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16.私は私のままで頑張るしかないんだ

 凪が(わたる)とのデートを終えて帰宅すると、(ゆう)(あや)が待ち構えていた。


「姉さん、おかえりなさい」

「どこに行ってたの?」


 小学六年生の二人も明日から学校で、冬休み最終日だから一緒に月から地球に戻っていた。

 休みの最後は姉と過ごしたいとごねる二人を母親に任せ、凪は渡に会いに行っていたのだ。


「デートしてきたの。渡くんと」

「あんな冴えない男の何がいいの」


 唇を尖らせる綾に凪はにこっと微笑んだ。


「お子様の綾には渡くんのかっこよさがわからないんだね。私には世界で一番かっこいい殿方なんだよ」

「どこがだよ。序列だってうちより低いし、しかも分家で次男! 姉さんと釣り合ってない」

「ばかだな悠は」


 張り倒したい気持ちを堪えて、凪は肩をすくめた。


「うちより序列が高い家は天皇家の方々しかいらっしゃらない。私はいずれ月に帰るけど、天皇家から婿取りなんておこがましいし、私が嫁入りしたら月に戻れなくなる」

「それはそうだけど」

「ほぼ同格の晴原(はれのはら)家だって事情は同じだよ。月の情勢を考えれば雨水(うすい)家から私が婿取りさせていただくのは政治的判断からしても正しい。お母様に言われたでしょう」

「そうだけど……」


 弟は甘やかせば甘やかすほど調子に乗るのはわかっている。

 だからこそ、ここは姉として徹底的に理屈で叩くべきだと凪は判断した。

 妹は同性だからなのか、姉を理解しているからなのか、「だって私、渡くんが大好きなんだもん」と言えばある程度は引き下がるのだが。


「だからって、なにも分家の次男なんかじゃなくたって」

「同じことを何度も言わせないで。それもと悠は、お姉ちゃんにうーんと年の離れたおじさんと結婚してほしいわけ?」

「そんなことあるわけないだろ!」

「だいたい、序列三位の家系の長男を婿にくれなんて図々しいよ。あちらの家はどうなるのよ。雨水家で私に一番年が近いのが渡くんだし、渡くんのお兄さんはアフリカで森林保全活動中で、先方の国の王女に見初められているそうだから、今連れ戻して月詠(つくよみ)の婿になんてしたら国際問題になっちゃう」


 悠はムスッと姉を見上げた。

 凪も同じように弟を見下ろす。


「……姉さんには、きちんとした人と幸せになってほしいんだよ」

「渡くんは、きちんとした人だよ」

「どこが」

「私と何をするにも猿渡(さるわたり)蟹沢(かにさわ)の許可を取るし、雨水と月詠が揉めないように気を配って調整してくれている。うちに来るのだって、お母様の許可をもらった上で雨水の頭領を通じて根回しをしてから来てくれたんだよ。それをあんなふうに乱暴して……。悠と綾は、お客様をお招きしたお母様と私、そして月詠家の顔に泥を塗ったんだからね。それはちゃんと反省して」


 悠はうつむいて拳を握りしめる。

 肩を震わせたまま、踵を返して走り去ってしまった。


「ごめんなさい、お姉様」


 近くで悠とのやりとりを見ていた綾が、おずおずと凪をのぞき込んだ。


「……次、渡くんが来たら謝って。それでいいからね。渡くん、『せっかく兄妹になるなら仲良くしたい』って言ってくれてるから」

「はい。そうします。……ところでお姉ちゃん、どこで知り合ったの? どうやって仲良くなったの? どこが好きなの?」

「ちょ、待って!」


 先ほどまでの殊勝な態度とは打って変わり、綾は目を輝かせて凪に詰め寄った。

 気に入らなくはあるけれど、それはそれとして恋バナには興味津々な年頃なのだ。


「ママも聞きたがってたし、ごはんの後で聞かせてよ。……悠がお風呂行ってる間にでも」

「もー、野次馬!」

「いいでしょ、知りたいの。次に渡くんのことでお姉ちゃんと悠が揉めたら、お姉ちゃんの味方するからさあ」

「渡くんって呼ばないでくれる!?」

「じゃあお義兄(にい)ちゃん。……なるほど、お義兄ちゃんかあ。いいねえ、お義兄ちゃん」


 うなずいてニコニコする綾に、凪は嫌な顔をした。

 このままでは綾に渡を取られかねない気がした。

 凪は綾を言いくるめてその場を後にした。




 ……前途多難ではあるけれど、渡との交際はそれなりに順調だと凪は思っている。

 渡は誠実に凪に寄り添ってくれるし、雨水家は月詠家に対して好意的に接してくれている。

 年末のパーティで凪は母と共に雨水の頭領とその跡継ぎの娘、そして渡の父とも挨拶をしたが、三人とも穏やかで真面目な雰囲気の人たちだった。

 帰り際、渡の父と凪の母が言葉を交わしていて、


「愚息がご迷惑をおかけしていますが、よろしくお願いします」

「とんでもない。きちんとしたご子息でいらっしゃいます。先日はこちらこそご迷惑をおかけしました」


 とやり取りしていた。

 これは両家公認と見ていいのだろうか。

 凪はそう思いたいけれど、父にはまだ伝えていない。

 凪の父親は、娘には甘いが月の日本領大使として厳格な人物でもあった。

 渡は月にとって有益になり得ると凪は思っている。

 けれど、父が同じ判断をするのかはわからないし、悠のように『格』の話を持ち出されると凪には反論ができない。

 父が口にするのなら、きっとそれはきちんとした理由があってのことだろうから。


「むう……。私がもっと普通の家の子だったら、こんなに悩まずに渡くんと一緒にいられたのかな」


 凪は自室のベッドに倒れ込んだ。

 少し考えてから、凪は起き上がって風呂に向かった。


『普通の家の子だったら』


 生まれてから何度となく考えたことだ。

 でも、凪はそれを止めようと思った。

 今の凪とずっと一緒にいられるように渡が頑張ってくれているのに、自分がそれを否定するのは失礼だ。


「私も、頑張るからね、渡くん」


 風呂に入る前に、スマホのカバーに入れた渡と撮ったプリクラを見た。

 その顔を見るだけで、凪は何でもできるような気がした。



 夕食後、凪は綾に捕まった。


「約束したよね、お姉ちゃん」

「わたくしも聞きたいわあ」


 妹どころか、母の美凪子(みなこ)にまで詰め寄られて、凪は渡との出会いをほぼ説明させられる羽目になった。

 二人は最後まで聞き終えて、目を輝かせた。


「あらあら、王子様じゃない。それなら仕方ないわね……」

「何が仕方ないのよ」

「いいなあ、お姉ちゃん。私も、そういう運命的な出会いをしてみたいなあ」

「次に悠が渡くんに突っかかったら止めてよね」

「もちろん。悠のあれはただのシスコンだし、無い物ねだりだもの。その渡くんがお姉ちゃんを幸せにしてくれるなら、私は言うことないよ」


 綾はニコッと笑って風呂に行った。

 美凪子も同じように微笑んだ。


「聞く限り、真面目できちんとした殿方ですし、素行にも問題はないしね。あとはお父様の判断ですけども」

「誰に何を聞いたの? 素行って?」


 凪がギョッとして聞き返すと、美凪子は微笑んだまま凪を見た。


「まさか、無条件で信用されると思ったの?」

「お、思ってないけど」

「助けて下さった方が、雨水の殿方でよかったわね」

「……うん」


 美凪子の圧に、凪は頷くしかなかった。

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