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ソーネチカ

 ソーニャはまだ朝寝の途中だった。

 おれはそれを眺めながら煙草に火を付けて缶コーヒーを開ける。

「これがビールじゃない、その一点でおれはダメ人間失格だね」

 そう考えることがそもそもダメ人間として不適合なのだ。

 家賃を払いたくないと思うのもダメだ。本物はそんな事を考える前に払わない。

 光熱費通信費も払いたくない。本物は止まってから考えるのだ。

 水道代を払わないで止められたり、家賃を滞納して鍵を変えられたりしてからがダメ人間の本領発揮なのだ。


 空き缶を灰皿にしてから、そう言えばソーニャがこれをすると怒るんだったと思い出した。

 まぁいいさ。潰してゴミ袋にまとめてしまえば気づかないだろう。

 おれは所詮、この程度なんだ。

 分別をしないとかくらいの、その辺が限度のちゃんとしていない人間なのだ。


 ソーニャの寝息を聞きながら金色の髪や桃色の乳首が動くのを見ていると、おれと言う存在が愚昧で矮小なものに思えてきた。

「ちゃんとしたくないんだよ」

 おれの独り言はソーニャに聞こえない。

「ちゃんとしないおれを、おまえは愛せるか?」

 ソーニャの白い胸が上下する。


 例えば朝寝のソーニャを犯したりしない。

 例えば財布の中身を確認しないでレストランに入りたい。

 おれはちゃんと朝に起きて仕事に行く。

 やるべき仕事をきちんとこなして帰る。

 無遅刻無欠席無早退。

 寄り道もせず帰り、ソーニャと食事をして眠る。そしてたまに愛し合って眠る。


 ちゃんとしたくない。

 たまには逆方向の電車に乗ったりしてみたい。

 でもそれはハードルが高いから、通帳記入しないとかアマゾンで購入履歴を見ないところから始めるのはどうだろう?

 いや、ちゃんとしない事がどう言う事かなんて考えないことから始めなきゃダメだろう。


 おれはおれについて知りたく無い事が幾つかあった。

 朝起きて時間前に出勤して無難に仕事をしながら生きるなんて事ができる普通の人間だったこととか、思ったよりセックスが好きじゃなかったこととか、さっさと死ぬ勇気がなかったこととか。

「ごめんな、ソーニャ」

 おれはお前が思ってるような男じゃないと思うけど、実際のお前はおれをどんな風に考えているんだ?


 本当はオイルを交換してないバイクで海まで遊びに行ったりしたいんだ。

 ホイールの軸が歪んだままのルイガノで遠出したっていい。

 仕事しないでソーニャと遊んで眠りたい。

 「ちゃんとしてぇ」って言いながらソーニャの部屋で朝から酒を飲んで、日がな一日小説を書いて、ソーニャが仕事から帰ってくるのを待ってたい。

 気が向いたら夜は駅までは迎えに行って、ソーニャからもらったお小遣いで暖かい飲み物を買って改札で待つんだ。

 帰りには、ソーニャのお金で肉まんか何か買って手をつないで帰ろう。

 そんな幸せをやってみたい。


 でも実際のおれは会社員を十何年もやって気づいたら、仕事を辞める気も転職する気も無くして染みったれたベランダで煙草しゃぶってるのだ。

 毎日ちゃんと寝て起きて仕事行ってるのだ。

「ちゃんとしたくねぇんだ」

 避妊だってしたくねぇけど、おれなんかの遺伝子をソーニャに委せる訳がねぇだろ?


 ソーニャの脇でちゃんとしてないおれが笑う。

「親父がニセモノだと笑っていたロレックス、30万円にもなるから持って帰ってきたわ」

 そんな風にちゃんとしたくねぇ。

「家賃滞納しちゃってさ、でも大家さんは殺せないし」

 そんな風にちゃんとしたくねぇ。


 でもソーニャはそんなおれを笑うばかりだ。

「ちゃんとしたくねぇ」

 ソーニャの白い肌が揺れる。

 ソーニャの桃色乳首が揺れる。

 ソーニャの金髪が揺れる。

「ちゃんとしてるから、ちゃんとしたくない」

 お巡りさんはこっちを見ている。

 おれはラバーソールの踵をすり減らして歩く。

「ちゃんとしたくねぇ」

 生活費に支障が出ない、その境界線のこっち側でビビりながら場外馬券売り場の片隅に座り込む。

 外れ馬券を栞にして本を読む。


「ちゃんとしたくねぇ」

 波打ち際で足を洗われながら帰り道だけがちゃんと見えてる。

 波に飲まれて死のうと言うソーニャと腰まで使った海の真ん中、「もう帰ろう」と言ってソーニャを泣かす。

 おれはその程度なんだ。

 だから帰ろう。

 一緒にドアをあけて、ただいまとおかえりを言うんだ。


 バスタブの横にあるベッドでソーニャは「安全装置の外し方を知ってるあなたは狡いわ」と笑って薄いドレスを着た。

 おれは靴下の左右を確認して足を通した。


 帰り道の月はとても綺麗でした。

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