21.雨の日、急襲
四月も半ばのある休みの昼時、渡の元に凪から電話がかかってきた。
「はい、どうしたの?」
『渡くん……! パパに何か話した!?』
渡が電話に出ると、途端に凪の悲鳴が聞こえた。
「月詠の頭領に? いや、うちからは何も話をしてないはずだけど」
『パパが雨水とお見合いをするようにって』
「確認してくる。凪はお母さんに確認して」
『わ、わかった』
渡は電話を切ってリビングに向かった。
歌帆と雫がオヤツを食べていた。
「母さん、月詠とうちで見合いの話って出た?」
「出てないわ。美佳さんと月詠の奥方と三人で、凪さんが高校を出るタイミングで調整してるもの」
「凪が、月詠様から『雨水家と見合いをするように』と言われたって連絡がきたんだ」
歌帆が真顔でスマホを取り出した。
「私から美佳さんに確認します。渡は家族用のグルチャに状況をまとめて流して。雫は透にこちらが騒がしいことを伝えておいて。あ、もしもし、美佳さん?」
歌帆がバタバタと席を立った。
「わかった」
「りょ」
渡と雫も目配せをしてスマホを取り出した。
「透兄さん、帰ってくるの?」
「うん。ビザがどうこうだから、手続きでひと月くらい戻るって。さっき家族用のグルチャに連絡きてたよ」
「あ、ほんとだ」
渡と雫の兄である透から、家族用のグループチャットに帰宅の連絡が届いていた。
つまり、電波の届くところまで戻ってきたということだ。
雫が透に連絡を取り始めたので、渡もわかっている範囲のことを箇条書きにしてグループチャットに萎えておいた。
これで譲も状況がわかるだろう。
凪にも、少なくとも母は状況を把握できていないこと、それから雨水の頭領に確認中であることを連絡しておいた。
状況がおぼろげながらわかったのは、その日の夕方に綾から美凪子……月詠婦人への連絡でのことだった。
『どうも、雨水家の頭領の息子さん? と私のお見合いらしくて……』
困惑した声の凪に、渡も意味が分からなかった。
佳貴と凪との婚約は、そもそもが口約束程度だったし、美佳と美凪子で中止にしたはずだ。
「ありがとう。頭領に確認する。少なくとも俺は聞いていないし、頭領もそんなことを承知する人じゃないはずだ」
『うん。信じていい?』
「もちろん。どうしてもお見合いが行われるのなら、君をさらってでも阻止する」
『わかった。信じてる』
電話を切って、渡は家族用チャットに凪から聞いた話を送る。
そのまま譲に電話をかけた。
「送ったの見た?」
『まだ』
「佳貴と凪の見合いらしいんだけど」
『姉貴に確認……あ、姉ちゃん、佳貴は?』
電話の向こうで譲と美佳が話しているのが聞こえた。
すぐに美佳が渡に話しかけてくる。
『情報源は?』
「凪の妹の綾さんから聞いたって」
『もう少し詳しく聞けるか? こっちも佳貴を詰める』
渡は電話を切って凪にかけた。
……しかし、美佳は佳貴に『確認する』、ではなく『詰める』と言っていたから、なにか心当たりがあるのかもしれない。
凪はすぐに電話に出て、状況を聞けた。
『えっとね、綾と悠宛てにパパから「ゴールデンウィークに凪と雨水の息子との見合いがあるから、地球に帰る」って言われたみたい。それで綾が不思議に思って私に教えてくれたの』
「なるほど。月詠婦人は何か言ってた?」
『パパと連絡がつかなくてイライラしてる。そもそもママに「凪と雨水の見合い話を再開することにしたから、ゴールデンウィークに帰る」って連絡があって、ママが聞き返す前に切れちゃったんだよね。この次期って月が日本から遠くて、連絡がつきにくいし、途切れやすいんだよ』
「そっか。ありがとう。あ、宗輔が綾さんとまた山に行くのを楽しみにしてたって伝えてもらえる?」
『もちろん。綾も行きたがってたから、喜ぶよ』
通話を終えて再び譲に電話する。
譲がやけにひそひそした声で電話に出た。
『渡? どう、なんかわかった?』
「月詠の頭領が『凪の見合いのためにゴールデンウィークに地球に戻る』って、綾さんに言って、それを不思議に思った綾さんが凪に連絡してくれたらしいけど……親父、どしたの? なんかあった?」
『……姉貴が、ぶち切れてる』
「あー……」
渡は早急に電話を切りたくなった。
そうもいかないし、自分のために父が頭領の怒りに耐えているのはわかっている。だから切らないけれど、本音では切りたかった。
何しろ怖い。
渡は昔、透と佳貴と三人で雨水本家で鬼ごっこをして、高そうな壺を割ったときに美佳に怒られたことがあった。
本当に怖かった。
二度と伯母を怒らせてはいけないと、幼いながらに学んだのだ。
「あの、ちなみに伯母さんは何に怒ってるの?」
『義兄さんと佳貴に、だ。二人が画策ってほどじゃねえけど、凪ちゃんとの見合いを仕組んだらしい』
「伯父さんが?」
渡もつられて声を潜めた。
おとなしく、物静かでいつも伯母の影に隠れているような伯父に、伯母を出し抜こうとする気概を感じたことはない。
『んー、義兄さんは佳貴に乗せられただけって感じだけどな。えっと、タイミング見て帰るから、蛙前に晩ごはんは俺の好きな物よろしくって伝えておいて』
「わかった」
渡は電話を切って、台所へ向かった。
蛙前に晩ごはんをお願いしてから、歌帆と雫を捕まえた。
「ふうん。なんだか大変そうねえ。どうしましょ、迎えに行こうかしら」
「野次馬じゃん」
「夫のピンチに妻が颯爽と駆けつけて何が悪いのよ」
歌帆は「ふふん」と強気に笑ってスマホを取り出すと、滝草を呼び出して、さっさと行ってしまった。
「母さんの行動力すごいよねえ」
「そだね……」
一時間もしないうちに、歌帆は譲を連れて帰ってきた。
よれよれの譲を、蛙前が風呂へ向かわせる。
少し元気になったらしい譲と三人で晩ごはんを取った。
「春休みに、渡と凪ちゃん、風間の宗輔くんと綾さんの四人で何度か出かけただろう?」
ため息をつきながら譲が言った。
「その話を渡と宗輔くんがしているのを佳貴が聞いて焦ったらしい。すでに渡と凪ちゃんの仲が風間も公認であると気付いてな」
「……なるほど」
たしかに渡は宗輔とその話を学校でしたことがある。
食堂や移動中に、
「次どこがいいかな」
「せっかくだし景色がいいとこがいいな」
「アウトドア用品を見に行ってもいいね」
なんて、ほぼ互いにのろけていたような会話を二人でした覚えはある。
それを聞いて、佳貴が焦ったというのか。
正直、渡には意味がわからなかった。
「えー……なんそれ。あ、でも佳貴に『貸しておいてやる』とは言われた。正月、帰るときに」
「それは言っとけよ。それで焦った佳貴くんが義兄さんに『雨水の頭領の息子として、母さんの役に立ちたいんだ』とかなんとか言って、月詠の頭領に連絡を取った……ということだな」
「それ、美佳伯母さんめちゃくちゃ怒ってたでしょ」
「それについては思い出したくない」
小さくなって首を横に振る譲に、歌帆がニコッと微笑んだ。
「佳貴くんはしばらく謹慎、義兄さんはスマホお取り上げですって」
「あらら」
「まあ、あちらはあちらで、姉貴と園佳さんがとにかく優秀だからな。義兄さんと佳貴くんの肩身が狭かったのも原因だとは思うが……それにしたってな」
「まあうちのことはいいんだけど、月詠の頭領にお見合い中止の連絡はしたの?」
「……できてない」
やっぱり、と渡は思ったが黙っていた。
「月の位置が良くなくて、うまく連絡がつかないんだ。……たぶん佳貴くんはそのタイミングも見計らっていたんだろう」
「そっかあ。今聞いた話は凪にしても大丈夫?」
「かまわない。というか歌帆さんから、月詠婦人に伝えているだろう?」
「ええ、情報は共有済みです」
「しかし凪ちゃんも、いきなりそんな話をされて不安だろうから、渡からも話しておきなさい」
「うん、そうするよ」
食事を終えて、渡は凪に判明した状況を送っておく。
風呂を終えてから、渡がベッドに寝転がってスマホを見ると、一通のメッセージが届いていた。
『あの子と結婚するのは僕だ。分家は分家らしく引っ込んでろ』
渡は黙ったまま、拳を握りしめた。




