朝
朝はクソだ。何時だろうと朝は眠い。
いや、起きなきゃならないのは労働の為だ。つまり資本主義がクソだ。賃労働も資本もクソだ。
いや、どのみち人生はクソだ。救いはいつか訪れる死だけだ。
その死に一番近いのが眠りで、しかし残念ながらそいつは長続きしない。
その次に近いのはスピードだ。
シミだらけの作業服に着替えて缶コーヒーと煙草の朝メシを身体に送り込む。
部屋を出ると風が冷たい。
蹴って起こしたバイクが白い煙を吐く。
疎ましいほどに寒い冬がようやく疲れを見せてきた。
立春はとうの昔に過ぎて桜も咲き始めた。
季節外れの雪なんざ要らない。そのまま寝ていて欲しい。
何ならその隣で死ぬように眠らせてくれ。
冬と言う死の季節が終わると夏と言う死の季節が始まる。
その隙間にある悦びの季節は短く、瞬きをすれば終わっている。
自分は自分でしか救えない。
だからバイクに跨る。
速度を求めて宵っ張りの三日月に向かってバイクで走り出す。
誰もいないアスファルトに乾いた音が響く。ヘッドライトが朝靄を切り裂いて車体が震える空気に突っ込んで行く。
エンジンは限界まで回転する。バラバラになりそうな車体をねじ伏せる。
不運と踊ればそこにあるのは死だ。
午前5時。
寝ぼけ眼のニミバンが脇をかすめる。
大型トラックの吐く煙はまるで火事のような臭いがする。
白バイも覆面もいない道路は束の間の天国だ。そこにこそ救いがあるからだ。
でも速度だって眠りと同じだ。
目的地に着けば悦びの時間が終わる。
そして労働の時間が始まる。
労働。
そいつが全ての悩みを生む。
賃金。
そいつが全ての悩みを生む。
だけど眠りも速度も与えてくれるのはそいつらだけだ。
仕事が終わり、再びバイクに跨る。
疲弊と労働で混雑する通り。左折しても右折しても行く先は変わらない。どちらにせよ終わるだけだ。
バイクが走り出す。空気がかき混ざる。牛乳がバターになるまで。
バイクが走り出す。速度が上がり続ける。タウ=ゼロになるまで。
その繰り返しだ。
眠って死に近づいては目を覚ます。速度で死に近づいては停まる。
そうやって世界は回り続ける。
人生はクソだ。労働がクソだ。
でも仕事に行かなきゃと思う前に職場につけば何とかなる。
眠れないなら速度で誤魔化せ。
ちゃんとしてる人間のフリをする為に。
嘘っぽい。
と言うか嘘だ。
誰だってちゃんとしたくなんて無い。
三日に一度は寝坊遅刻したい。
なんだったら三年後の有給まで使いたい。
朝から代々木公園で缶ビール飲んでたいし寝る前に歯を磨いたりしたくない。
去年の約束も明日の約束も昨日履いた靴下みたいに散らかしたまんまにしたい。
買ってまだ読んでない本と買ってまだ見てない映画やAV、まだ遊んでないゲーム。
お気に入りに登録してるならまだマシだ。
その前で止まってるものなんか幾らでもある。
10年後のおれが10年前のおれに言う。
「若いやつの方がちゃんとしてるよ、タイパを意識してるからね」
10年前のおれは10年後のおれに言う。
「消費と消化は違うんじゃない」
「そこに拘って何もできないよりはマシだよ」
どちらも他人だ。
速度、眠り、タウ=ゼロに近づく生活。
賃労働、セックス、3こすり半くらいの生活。
陽が昇り落ち折り返すまでの時間。
薄いコンドームがスローモーションな欲望を笑う。
10年後のおれが笑う。
「ちゃんとしてぇ、って言いながら女の部屋で朝から酒を飲んで日がな一日ギターを弾いて女が仕事から帰ってくるのを待ってたい」
10年前のおれが笑う。
「そんなことをできるほど、神経が太くないでしょう」
どちらも他人だ。
どちらも、他人だ。




