23.腹の底に溜まるもの
渡と透、佳貴と園佳の四人で本家に上がると、譲が出てきた。
「透、久しぶり。……また縦にも横にもデカくなって」
「親父は小さくなったなあ。向こうの酒を土産に買ってきたから、後で飲もうぜ」
「飲める状況ならな。園佳さん、佳貴くんはこちらに。透と渡は先に帰っててくれ。滝草はこっちに戻して。俺もぼちぼち帰れれば帰るから……」
譲は園佳と佳貴を屋敷の奥へと向かわせ、自身も少し遅れてついていった。
三人の背中を見送ってから、渡は透と顔を見合わせた。
「俺、あんまり把握できてねえけど、美佳さん怒ってる?」
「うん。壺を割った時の三倍は怒ってる。他家を巻き込んだからね」
「あらら。そりゃ、巻き込まれねえうちに帰ろう。震源地からは離れた方がいい」
透は笑って玄関に戻った。
渡も着いていって靴を履いたところで、後から声がかかった。
「君たちは、どういうつもりで佳貴の見合いの邪魔をしたんだい?」
二人が振り返ると園佳の夫、貴生が立っていた。
小柄な男性だったと渡は記憶していたが、以前よりさらに影が薄く、幽霊じみた青い顔で二人を見ていた。
「……貴生さん……ご無沙汰してます」
「邪魔もなにも、佳貴がこいつの彼女を寝取ろうとしてるんだろ?」
「下品な言い方をするな、分家風情が……!」
貴生が低く唸った。
渡は驚いて目を丸くした。
彼がこんなふうに激高する人だとは思っていなかった。
「貴生さん……?」
「美佳も園佳に虐げられて、分家にまで舐められて可哀想な佳貴に、一つくらい自慢できるものがあったっていいじゃないか!」
「……凪は、佳貴の自尊心を満足させるための道具ではありません」
渡の言葉に貴生は唇を噛んだ。
雨水本家は女性が強い。
しかし、昔からそうだったわけではない。たまたま今の代がそうだというだけだ。
出来のいい姉である美佳と、そのことを疎ましく思いながらも実力では敵わないと分かっていた弟の譲。
その譲が本当に困ったときに力を貸した美佳。
互いに何も思わないわけではないだろうけど、だからこそ互いに誠実にやり取りをしているように渡には見えた。
しかし、園佳と佳貴の関係は、渡にはそうは見えなかった。
佳貴だけが悪いとは、渡には言い切れなかったが。
「というか、美佳伯母さんが頭領であるのも、唯我独尊というか気の強い性格なのは分かった上で結婚されたのではないのですか?」
「……それはそうなんだが、限度があるだろう。美佳も園佳も、少しくらいは、わたしを立ててくれたっていいじゃないか」
俯いて呟く貴生に、透が吹き出した。
「ばっかだなー。あの気の強い園佳さんがちょっとしたときに照れるのが可愛いのにな!」
「は? うちの娘に何をしたんだ?」
「兄さん?」
透はニコニコしながら渡の腕を掴んだ。
「ともかく、貴生伯父さんと佳貴が鬱憤を溜めてるのは分かりました。でもそれ、渡と凪ちゃんの仲を割かないと晴らせないんですか? 美佳伯母さんと園佳さんと話し合うことでしょうに」
「……あれと、本気で話せると思っているのか?」
「園佳さん、あんなにかわいいのに。美佳さんだって怖いだけの人じゃないの、わかんないんですか? 夫なら、威厳を見せる場面だと思いますけどね。すみません、若輩者が偉そうに言い過ぎました。父に帰るように言われたから、失礼します」
透は言いたいだけ言うと、渡の腕を引いて出ていった。
引きずられた渡は、足をもつれさせながらついて行った。
外はいつの間にか雨が降り始めていて、歩きにくい。
「兄さん、園佳さんと、その……?」
「べっつにー。ちょっといい感じだったことがあるだけだよ。それだけ……ほんとに、それだけ……」
「泣くなよ」
「泣いてないやい。はー、はー……」
透はようやく渡から手を離して、車に乗り込んだ。
渡も続いて乗り込み、カバンからタオルを出して透に差し出した。
外の雨が強くなり、黒い雲が低くゴロゴロと音を立て始めていた。
「帰宅なさいますか?」
運転席の滝草が淡々と尋ねた。
透はタオルで顔を覆ってしまっていたので、渡が頷いた。
「うん、お願い」
「かしこまりました」
車が走り出すと、透は赤い目をしょぼしょぼさせながら外を見ていた。
渡も透も黙ったまま車に揺られ、マンションのロータリーで我に返った。
「ところで兄さん、いつ帰国したのさ」
「さっき。家に帰ったら渡がもうすぐ帰るって聞いたから迎えに行ったんだよ」
「そうなんだね。助かった」
「詳しく聞かせろよ。なんだって月詠のお嬢様と付き合うことになったんだ?」
透は赤い目のままニヤニヤしながら車から降りた。
渡も車を降りて、透と並んだ。
「図書館で殴られそうになってたところを助けた」
「月詠のお嬢様が? 日本ってそんなに治安悪かったっけ……?」
二人で話しながら帰宅すると、雫が出てきた。
「お兄ちゃんたちおかえりー。かわいい妹にお土産は?」
「もちろんある。俺にも本家が何で揉めてるか教えてくれ」
「渡の彼女を佳貴くんが横取りしようとしたから」
透と雫は盛り上がりながら、さっさとリビングに行ってしまった。
渡は苦笑してから、歌帆の部屋に向かった。
「母さん、渡です。今いい?」
「はいはい、おかえり。……本家はどうだった?」
歌帆はゲーミングチェアをくるりと回し、渡に向き直った。
その向こうではパソコンとモニターが複数光っていて、渡はいつも母が何をしているのか、よくわからない。
「耳が早いね。揉めてたよ」
渡は先ほどの佳貴との揉め事、そして貴生との会話を歌帆に報告した。
歌帆は眉間にしわを寄せて渡を見上げた。
「……そう。佳貴くんの暴走だけが原因って訳でもないのね」
「そうみたい。貴生伯父さんがあんなにストレスを溜めてると思わなかった」
「そりゃ、なくはないでしょうけど……うーん」
「母さんと父さんはどうなのさ」
渡がつい尋ねると、歌帆は薄く笑った。
「ノーストレスとはいかないわよ。でも、相手を出し抜こうとは思わないわねえ。知ってるでしょ、母さんと父さんがラブラブなの」
「知ってるけど」
そう言い切れるほどに仲が良くても、ストレスがないわけじゃないんだな。
渡は不思議に思ったが、それを歌帆に追及する気にはなれなかった。
ふと窓を見ると、雨もひどいが雷もかなり鳴っていた。
「貴生さん、荒れてるのね」
「この雷、まさか貴生伯父さんが?」
「ええ、旧姓は雷坂。雨水の親戚筋だけど、能力の発動条件が厳しいから、あまり繁栄しなかったのよね」
「そうだったんだ……」
「でも、雨水と組むと強いでしょ」
歌帆はニヤッと笑った。その笑みの意味が分からない渡ではない。
雨水はもともと後ろ暗い家業に手を染めていた過去があった。
時代を遡れば、国の内外を問わず敵地の田畑を豪雨で流して兵糧を絶つようなこともできたし、川嵩を増して町ごと流すこともできた。……そこに雷を加えれば、流さずとも直接焼くことができるわけだ。
未だに雨水をよく思わない勢がいなくならない理由である。
「でも、美佳さんはあれで穏健派ですからね。暗殺なんかしないし」
「現代日本で聞きたくなかった単語だ」
「渡の頭はお花畑かしら。凪ちゃんを守りたいなら、もうちょっとしゃんとしなさいな。月の治安は家の中ほど良くないわよ」
「ともかく」と歌帆は再び椅子を回して、パソコンの方へ向き直った。
「話はわかりました。貴生さんと佳貴くんの鬱憤もね。美佳さんと共有しておくから渡はシャワー浴びてらっしゃいな。ひどい顔だし、冷えたでしょう」
「……うん。失礼します」
渡は頭を下げて歌帆の部屋を出た。
蛙前に声をかけてシャワーを浴びた。
着替えてリビングへ向かうと、透と雫があれこれ散らかしていた。
「なにこれ」
「土産。渡も好きなの持ってっていいよ」
渡は腰を下ろし、床に散らばった品を拾った。
呪われそうな木彫りの人形に、木製ビーズのブレスレット、用途の分からないストラップ、染め物のハンカチ、色とりどりの小瓶が並ぶ。
「あ、その瓶は置いといて、あとで親父と飲むから」
「お酒?」
「そうそう。ピンクのやつはジュースだから渡と雫で飲んでいいよ。赤いのは調味料。蛙前、土産ー」
「あらあら、わたくしにまで?」
木のブレスレットを手に取ると、その周囲に似たようなアクセサリーがいくつも転がっていた。
渡は寄せ木細工風のバングルを拾い上げた。……月と雫を模したビーズが揺れていた。
「それおしゃれだよな。凪ちゃんにあげてもいいぞ」
「そうさせてもらおうかな。ありがとう、兄さん」
「園佳さんにもお土産買ってきたから、さっき持って行けばよかった」
「あの空気の中で渡すつもりだったの?」
「俺、そういうの気にしねえし」
「それが兄さんのいいところかもね」
「だろー?」
バングルとハンカチを受け取り、渡は自室へ戻った。
凪に電話をかけたが応答はなく、代わりにバングルの写真を撮って送っておいた。
返事が届いたのは三日後で、そこには見合いの日付と場所が記されていた。
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