07.次の後にも次があって、それが続けばいいのに
車に戻ると、猿渡が渡のマンションへとハンドルを切った。
「渡くんのご家族に挨拶に行くわね」
「お嬢様が突然訪問されますと、雨水様のご家族も対応にお困りでしょうから、わたくしがお伺いいたします」
「でも」
「お嬢様」
「……わかりました」
凪は不満そうに唇を尖らせ、握ったままの渡の手をつなぎ直した。
やがて車はマンションのロータリーに入った。
「雨水様、ご一緒させていただきます」
「わかりました。えっと、凪。今日はありがとう。デートに誘ってくれて嬉しかった」
「うん! また行こうね」
ニコニコと渡を見上げる凪の頭を撫でて、車を降りる。
移動中に家へ連絡すべきだったと渡が気づいたのは、エレベーターに乗ってからだった。
「ただいま……あのさ、親父いる?」
渡が帰宅すると、蛙前と雫が出迎えた。
雫は兄からデートのことを聞き出そうと待ち構えていたらしい。
「旦那様はお戻りではございません。まだ数刻かかるということです」
「じゃあ母さんは?」
「いるわよ。さあさあ、吐きなさいよ」
雫と同じく待ち構えていたらしい歌帆が出てきた。
渡は歌帆と雫を宥めて振り返った。
「ちょ、待って。お客様いらっしゃるから」
「夜分に申し訳ございません」
「……ようこそおいで下さいました。蛙前、旦那様に連絡を」
「承知いたしました奥様」
歌帆がスッと外向きの顔になり、蛙前が頭を下げて下がった。
猿渡は人の良さそうな笑みを浮かべた。
「本日はお詫びに参りましたのでお気遣いは不要でございます。夜遅くまでご子息をお借りしてしまい申し訳ございません。こちら、心ばかりの品ではございますがお納めください」
差し出された熨斗で包まれた化粧箱に雫が「ヒュッ」と息を吸った。
それくらい、有名な高級菓子折だ。
「わざわざこのような品をご用意いただきまして、ありがとうございます」
「とんでもございません。我が主のワガママにご子息を付きあわせてしまい、申し訳なく思いますが、今後とも、よろしくお願いいたします」
その後、猿渡は歌帆と二言三言交わして帰って行った。
渡はともかく風呂に向かう。
風呂から上がると譲が帰宅していて、ダイニングで歌帆と話していた。
雫はリビングでスマホをいじりながら、先ほどの手土産を食べていた。
少し迷ってから、渡はダイニングテーブルに着いた。
「おかえり」
渡が譲に声をかけると、渋い顔をされた。
「ただいま。一足遅かったな」
「凪……月詠のお嬢様も親父に挨拶したがってたよ」
「そうか。いや、いずれは必要になるんだろうが……」
蛙前が渡と譲に夕飯を出した。
食べながら、渡は今日あったことを説明していった。
もちろん凪に言われたことを全部は言わない。
普通に恥ずかしいので。
「うーん。女性にそこまで言わせて、家柄が釣り合いませんのでと断るのは……いくらなんでも」
「そうねえ。それに、全く完全に釣り合わないって訳でもないのよ」
「そこなんだよなあ」
譲と歌帆が頭を悩ませている隣で、渡は早めに夕飯を終えた。
「ともかく、現状こちらから手を打つのは得策ではなさそうだ。渡、お前は月詠のお嬢様のこと、嫌いじゃないんだろう?」
「嫌いじゃないよ」
「ならいい」
譲はホッとしたように笑って、食事を続ける。
渡は雫から菓子をいくつかもらって自室に戻った。
スマホを見ると凪からメッセージが届いている。
『今日はありがとう。さっき別れたばかりだけど、もう寂しいな』
渡はキーボードの上で指をさまよわせた。
今まで彼女どころか好きな女の子すらいなかった渡には、何と返せばいいのかまるでわからなかった。
「……俺も寂しい」
そう送ってから、手をグッと握って、また開く。
そんなに長く握っていたわけではないのに、手が寂しく感じた。
すぐにスマホが震えた。
『また迎えに行くね』
「次は連絡してから来てほしい」
『そうする。おやすみ、渡くん』
「おやすみ」
渡は部屋の照明を消す。
スマホをベッドに置いて、歯を磨いて、まだ十時前だけど横になった。
凪のことだけ考えて眠ってしまいたかった。
数日後、凪から渡に連絡が来た。
『日和ってない?』
「……怖いなあ」
ちょうど授業を終えたところだった渡は、その一言を見て思わず笑ってしまった。
隣に座っていた宗輔が怪訝そうな顔をする。
「どした?」
「いや……知り合いから、物騒なニャインが来てさ」
スマホを見せると、宗輔は首を傾げた。
「彼女?」
「違う。違うけど……あれ、なんだろうなあ?」
首を傾げていたら、凪からまたメッセージが送られてきた。
『日和ってもいいけど、逃げられると思わないでね』
「ねえ、その子大丈夫?」
不安そうな宗輔に、渡は笑った。
「大丈夫。世界一かわいい、俺の天使だから」
「なにそれ」
渡は「今さら逃げないよ」とだけ送り返す。
凪は渡にとってなんだろう。
友達? そこまで親しいだろうか。友達にキスはしないだろうし。
彼女? 恐れ多い気がする。一度二度キスしたくらいで彼氏面していいのだろうか。
じゃあ、何だろう。
悩みながら教科書とノートをかばんに放り込んだ。
「渡はもう帰る?」
「うん。そっちはサークル?」
「そだよ。今度の休みに登山行くから、経路と持ち物の確認があるんだ」
「楽しそうでいいなー」
「あはは、悪いな。風使いは山だと重宝されるんだ」
教室を出て、渡は宗輔と別れて学校を出た。
道路を見渡しても、黒塗りの車は見当たらない。
先日凪に拉致されてから、渡は学校を出るとつい警戒してしまう。
確認を終えて歩き出すと、またスマホが震え、今度は凪から電話がかかってきていた。
「もしもし?」
『渡くん、授業終わった?』
「今終わったとこ……なんかタイミング良くない?」
『うん。猿渡が渡くんが学校から出てきたって教えてくれたから』
渡は咄嗟に辺りを見回す。
しかし大学の校門周辺はもちろん、歩道にも道路にも、あのマッチョな黒スーツ姿は見当たらない。
『あ、探してもわからないと思うよ』
見透かしたような声が、スマホの向こうから聞こえた。
『あのね、猿渡はそういうのが得意なの』
「そういうの?」
『うん。これ以上は企業秘密です。迎えに行くから一緒に帰ろうよ』
「……わかった。えっと、校門の前にいればいい?」
『すぐ行くね』
電話を切ってスマホをポケットに入れる。
凪は渡に監視をつけているのだろうか。
素行調査なのか、凪の個人的な趣味なのか考えているうちに、見覚えのある黒塗りの車が音もなく渡の前に停まった。
「雨水様、お迎えに上がりました」
そう車から降りてきたのは猿渡で、後部座席のドアを開けてくれた。
「ありがとうございます。……あの、監視とかしてましたか?」
「……? ああ、先ほどのお嬢様の発言ですね。不安にさせてしまい、申し訳ございません。雨水様個人の監視を行っていたわけではなく、お嬢様の学校の出入りのタイミングで周辺を伺っていた時に雨水様をお見かけしましたのでお嬢様にお伝えしました」
「そうでしたか。この際、監視でも構わないのですが、教えておいてもらえればと思いまして」
「さすがの月詠家でも、雨水家の方に監視をつけると角が立ちますから、しませんよ」
苦笑する猿渡に、渡は頷いて車に乗った。
車内では満面の笑みの凪が待っている。
「渡くん、デートしよう」
「いいよ。どこ行くの?」
「それを決めようと思って、迎えに来たんだ」
猿渡が運転席に乗り込み、車が静かに走り出した。
凪はスマホを取り出し、渡に向けた。
「ここ、行ってみたいんだけどどうかな」
渡が覗き込むと屋内遊園地だった。3Dシアターや、謎解き、コースターもあるらしい。
「クラスの子に自慢されたの。彼氏と行ったんだって」
「いいよ、行こう。俺も行ったことないんだ」
「やったあ。楽しみにしてる」
嬉しそうにする凪は、渡には普通の女子高生にしか見えない。
けれど、この子は月のお姫様で、いつかは目の前からいなくなる。
……それはちょっと嫌だなあ。
渡は胸の奥のもやもやを飲み込み、凪のデートプランに耳を傾けた。
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