09.ほしいと思ったら、際限がなくて
渡が両親に「凪と正式に付き合うことにした」と伝えると、すんなり受け入れられた。
「付き合ってなかったの?」
「うん」
「何で?」
「何でだろう……」
母の歌帆に詰められてタジタジしたものの、譲も歌帆も反対はしなかった。
「頭領に報告するが、構わないな?」
「うん、凪もお母さんに伝えて、必要そうならお父さんにもって言ってたから、美佳伯母さんにも伝えておいてほしい」
「……そうか。わかった」
譲がわずかに顔を曇らせ、頷いた。
「どうしたのさ」
「月の大使と挨拶するのが今から気が重いな……。娘を溺愛してることで有名なんだよ」
「……そうなんだ」
「骨は拾ってやるよ」
「秒で見捨てるじゃん……」
「本当に見捨てているなら姉貴に報告なんぞ行かん!」
「すみません、お手数おかけします……」
「わかればよろしい」
その後、頭領からは『了解した』とだけ返事があり、少なくとも反対はされてはいないようだった。
凪の方も似たようなもので、母親はすんなり受け入れたと、その日のうちに渡に連絡が来た。
『よかったわねって言われた』
「そんなもんなんだね」
『前々から言ってたし、猿渡と蟹沢も問題ないって口添えしてくれたしね。あとまあ……家柄的にも釣り合いが取れるからって』
「そっか。僕は分家の次男だけど、一応は雨水の人間だからね。雨水だからっていいことは別になかったけど……家が役に立ったなら、よかった」
『渡くん、家柄について卑屈だよね』
「雨男で嫌われてきたからさ」
『ふうん、じゃあその分私が甘やかすから腕広げて待っといて』
「……わかった」
その後、渡は凪を高校に迎えに行く予定を立てた。
凪の授業の終わる時間を確認して、渡が合わせられそうな日を決める。
金曜日だったので、そのままデートに行くことにした。
『楽しみにしてる』
「うん、俺も」
『一週間空いちゃうのは寂しいけどニャインするね』
「俺もするよ」
少し話してから電話を切った。
渡は足元がふわふわするような気がして、ベッドに倒れ込んだ。
「ふふ」
今まで渡に彼女がいたことはない。凪が初めての相手だ。
かわいい女の子が自分と出かけるのを楽しみにしてくれているというのは、なかなか幸せな気分だった。
金曜日、そわそわしすぎて宗輔にからかわれながら、渡は大学を飛び出た。
授業が終わってすぐに凪には迎えに行くと連絡してある。
高校の校門まで行くと、見覚えのあるボディガードと車が並んでいた。
……月詠と晴原、それぞれの本家の長子が通っているからだ。
「こんにちは」
渡は迷った末に蟹沢に声をかけた。
「雨水様。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。すみません、僕のワガママで」
「とんでもない。お嬢様がそれはそれは楽しみにされていました」
それから渡は、隣に並ぶ晴原のボディガードにも頭を下げておいた。
渡自身が親しいわけではないが、家の付き合いがあるし、互いに顔見知りだし、挨拶をして損はないと判断した。
たぶん蟹沢と運転席の猿渡も晴原のボディガードとは互いに面識があるはずだから、晴原に変な情報の入り方をされると不都合もある。
「結婚式以来でございますね、雨水様。明月様とはお知り合いでいらっしゃいますか?」
晴原のボディガードがストレートに突っ込んできた。
「はい、個人的な友人でして。父も知っているので、近い内にお話させていただくかと思います」
「そうでございましたか。探るような真似をしてしまい、申し訳ございません」
「とんでもない。確認なさるのは当然です」
とはいえ、今凪が「渡くん! おまたせ!!」と飛んできたら目立つし、どんな噂を立てられるか分かったものではない。
蟹沢に目配せすると彼女はニコッと微笑んだ。
「雨水様、よろしければこちらでお待ちください」
「ありがとうございます。失礼します」
渡は晴原のボディガードに頭を下げ、月詠の車に乗せてもらった。
すぐに凪が来て、渡が車内にいることに不満そうにしたものの、蟹沢と渡で説明した。
「むー。彼氏のお迎え、楽しみにしてたのに」
「ごめんね、晴原から横槍が入ると嫌だからさ」
「……うん。私も他家からパパに話が伝わると困るからわかってる。ただのわがままです。ごめん」
「いいよ、謝らなくて。そういうかわいいわがままは、いくら言ってくれてもいい」
「……好き」
「えっ、どうしたの」
「本当に渡くんはズルいと思う。とにかく、行こうか」
車が静かに動き出した。
凪は一週間にあったことを楽しそうに話している。
「なんかね、私みたいに子どもっぽい子を好きになるなんて、ロリコンじゃないかとか言われたんだよ」
「うちの附属校でそこまで下品なことを言う生徒も珍しいね」
「んー、自称帰国子女で、ズバッと言えちゃう俺……みたいな」
「ああ、そういうこと」
渡は苦笑して凪の頭を撫でた。
「別に俺は凪の容姿が好きで付き合ってるわけじゃない。もちろんかわいくて好きだよ。でも付き合おうと思った理由はそこにはない」
「そうなの?」
「凪が見せてくれた月がすごく綺麗だったんだ。だから凪とずっと、いろんなものを見たいと思ったんだよ。君といると世界が綺麗に見える。それに、凪と話すのは楽しかったから、いつまでも凪の話を聞いていたいし、俺の話も聞いてほしいと思ったんだ」
渡なりに頑張って愛の告白のようなものを伝えたはずが、凪の反応は肩透かしだった。
少し黙ってから、凪は渡を見上げた。
「私はね、渡くんと一緒にいると自分がすごく平凡な女の子になるの。月の姫でも、月詠のお嬢様でもない、どこにでもいる高校生の女の子。それって素敵なことなんだよ」
「平凡なのに?」
渡が聞くと、凪は目を細めて自慢げに笑った。
「年上のかっこいい男の子に恋して、その人が笑ってくれただけでドキドキして、寝る前に声を聞きたくて泣きたくなる。渡くん、ありがとう、私を普通にしてくれて。私ね、あなたといると幸せなんだ」
渡は無性に泣きたくなり、凪とつないだままの手をきゅっと握った。
「凪」
「うん」
「好きだよ」
「私も好きだよ、渡くん」
二人は黙って外を眺める。
車は静かに、揺れずに、流れるように進んでいく。
やがて、目的のショッピングモールについた。
「私、お店で買い物ってほとんどしたことがないんだ」
車から降りた凪はぽつんと呟いた。
「そうなんだ?」
渡は凪と二度出かけているが、凪が買い物をしているところを見ていないと気づいた。
水族館では渡が買ったし、先日の遊園地でも財布を出していたのは蟹沢だった。
「修学旅行とか、そういうのはあるけど、家に外商が来るし、お友達もそんな感じでね」
「じゃあ、一緒に買い物しようか。何か欲しいものはある?」
「渡くんとお揃いで普段使いできるのがいいな」
「じゃあ、雑貨屋さんに行ってみようか」
渡は凪の手を取って歩き出した。
駐車場の出口で並んでフロアマップを見て、行き先を決める。
エレベーターで渡が振り返ると猿渡が微笑んで頷いた。
「私どものことは、どうかいないものとしてお楽しみください」
「ありがとうございます」
きっと、凪一人か、同性の友達との外出だとこうはいかないのだろうと渡は察する。
相手にもボディガードがついていて、のんびり買い物なんて雰囲気ではないに違いない。
そうなったら、その辺で買い物をしてみたいだなんて言えないだろう。
渡の伯母一家もそんな雰囲気だ。渡の従兄が同じ大学に通っているけれど、一緒に買い物や遊びに行ったりなんてしたことがない。
学年が二つ違うから授業でも会わなくて、たまにすれ違うときに軽く挨拶をするくらいだ。それだって、
「風間の腰巾着にでもなったのかよ」
なんて嫌みを言われることの方が多い。
渡はため息をついて従兄のことを頭から追い出す。
「凪」
「なあに?」
隣にできたばかりのかわいい彼女がいるのに、嫌なことを思い返すのはもったいない。
「凪は何色が好き?」
「うーん、ペールブルー」
「くすんだ水色?」
「もうちょっと濃い色かな。渡くんのイメージカラー」
「俺は黄色とワインレッドが好きだよ。この前の結婚式で凪がまとっていたドレスの色と、能力を使うときの凪の目の色」
二人は雑貨屋についた。
書きやすいシャーペンを探したり、匂い付きのボールペンを見たり、のんびり店内を散策する。
「渡くん、このペンケースかわいいねえ」
「シンプルで使いやすそうだ。これ、買おうかな」
「じゃあ私も買う。青にしよう」
「俺は黄色」
「イロチだ。嬉しいな」
それぞれ買ってフードコートに向かった。
食べ物は凪が自分で買う許可が下りなかったため、蟹沢が買いに行く。その間に二人はペンケースの入れ替えをした。
「渡くんのシャーペンかっこいいねえ」
「そう? 家にあったやつだよ。そういえば俺もあまり自分でこういうのを買わないな。いつの間にか蛙前が用意しているから」
「お手伝いさん?」
「そう。家のことをしてくれてるのが蛙前。あと父の秘書の滝草がいる」
「じゃあそのシャーペンも蛙前さんが用意したものなんだ」
「たぶんね。中学くらいからずっと使ってる気がする」
渡がペンをクルッと回すと、凪はペンと渡を見比べた。
「……ほしいって言ったら、渡くん、困る?」
「ぼろぼろだよ?」
「それがいいんじゃない」
「もっとちゃんとしたのを買いに行くか贈るかするよ」
「それがいい」
「そう?」
「代わりに私が使ってるのあげるね」
凪が差し出したのは月の他国領メーカーのシャーペンで、よく見るとナンバリングが入っている。
「これ……もらって大丈夫ですか?」
思わず渡が猿渡に聞くと、「大丈夫です」と彼は頷いた。
「月の英国領の品ですが、月詠本家に予備がございますので」
「なら、ありがたくもらいます。ありがとう、凪」
「ううん、こちらこそ」
ペンケースを片付けたところへ、蟹沢が二人分のクレープを持って戻ってきた。
「すみません、僕の分まで」
「奥様より、仰せつかっておりますので」
「ありがとうございます」
「渡くん、おいしいよ、これ」
「鼻にクリームついてる」
渡は凪の鼻の頭についてクリームを指で掬い取り、舐める。
凪はそわそわしながら続きを食べている。
「おいしいね。凪、こっちも一口食べる?」
「いいの? ありがとう」
言ってから、食べかけを差し出すのは失礼だったかと思ったけど、凪は嬉しそうだしボディガード二人も何も言わないから、たぶん大丈夫なのだろう。
渡は凪とクレープを交換して、それぞれ食べる。
食べ終えると、既に夕方だった。
「そろそろ帰ろうか」
「やだあ」
立ち上がる渡の手を、凪がふくれ面で引っ張った。
渡は座り直して凪を覗き込む。
「凪、次はどこに行きたい?」
「次? うーん……じゃあ、外を散歩したい。雨の日がいいな。また、渡くんの傘に入れてほしい」
「わかった。最後に月を見よう。散歩したい場所を考えておいてよ。俺も凪と行きたい場所を探しておくから」
「うん……」
ふくれたままの凪の手を引き、渡は今度こそ立ち上がった。
凪は不満そうな顔のまま、渡の腕にしがみついて着いていく。
車に戻り、そのまま渡の家まで送ってもらった。渡が降りようとすると、凪がしょんぼりした顔で手をつかんだ。
「車だとハグもチューもできない」
ムスッとボディガード二人を睨む凪に、渡は思わず笑ってしまった。
渡もしたいけれど、黙っていたのに。
「お嬢様、必要とあらば見ていないふりをいたしますが」
「じゃあそうして」
凪はシートベルトを外して、渡の真横に移動した。
渡が腕を広げると、凪は抱きついて胸に顔を埋める。
「行かないでよ」
「行かなくて済むようになるまで、もうちょっと待って」
「どのくらい?」
「……せめて、凪が高校を出ないと」
「むう」
渡はふてくされる恋人の前髪を避けて、顔を寄せる。
凪が嬉しそうに顔を上げたので、渡が何度か触れると、やっと彼女は身体を離した。
「渡くん、またね。寝る前に連絡するから」
「わかった、待ってる」
車から降りた渡は、マンションのロータリーから車が出て行ったあとも、しばらく夜風に吹かれていた。
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