24.決戦に向けて
「なあ、金真中って、知ってる?」
四月後半の曇りの日。その日最後の授業を終えた途端に、渡は隣に座る宗輔の顔を見た。
「知ってる。新橋にある超高級料亭だろ。行くの?」
「俺じゃなくて、凪がそこで見合いするんだってさ」
宗輔は教科書とノートと鉛筆をカバンに放り込んだ。
「確定?」
「確定」
目を細めた宗輔に、渡は顔をしかめて説明した。
「言いふらすなよ」
「しねえよ、そんなこと。いやしかし、マジかよ」
「本当だよ。そこまで強引に推し進めるとは思わなかったな」
渡は手で目元を押さえた。
その話を凪に聞いてから、精神的にも物理的にも頭が痛い。
「渡、めっちゃ可哀想でウケる。んー、俺の方でも確認するかな」
「伝えるのは風間の頭領と奥方までにしといて」
「当たり前だろ」
宗輔は薄く笑ってスマホを取り出した。
渡もスマホを見るけど、あれ以降、凪からの連絡はない。
送った、透からの土産についても無反応だ。
そんな場合ではないのは渡だって分かっているけれど、それでも面白くはない。
「日付は?」
ふと宗輔が顔を上げた。
「五月一日の夕方から」
「どうする? 忍び込むなら地図、友達価格で提供するけど」
「怖いって……。そもそも中止にしたいのに、肝心の月の大使と連絡がつかない」
渡はうつむいて机の上を片付けた。
「そうだよなあ。俺も情報収集したいけど、時期がなあ。綾ちゃんにも聞いてみるか」
宗輔がスマホの上で指を滑らせた。
渡はふと違和感を覚え、宗輔に目を向けた。
「いつの間に『綾ちゃん』呼び……?」
「春休みに何度かデートしてから。でも月詠婦人はお見合い反対なんだろ?」
「うん。凪の弟、悠くんは凪にも婦人にもかなりキツく叱られたらしいけど、でも折れないってさ」
渡はため息をついた。
姉により格式の高い相手と結婚してほしい悠と、月詠に婿入りして雨水から逃げたい佳貴、そしてこの見合いを成功させて自分は家にとって役に立つのだと主張したい貴生。
三人の思惑が、凪を中心に絡み合っていた。
「まあ、わからんではないんだけど」
宗輔が困った顔で笑った。
「そうだな。俺にも気持ちは理解できる。でも、やり方が間違っている」
渡は分家とはいえ名家育ちだし、宗輔だって同様の家柄の跡取り息子だ。
より格の高い家柄と婚姻関係を結びたい。政治的な有利を保ちたい。家系能力が薄まらないように、序列の高い家の者を娶りたい。
その気持ちは二人にだってわかる。
しかし、そういう点で言えば佳貴と渡に大きな差はないもちろん本家分家の違いはあれど、渡は頭領の弟一家だ。そして佳貴は知らないが、家系能力の扱い方やその習熟度だけを見れば、渡は佳貴に引けを取らない。
おそらく子世代で最も家系能力の扱いに長けているのが透で、次に園佳と渡、その下に雫と佳貴が続く――それが美佳と譲の見立てだった。(宗輔はそれを親を通じて知っていたが、黙っていた)
「まったくだ。つーか悠くんとやらは、俺と綾ちゃんがデートしてるの知ってるのかな」
「どうだろう? でも宗輔は本家の次期跡取りだし、悠くんも綾さんにはそこまで執着してなさそうだけどね」
「普通、姉ちゃんにもそこまで執着しないと思う」
「そうだよなあ。俺、姉さんっていないからわかんないけど」
園佳は姉のような立場ではあるものの、歳が離れていることもあり、怖さもあって渡はあまり交流がなかった。
透は園佳に懐いていて、本家に顔を出すたびに後をついて回っていたが、海外に行ってからはその姿も見なくなった。
渡は、昨日透が園佳に向けていた眼差しを思い出す。
あれは、親戚や姉弟に向ける類のものではなかった。
それがいつからそうだったのか渡にはわからないけど、口を挟む気はなかった。
その後、渡に凪から連絡は来たものの、彼女は落ち込んでいたり、泣き声でいることが多かった。
「ごめんなさい、パパと上手く話ができないの」
「そもそも通話も難しいんだろ? 仕方ないし、凪のせいじゃない。悪いのは俺の従兄だ」
「たまに通じても、音が途切れたりして……ここまで連絡が取れないことはなかったのに」
その上、二人が直接会うことはできないでいた。
凪の登下校には悠がぴったり付き、渡の下校にも佳貴が後を追ってくることが増えた。
猿渡と蟹沢から、
「どうか、状況を踏まえて行動されてください」
「お嬢様の身の安全をお考えくださいますよう」
と渡も凪も言われてしまい、あまり無理はできなかったのだ。
「もうやだ……渡くん不足だよう」
「休みの日にちょっと家を出るのも無理そう?」
「無理。悠が張り付いてるし、猿渡からも自重してって言われちゃった」
「今は仕方ないな。月詠の頭領は、いつ地球にお戻りなの?」
「たぶん今月末。もしかしたら五月一日の朝になるかも。その場合は現地で合流だって」
電話の向こうで泣き言をこぼす凪に、渡が言えることはなかった。
佳貴と貴生のことを持ち出して、彼女をさらに不安にさせるわけにはいかない。
少し話して電話を切った渡は自室からリビングに向かった。
「よお、辛気くさい顔してるなあ」
渡に気づいた透が、ソファに座ったまま振り返った。
「どうやって佳貴兄さんに諦めてもらったもんか、全然思いつかないんだ」
「諦めないだろうね、きっと」
透の隣でテレビを見ていた雫も顔を上げた。
渡は雫の隣に座って、二人の方を見た。
「だよねえ。佳貴兄さん、凪になんの興味もないくせに」
「興味があるのは凪ちゃんの立場と自分の自尊心……救えないねえ」
あはあは笑う透に、渡はため息をつくしかなかった。
「お見合いいつだっけ」
テレビを見たまま、雫が聞いた。
「五月一日」
「それって、晴れの特異日じゃないよね」
「違う」
「お、なになに、やる?」
透と雫が笑顔で顔を見合わせた。
渡は嫌な予感がしたが、逃げる気にはならなかった。
この二人は、なんだかんだ渡が困っていれば助けてくれることが多いから。
……ろくでもないいたずらに巻き込まれることもあるが、それはお互い様だ。
「何をする気なのさ」
「私たち三人で雨を降らせたら、かなりの豪雨になると思わない?」
「……まあ、そうだろうね」
「そしたら、ちょっとやそっとの足音なんてかき消えちゃうよな」
「うん……」
「宗輔くんに頼んだら、料亭の見取り図くらい出してくれるでしょ」
渡は笑って、今回はどちらだろうかと考えた。
透と雫は手助けのつもりだろうが、二人の表情はすっかりいたずらを企んでいる子どもだった。
「……見取り図はお友達価格だってさ」
「それ、綾さんから依頼してもらおう」
透が言った。
「もちろんタダにはならないだろうけど、風間と月詠でやり取りがあれば、何かあっても俺たちだけが怒られずに済む」
「そうかも。……そうかなあ」
「綾さんを通すなら、事前に月詠婦人に声をかけた方がいいかな」
「どうだろう、それだと『大人でなんとかするから』って言われちゃわない?」
「それはありそう」
「そんなこと言うなら、俺だって大人だろ」
透が言うけど、渡と雫は「透が大人……?」と顔を見合わせて笑った。
渡はスマホを取り出し、宗輔にビデオ電話をかけた。
四人で頭を突き合わせて、相談する。
こんな時ではあるが、子どもの頃に戻ったようで渡はけっこう楽しかった。
これで凪を取り戻せるなら、言うことはない。
渡に不安がないわけではなかった。
無茶をすれば、月詠の頭領に嫌われる可能性もある。それでも、凪を諦めることだけはしたくなかった。
「兄さん、雫、宗輔」
「んー?」
「ありがとう、力を貸してくれて」
「あのね、そういうのは作戦が成功してからにして」
『そうだぞ。風間が手を貸してやってるんだ。抜かるなよ』
「……ありがと、みんな」
渡は静かに頷き、拳を握りしめた。
決戦は、五月一日の夕方だ。
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