でいいように転がされているだけの物だ。>と、改めて思い知らされるのであった。
目が合うと絶望に近い感情を毎度、味わわされるのだ。
(たまーに、別の意味で射抜かれちまう輩もチラホラいるが、ま、それはここで話すことじゃねえがな。)
幸運なことに、俺は組の頭になってから毎年欠かさずに彼の顔を見ている。今のところは。
てか、全然老けねぇな。この人。
ボスは澄んだよく通る声で俺達に向かって言った。
「皆、この1年間、ご苦労だったな。お前らの働きにはいつも感謝している。おかげで今年も例の”魔女さん”から素敵な素敵なプレゼントがたくさん、届いてるぜ。」
毛皮のガウンに包まれた右腕を高く振り上げて彼はパチン、と指を鳴らす。と、同時に大きな袋をひきずりながら組の若い衆が数名、入ってきた。
「ありがたく受け取りな。」
袋は次々と運び込まれ、全部で9つだった。運んでいる途中に中のひとつが破けてしまい、中身が出てきてしまっている。真っ黒な物体が床に散らばり、粉塵が舞う。
それを見たとたん、俺たち全員は大爆笑した。
<今年も光栄なこった。> <上等だぜ、クソアマ!>
・・・・・そう、中から出てきたのは。
大量の炭。炭。炭。 真っ黒な<炭>であった。
毎年恒例の事ではあるが、古くからこの地方につたわる伝説の魔女から民に贈り物が届けられるのだ。
”いい子”には<甘いお菓子>が。
そして・・悪い子には<真っ黒な”炭”>が。
正体のわからない魔女。
有名でありながら、いまだかつて、誰もその姿を見た者はいない。
「掃除しとけよ。」
ボスは背を向けるとガウンをひるがえしながら、拍手と笑いと怒号に包まれた空間から出ていく。
彼の後をペルシャがよちよちとついていく。
俺もなんだか外に出たくなり、少し遅れてからその場を後にした。
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小さなおもちゃのようなレンガの橋の上。
俺は橋にもたれかかり煙草をふかしていた。
すぐ下には海へと続いているであろう、小さな川が流れている。
忘却。
この世界に入ってからもう何年も経つが、これまでに何人もの仲間が死んでいった。
そして、そいつらの顔ももう・・俺は思い出せないでいる。
忘れないとやっていられないのかもしれないが。
ときどき、思う。
このまま。
このまま・・大量の炭を贈られ続けるだけの人間として自分は生涯を終えるのだろうか、と。
ふいに、なんだか口がさみしい・・と思った。
が、煙草は今ので切らしちまったし。
なんか甘いもんでも・・と、服のポケットというポケットを探るも菓子のひとつも出てこない。
チッ、と舌打ちをしかけたと同時であった。
かさり。
・・・・・・・・
物音がしたので、反射的にそちらをみる。
と、手元に(正確には手を置いている橋の上に)何かが置かれていた。
それは・・何かの包みであった。
・・・・・・・・・・・・・。
いつのまに?
・・・誰かがそばに来た気配など、今の今までなかった。
胸元の拳銃に手をしのばせながら、あたりを注意深く見まわす。
誰もいない。
気のせいか。
もとからそこにあった事に気がつかなかっただけで、風で包装紙が音を立てただけなのかもしれない、と俺はだんだん自信を失くしてきた。
何より暗いし、ぼんやりとしていたからな。
「・・・・・・・・・・・。」
寒風がヒュウと吹きつけるなか、俺は2~3分ほどその場で静止していた。
・・しかし、どうしても気になったので、迷ったあげくについに包みを手に取ると、包装を解いた。
どこからともなくニャア、と猫の鳴く声がする。
「これは。」
中から出てきたのは。
//あんたもたまにはいい事するのね。//
というメッセージ付きのミニカードの添えられた、4粒のまあるいキャンディーチョコレートであった。
完




