15.知らないことを、知る
凪の冬休み最終日。
渡は凪と一緒にカフェへ来ていた。
高官御用達の個室カフェで、密会用の部屋を確保しているため誰かに見られたり聞かれたりすることは一切ない。
「冬休みお疲れさま、凪」
「疲れたよお……」
凪はへにゃへにゃとソファにもたれかかった。
年末は地球でのパーティや挨拶回り、年始は月で日本領大使の父とともに各国の大使たちへの挨拶回りをしていて、「休みなのに全然休んでない!」と凪は膨れていた。
「渡くんも忙しかったんでしょう?」
「凪ほどじゃないけどね。あー……その、聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
「……凪は婚約者って、いないの?」
「いないと思うよ」
凪はテーブルのケーキスタンドからサンドイッチを手に取り、言った。
小さな口でゆっくり食べるようすは「月のお姫様」だが、ゆるみきった笑顔は普通の女子高生だ。
「たまにあるけどね、そういう話。でもパパもママも、そういうのは私が高校出てからでいいって、やんわり断ってくれてるみたい」
「なるほど」
「渡くんはないの?」
「ないよ。そもそもうちの両親が政略結婚じゃないからさ。頭領の伯母さんのところはそうみたいだけど、でも元々付き合いがあって、政治的にも都合がいいからって両家から認められてのことらしいからね。雨水家の家風として、あんまりお見合いとか政略結婚とかに乗り気じゃない」
渡はコーヒーカップを両手で包むように持ち、言った。
園佳が両親と何か相談しているらしいことや、渡の兄の透が赴任先の国で同じような活動をしていた良家の子女に見初められたらしいことまでは聞かされていた。
「ふうん。じゃあ、私が渡くんを月詠にくださいって言っても、問題なさそう?」
「たぶんないよ。そもそも雨水の誰かを月に行かせる話があるって聞いたから」
渡が正月に美佳から聞いた内容を伝えると、凪は頷いた。
「ああ、そうなんだね。ほら、月って重力が足りなくて雲を発生させられないから、緑化って日本領だけじゃなくて、月全体の課題なんだよね。今は他国の似たような能力の人が頑張ってるけど、それだけじゃ追いつかないから、日本領にも協力要請がきてたんだ。でも日本領は地球からの物資の輸送と、月の住環境の安定化にすごく尽力してるでしょう。してるのよ、うちが……というかパパがね。だから、緑化についてはそこまで求められてなかったんだよ」
「なるほど……」
渡は頷いたものの、内容の半分ほどしか理解できていなかった。
これまで月のことなど何ひとつ考えてこなかったと気づき、愕然とした。
月の開拓は、まだほんの百年ほどしか行われていない。
何百万年かけて今の生活を築いた地球と同じように暮らせるはずもないのだ。
「なんか、知らないことだらけだ。反省した」
「地球で普通に生活してたらどうしてもね。でも渡くんは私と話をして興味を持ってくれた。嬉しいよ」
「ちゃんと勉強するよ。凪は今は月のお姫様だけど、いつまでもお姫様じゃないんだろう?」
「もちろん」
凪はニコッと微笑んだ。
「私はいずれパパの後を継いで月の日本領大使になりたいの。そうなったときに、渡くんが隣にいてくれたらすごく嬉しい」
「わかった。頑張る。……でも、それには大使に認めてもらわないといけないんだよな」
渡は深く息を吐いてソファに沈み込んだ。
凪は笑顔のままスコーンを食べていて、いつの間にサンドイッチがなくなったのか、渡にはわからない。
渡は顔を上げて、コーヒーのお代わりをもらった。
「んー……パパがどういう反応かはわからない。過保護だから、身元がしっかりしてないといい顔をしないよ。そういう意味では渡くんに問題ないと思う。きちんとした家の出で、マナーが身についていて、ママも認めてる」
「お嬢様」
部屋の隅で控えていた猿渡が、呆れた声で遮った。
「マナーという点で、お嬢様に一言お伝えしますが、雨水様はサンドイッチを一つもお召し上がりになっていません」
「えっ、渡くん、食べてなかったの? ごめん……」
「そんなにお腹空いていないから大丈夫。たくさん食べて」
「お嬢様。雨水様はお優しいのでこうおっしゃってくださいますが、今後、くれぐれもお気をつけください」
「わかりましたよう。ごめんね渡くん」
なんならスコーンも口にする前に消えそうだったが、渡は指摘せずにコーヒーをすする。
「あとは」
気を取り直すように凪が続けた。
「悠と綾だけど、正直あの二人は私の彼氏っていう存在が気に入らないから、誰であってもあんまり変わらないと思うよ」
「だとしても、できれば認めてほしいし、仲良くしたいな。せっかく兄弟になるなら」
「ありがとう、渡くん。あ、渡くんも妹さんがいらしたよね?」
「うん、妹と兄もいる。兄はあまり日本にいないから、いつ紹介できるかわからないけど、妹ならいつでも紹介するよ。今受験前だから、それが終わってからで」
「もちろん。後輩になるんだよね。楽しみにしてる」
ニコニコする凪の前に、猿渡がケーキをサーブした。
同じように渡の前にもケーキが置かれる。
このままだとアフタヌーンティーの三段全てを凪が食べてしまうに違いないと察したのだろう。
渡は吹き出しそうなのを堪えて、ケーキをいただく。
その後は正月の話をしたり、次のデートで行きたい場所などを話してカフェを出た。
「渡くん、ありがとう」
月詠家の車の後部座席に並んで座って、凪は渡の手を取った。
「なにが?」
「いろいろ、考えてくれて」
「そうでもないよ。俺はなんにも分かってなかったから」
渡は眉を下げた。
「月のことも、家のことも、全然分かってなかった」
「でも、今は分からないって自分で知ってるでしょ。なら、大丈夫」
「……うん。頑張る。凪の隣にいていいって、誰からも認められるように頑張るよ」
凪の手を握り返して渡は言った。
まずは、月の開拓の歴史からだろうか。
「でもね、渡くん」
凪がニヤッと笑った。
「もしパパも悠も綾も渡くんを認めなかったら、二人でどこかに行っちゃおうよ」
「どこか?」
「うん。いいんだよ、別に。パパの後を継ぐのは私じゃなくたってさ。それこそ悠か綾がやればいい。でも、渡くんの隣にいるのは私じゃないとダメだから」
「……そうだね。凪じゃないと嫌だ。だったら俺が頑張らなきゃ。俺のせいで凪に何かを諦めさせたくない」
渡は自分にできることを、考える。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この作品が面白かったら、☆を★に変えていただいたり
ブックマークやお気に入り登録してくださると、
作者がとても喜びますので、よろしくお願いいたします!




