30.あるべきところを目指したり、落ち着いたり
渡はゴールデンウィーク明け、初日の授業を終えた。
「今からデート? いいねえ」
宗輔に笑顔で見送られて、渡は高校へと向かう。
校門の前では月詠、晴原、その他名家の車が並んでいた。
昔は雨水本家の車も並んでいて、佳貴と時間が合えば渡も乗せてもらっていた。
渡自身は別に佳貴が嫌いなわけではない。だから、また穏やかにやり取りができればと思うが、それにはきっと時間がかかるのだろう。
渡は、月詠の車の前に立つ猿渡に頭を下げた。
「こんにちは。凪さんを迎えに来ました」
「お待ちしておりました、渡様」
猿渡はにこやかに会釈した。
そのまま渡は、晴原の運転手にも軽く頭を下げた。
「ご無沙汰してます。近い内に、父とお伺いします」
「はい。主人に伝えさせていただきます」
渡が頷くと、せわしない足音が聞こえた。
振り返ると凪が飛び込んでくる。
「渡くん!」
「おかえり、凪」
渡は凪を抱きしめた。
晴原の運転手が目を丸くしたのがわかったけど、それでも渡は凪を離さなかった。
渡は晴原の運転手に向かって、人差し指を唇に当てて見せた。
運転手は目を伏せて会釈した。
これで公然の秘密として、話が広まることだろう。
これも月詠と雨水で話し合って決めたことだ。凪と渡の付き合いは大っぴらにはしないが、隠しもしない。
凪が高校を出たら正式に婚約し、大学を出たら入籍する予定だ。
渡は大学を出たら月詠家で美凪子について頭領補佐の仕事を教わるようにと月詠、雨水の両頭領から指示を受けていた。
「渡くん、あのね駅の反対の公園近くにクレープ屋さんがあって、すごーく美味しいんだって」
「じゃあ、行ってみようか」
渡が猿渡を振り返ると、小さく頷いたので、凪の手を取って歩き出す。
猿渡は運転席の蟹沢に何かを囁き、静かに後をついてきた。
公園までの道すがら、凪は楽しそうにゴールデンウィーク中の話をしていた。
休みの間、悠人がずっと地球にいたので夕飯を毎日一緒に摂っていたそうだ。
悠人はもちろん会食などの誘いも多かったけど、彼の家族愛は有名だったので会食はすべて昼に済ませたらしい。
「だからね、ごはんのときに渡くんがどれだけ素敵な人か、たーくさん自慢しといたから」
「そ、そっか」
愛娘からひたすら彼氏の話を聞かされた悠人に同情しつつ、渡は恋人の言葉に耳を傾けた。
駅を抜けて、二人はクレープ屋までやって来た。
「今更ですけど、買い食いって大丈夫なんですか?」
渡が猿渡を見上げると、彼は小さく頷いた。
「休みの前からお嬢様が行きたいとおっしゃっていましたので、事前に調査済みでございます。どうぞ、お好きなクレープをお召し上がりください」
猿渡が言うと、凪がニヤッと笑った。
「私も反省したんだ。やりたいことがあるなら、ちゃんと準備しないとってね。渡くん、どれ食べようか」
凪の笑顔に、渡はそっと胸をなでおろした。
彼が何より守りたかったものだ。
結局、店員にお勧めを聞いて、シンプルなイチゴのクレープとバナナのクレープを一つずつ買った。
公園のベンチで並んで食べる。
「クリームがふわふわでおいしい」
「そうだね。生地ももちもちだ」
「……綾がね、風間さんにフラれたんだって」
「えっ!?」
さらりと言われた言葉に、渡は吹き出しそうになった。
宗輔は、今日一日そんなそぶりを見せていなかったからだ。
ゴールデンウィーク前だって、綾と仲良くやっているような、のろけ話を何度も聞かれていたのに。
「なんで? 宗輔は綾さんのこと気に入ってそうだったけど」
「うん。それは間違いないみたい。綾は風間さんのことすごく頼れる素敵な殿方って言ってるし、風間さんもまんざらでもなさそうなんだけど」
凪はクレープをかじりながら、言葉を選んでいた。
「ほら、綾はまだ中学生だから」
「あー、あー……そうだね」
「成人男性が未成年と正式にお付き合いは、家柄から考えても難しいって断られたってさ」
渡はほんのりダメージを受けつつ、やんわりと頷いた。
凪と渡も、そういう意味では成人男性と未成年だが、年齢差は二歳で(渡の誕生日が来ても三歳だ)。なんやかんやの末に両家にも認められたので、さほど支障はない。
しかし、大学生と中学生と言うと、それだけで途端にいかがわしくなる。
「綾さん、何歳だっけ」
「今年十五歳。来年高校生」
「じゃあ宗輔とは五歳差かあ。還暦過ぎたら気にならない年の差だけど……」
「まだ中学生だからね、さすがに。綾も分かってはいても落ち込んでいたよ」
「それは、そうだろうねえ」
しかし宗輔は風間の跡取りで、綾は月詠の次女だ。
よほどのことがない限り、綾は天皇家か晴原、雨水、風間あたりの家と政略結婚するのが無難と言えるのだ。
ただ、晴原で綾と歳が近い子供は女の子ばかりで、雨水だと渡か佳貴になる。さすがに綾を佳貴に嫁がせるとは考えにくいので風間というのは現実的ではある。
「だからね」
凪は渡のクレープをかじりながら、小さく笑った。
「パパに、風間の跡取りと婚約できないか聞いてた」
「行動力がすごい」
「ね。パパ、白目剥いてたよ。私だけじゃなくて綾まで!? ってね」
「月詠氏が不憫になってくるな。俺が言うのもアレだけど」
「ダメじゃないから、悩んでたよ。で、ママと相談した。ママから風間家に打診まではいかないけど、雑談を振ってみて、様子を見るって」
「妥当だと思う」
渡は残りのクレープを凪に譲り、お茶を飲んだ。
受け取った凪は、残りを一口で食べた。
「でもね、ママは綾と風間さんがいい感じなの知ってるから、たぶん内定させてくると思うよ」
はたして、宗輔の耳にはいつ届くのだろう。
今度探りを入れてみようか。
クレープを食べ終えた後は、公園内を散歩しながらまた互いの近況や、家の話をした。
悠はまだ渡のことを認めてはいないが、少なくとも凪に対してとやかく言わなくなったらしい。
渡には一つ気になっていることがあった。
凪に言うようなことではないけれど、はたして。
その結果は、数ヶ月後に知らされた。
「身の回りをきれいにしてきたわけよ」
透がそう言って帰国してきた。
ゴールデンウィーク直後から、再び日本を離れていた透だが、受けていたプロポーズを丁重に断り、代わりの人材の手配や仕事の引き継ぎをこの二か月ほどで行っていたらしい。
「言い方がアレだけど、え、本気?」
「当たり前だろ。俺が何年片思いしてきたと思ってんだよ」
「いや、知らないけどさ……」
透は『骨は拾ってくれよ』と言い残し、渡の夏休みが始まるころに本家へと出向いた。
その結果、園佳と美佳は透を受け入れたらしい。
ストレートに二人に頭を下げて、
「園佳さん。俺と結婚を前提にお付き合いをしていただけないでしょうか」
「美佳伯母さん。お嬢さんをください」
と言ってきたらしい。
園佳はさらっと
「いいわよ。よろしくね」
と二つ返事で、美佳の方も
「譲と同じくらい働くならな」
とさらっと受け入れてくれたそうだ。
渡からすれば、海外で力仕事の多かった兄が父の仕事を継ぐのは大変だろうと思ったが、兄が幸せそうなので黙っておいた。
「今まで、親父の補佐は渡がやってくれてただろ? だから、夏の間に引き継ぎしろってさ」
「ああ、そういうこと」
合点がいった。
渡は透に引き継ぎをしながら、本家と分家の仕事の全体像を把握しろということだろう。透も事務仕事に慣れながら、雨水家が国内で担う役割の理解が求められていた。
筆頭分家としての仕事は雫か佳貴が継ぐ予定らしいが、どちらになるかはまだわからないそうだ。
「私としては佳貴に奮起してほしいが……どうだろうなあ」
後日、渡が美佳に会ったときに、そう言われた。
佳貴はまだ落ち込んではいるが、夏休み開始と同時に譲と共に美佳を手伝い、多少は反省の色が見えてきたそうだ。
しかし、貴生はすっかり引きこもっていて、美佳とも話ができていないらしい。
それについては美佳も誰も何も言わないので、渡の知るところではなかった。
「透、ここの数字が違う」
「あ、悪い」
「ここはね」
園佳は、渡の想像の何倍も丁寧に透と接していた。
佳貴にもそうすべきだったと渡は思うけど、もちろん言えなかった。
兄が幸せそうな顔をしていたから、なおさら水を差したくなかった。
猿渡は子どものころ、忍たまの山田先生に憧れて忍術の練習したことがあるという小話を挟み損ねたのでここで供養します。
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