22.君の幸せに俺を必要としてほしい
翌日、渡が登校すると宗輔が待ち構えていた。
「おはよ、聞いたよ」
「さすが、耳が早いな」
「情報の鮮度が食い扶持だからな。で、どうすんの?」
宗輔と並んで渡は一限目の教室へと向かった。
窓際に並んで座ると、渡は机に倒れ込んだ。
「どうしようね、ほんと」
「時期がよくねえな」
「そうなんだよ。新年度で慌ただしいし、月とは連絡が取れないし」
「ま、そこを狙ったんだろうけどさ」
昨日、美佳が佳貴を問いただし、今の時期を狙った理由もわかった。
雨水本家にバレても月詠の頭領に真意がバレなければそれでよかったのだと。
「けどさ、凪ちゃん本人に拒絶されたらどうするつもりだったんだ?」
「されるわけないだろ」
低い声に渡は飛び起き、宗輔も振り返る。
佳貴が無表情で二人の後に立っていた。
「佳貴兄さん……いったい何を考えているんだ?」
「言っただろ。月詠の長女は渡に貸してただけだ。返してもらうよ」
「凪をものみたいに言うな」
「は? ものだろ。俺やお前だってそうさ。月詠、雨水、風間、それぞれの家を継続させるための道具でしかねえよ」
宗輔が渡の腕を掴んだ。
渡は黙って座り直した。
「そんな考えだから、美佳さんは園佳姉さんを跡取りに選んだんだろうな」
「なんだと!?」
「もう一度聞くけど、凪に見合いを断られたらどうするつもりだったんだ」
「だから、断られるわけがない。婚約者は僕だし、月詠の長女ともなれば誰と結婚するのが一番家のためになるかくらい、理解できるだろ」
今度は宗輔も渡を止めなかった。
渡は黙って立ち上がり、佳貴と向き合った。
「なんだよ、分家のくせに本家様に刃向かうのかよ」
「凪はものでも道具でもない。あの子は自分で選ぶべきだ。誰といたいか、誰と幸せになりたいか。俺は、凪に幸せになってほしいし、ずっと笑っててほしい。だからそれが叶うなら、俺じゃない方がって思ったことだってある。でも、うん。今は俺が凪を幸せにしたいし、笑顔にしたい。だから、譲らない」
言い切ると、なぜか隣に座っていた宗輔が目を輝かせていた。
「渡、お前かっこいいなあ……」
「なんだよいきなり」
「見ろよ、女子がテンション上がってるぞ」
渡が宗輔の指さす先を見たら、細蟹を筆頭に顔見知りの女子たちが笑顔で野次馬していた。
「かっこいい……俺が幸せにしたいって……言われたかったなあ!!」
「あんなふうに奪い合われたい……!」
「三年生の方の雨水くんをわからせたい……!」
「わかる……!」
佳貴は引いた顔で後ずさった。
「と、とにかく! 見合いはこのまま進める! ざまあ見ろ!」
捨て台詞を吐いて去って行った佳貴と入れ違いで、教授が教室にやってきた。
「なにごと?」
「すみません、なんでもないです」
渡は慌てて席に着く。
野次馬をしていた生徒たちも、次々と腰を下ろした。
教授が教壇に立つと、ざわめきも徐々に収まっていった。
渡は落ち着かなかったが、とにかく板書を書き写した。
放課後、宗輔と別れた渡は高校へと向かった。
校門の前にはいつもどおり月詠の車が止まっていたが、猿渡の姿がない。
渡が不思議に思って車を覗き込もうとしたとき、高校の方から騒がしい声が聞こえた。
「帰るよ、姉さん」
「離して! どういうつもりでこんなことを!」
凪が弟の悠に手を引かれ、怒りを露わにしていた。
「渡くん!」
渡に気づいた凪は泣きそうな顔をしたが、悠は手を離さなかった。
凪を車に乗せようと腕を掴んでいる。
「姉さん、そんな男なんて相手にしないで!」
「やだ! やだやだ! 私が誰と付き合おうが、悠には関係ないでしょ!?」
「なんでそんなひどいことを言うんだよ。こいつと関わったせいで、姉さんはおかしくなったんだ」
渡が割って入ろうか迷っている間に、凪と悠に付き添っていた猿渡が顔をしかめた。
「雨水様、そちらは……」
猿渡に言われて渡が振り返ると、佳貴が歩いてきていた。
「佳貴兄さん……なんで来たんだ」
「僕の婚約者なんだから迎えに来てもおかしくないだろう? むしろ部外者でしかない渡が、なぜここにいるのさ」
「そうだ」
悠が佳貴の言葉に頷いた。
「彼は雨水本家の長男だ。分家の日陰者とは違うんだ」
「悠、なんてことを!」
「姉さんはこいつに騙されてるんだよ。どうするのが家のためになるか、ちゃんと考えてくれないと」
「凪」
聞くに堪えなくて、渡は静かに凪を呼んだ。
「凪……好きだよ」
「渡くん、私も渡くんが好き。渡くんじゃなきゃ嫌だ!」
「分家の分際で!」
そう怒鳴ったのが、悠なのか佳貴なのか、渡にはわからなかったし、どうでもよかった。
まっすぐに凪を見つめた。
「君が、一番幸せになれると思う相手を選んでほしい。家のためじゃなく、君自身のために」
「これだから分家は。いいよな、家のことをなんにも考えなくていいやつはさ!」
「あはは、お前が考えているのは家のことじゃない。自分が美佳さんから逃げたいだけじゃないか」
渡が笑い声に驚いて振り返ると、よれた服装の兄、透が笑顔で立っていた。
「兄さん!?」
「渡は騒ぎすぎだ。月詠のお嬢さんが、こんな往来で注目を浴びるものじゃない」
「あ……そうだね。すみません、猿渡さん。従兄はこちらで回収しますので、凪と悠さんをお願いします」
「もちろんでございます」
猿渡が頷いて、凪と悠を手際よく車に乗せた。
「猿渡! なんでそんなやつの指示に従うんだ!」
「雨水渡様が、この中で最もお嬢様の安全を気にかけていらっしゃるからでございます。わたくしどもはこれにて失礼いたします。……お騒がせして、申し訳ございませんでした」
「こちらこそ、雨水の問題に凪を巻き込んでしまって申し訳ない。凪、気をつけて帰って。また連絡する」
「……うん、またね渡くん」
月詠の車が走り去った。
渡が振り返ると、透が佳貴を羽交い締めにしていた。
「なんか静かだと思ったら……兄さん、何してるのさ」
「久しぶりに会った兄に、他に言うことがあるだろうが」
「おかえりなさい、元気そうでよかったよ」
「渡もな! 大きくなってるし、かわいい彼女までできてて兄ちゃん泣きそうだ」
ニコニコする透の腕の中で、佳貴がもがいていた。
「離せ!!」
「離すわけねえだろ」
透がスッと真顔になった。
「滝草が本家から車を回してくれてるから、おとなしく俺に抱かれておけ。佳貴も大きくなっていて、兄ちゃんは嬉しいぜ」
「この、筋肉馬鹿!!」
「その筋肉に負けてるやつが吠えるなよ。本家様がどれほどのものか、お手並み見せてくれ」
「兄さん、移動しよう。先生来ちゃう」
「それもそうだ」
渡が歩き出すと、透は佳貴を肩に担いでついてきた。
佳貴は決して小柄ではない。身長百七十五センチの渡より少し低いくらいだ。
しかし、身長百八十センチの透は佳貴を軽々と担いで歩いた。
「……重くないの?」
「動くし柔らかいから運びづらいが、問題ない。渡も試すか?」
「なにを?」
「佳貴をも担ぐのを。コツを掴めばなんてことないさ」
「今は遠慮しておこうかな」
高校と大学の敷地の境目まで歩いてきた。
渡があたりを見回すと、遠くから雨水家の車が近づいてくるのが見えた。
車は透の横に止まり、後部座席から園佳が顔を出した。
「透、ごめんなさいね、愚弟が迷惑をかけて」
「園佳さんのためなら、なんてことねえよ」
透がふにゃっと微笑んでドアを開けた。
佳貴を車に押し込むようにしてから、自分も乗り込んだ。
「渡は悪いけど助手席に座ってちょうだい」
「わかった」
渡が乗り込んでシートベルトを締めると、車は静かに走り出した。
「……なんで姉さんが?」
「母さんがブチ切れてるから」
「誰でもいいなら、僕が月に行ったっていいだろ」
「誰でもいいならね。今は誰でもよくないのよ。そんなこともわからないだなんて」
「いやみったらしい……」
渡は、従姉弟が言い合う様子をバックミラー越しに見ていた。ふと見ると透が笑顔で園佳を見つめていた。
「兄さん?」
「んー?」
「楽しそうだね」
「うん。久しぶりに園佳さんに会ったけど、相変わらず美人だから嬉しいんだ」
「あなた、どこかの国のお姫様から求婚されているのではなかったの?」
園佳が呆れたように言った。
「うん。向こうは現国王の直系だけど四女だから好きにしていいって言われてるらしくてさ。金持ちの道楽のつもりで国の緑化事業に出資して、顔見せで視察に行ったら他国の貴族が汗水たらして働いてて一目惚れしたんだってさ」
「他人事だなあ」
「まあ、いきなり王女様に『一目惚れしたから我が国に嫁いでくれ』なんて言われてもね」
「透はかっこいいもの」
「それ、ベッドの中でもう一度言ってくれない?」
「母さんの許可が下りたらね。さ、もう着くわ。全員、神妙になさいよ」
車が雨水本家の敷地へ入った。
庭園の先のロータリーで停車すると、佳貴がゴクリと唾を飲んだ。
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