13.家を巻き込まざるを得ないのは、分かっていた
年末年始、渡と凪はそれぞれ忙しかった。
渡は父の譲と各所に挨拶に行ったり、仕事を手伝ったりと大忙しだった。
それも兄が出て行ったせいだと、家にいない兄を呪いながら走り回った。
凪も学校の期末試験や挨拶回りで忙しくしていた。
互いに政治家のパーティで顔を合わせることはあったが、人前で気安く会話はできない。
親の目が光っていて、こっそり二人きりになることもできず、形式的な挨拶を交わすのが精々で、そういう日の晩には凪から泣き言の電話がかかってくるのが常だった。
『悠と綾は謹慎中なんだよ』
渡が凪の家に行った後、最初にパーティで顔を合わせた日の夜に、凪は電話でそう言った。
『お客様にあんな失礼な態度を取る子供を人前には出せないからって、ママが怒ってね。だから渡くんは安心して出てきてね』
「う、うん……。あの凪のお母さんは俺のこと何か言ってた?」
『礼儀正しくてきちんとした人って褒めてたよ。持ってきてくれたお菓子、ママが好きなのを用意してくれたんでしょ』
渡は胸をなで下ろした。
用意した菓子折は譲が伯母に確認してくれて、凪の言うとおり月詠婦人が好むものを選んだから、間違っていなくてホッとした。
渡の方でも譲に報告していた。
話を聞いた譲は、いつもどおり顔をしかめた。
「またお前は、俺の手に負えないことをしでかすなよ」
「ごめん」
「いいよ。渡が分家生まれなのも、次男なのもお前のせいじゃないし、それを月詠の方々が疎むのも別に間違ってないし。婦人からは表だって反対されてないんだろう? ならいいさ。あ、姉貴には報告するからな」
「うん。お願いします」
「冬休みは手伝えよ。それで実績を積め。婦人はともかく、弟と妹に反対される材料を減らしていこう」
「ありがと、親父」
「まあ、俺の尻拭いにもなるし」
「なに?」
「いーや、なんでもない。きりきり働けよ」
そんな会話が、月詠家から帰った晩にあった。
そして大学が冬休みに入ってから、渡も凪も忙しくて会えずにいた。
渡は『できたばかりの彼女とクリスマスデート♡』を夢見なかったわけではない。
でも、それが難しいこともわかっていたから、言わずに飲み込んでいただけだ。
一応クリスマス当日に凪の顔を見ることはできた。
月詠婦人と共に挨拶にいそしむ姿を、遠くからちらりと見ただけだった。
なんとか猿渡を捕まえてクリスマスプレゼントを渡すことができ、その日の晩には凪からいつもより長い電話がかかってきた。
大晦日になると、ようやく譲の仕事が落ち着いて、渡は歌帆、雫と共に雨水の本家へと顔を出した。
「ご無沙汰しております、伯母上」
渡は雫と歌帆と共に客間で正座し、伯母の美佳に頭を下げた。譲は急遽仕事の連絡が入り、遅れている。
美佳は和装で背筋をまっすぐに伸ばして三人を見据えた。
「久しいね、渡さん、雫さん。お変わりはなく?」
「はい、おかげさまで。伯母上もお変わりなさそうでなによりです」
「誰かさんのせいで一時期は胃が痛んでいたが、最近はそうでもないよ」
「す、すみません……」
にこっと微笑む美佳に、渡は思わず背筋を伸ばした。
「かまわないよ。月詠婦人とはご挨拶させていただいているから。……歌帆さんもね」
「は?」
渡が振り返ると、歌帆が「あ、言ってなかったっけ?」と笑っていた。
「わたくしと歌帆さんは実はママ友なんだが、同世代の子供がいるということで、時折月詠婦人ともご一緒させていただいているんだよ。その際にね」
「母さん……言ってよ」
「知りたかった? 母さんと彼女のお母さんがママ友だったって」
「や……それはどうだろう?」
「ちなみに私は知ってたよ」
雫が口を挟み、渡は愕然とした。
いつの間にか、自分の知らないところで包囲されていたらしい。
「悠さんと綾さんについても、美凪子さんが説得中だそうだ。ただお二人とも凪さんのことが大事で仕方ないから、こう……視野が狭まってしまっているそうだ」
「はい。僕は大丈夫です。ただそのことを彼女が気にしているので、どうにかできればとは思いますが」
「今すぐは難しくても、きちんと誠意を持って話せば伝わる。精進しなさい」
「はい、ありがとうございます伯母上」
頭を下げて、渡と雫は下がる。
二人でリビングに向かうと、従姉弟の園佳と佳貴が待っていた。
「園佳姉さん、佳貴兄さん、ご無沙汰してます」
「久しぶり。たまには顔を出しなさいよ」
「大学が思ったよりも忙しくてさ」
「渡、佳貴くんとも久しぶりなの?」
雫が首を傾げた。
渡と佳貴は二歳違いで、同じ大学に通っているのだ。
「学年が二つ違うと意外と会わないんだよ」
佳貴が肩をすくめた。
「僕は必修の科目はもう全部終わらせてるしね」
「そうそう、一年は必修科目が多くて、三年が取るような選択科目を取る余裕がないよ」
渡も頷いて佳貴と「ねー」と言い合う。
そのまま渡は、佳貴に二年次で使う教科書を持っていないか確認し、できればノートも貸してほしいと頼む。
「いいけど、でも何科目か先生変わっちゃってるんだよな」
「えっ、そうなの……」
「でもあるやつは貸してやるよ。あとお前彼女できたんだろ? 写真見せろ」
「やだよ」
「じゃあ教科書上げない」
「ひどい!」
「あ、このプリクラ? ……え、この子」
渡がスマホケースに挟んでいた、凪と撮ったプリクラを佳貴が目敏く見つけた。
目を丸くして固まる。
「かわいいよね……って、佳貴くん?」
「どうしたの、佳貴兄さん」
雫と園佳も佳貴の様子に怪訝そうな顔をする。
佳貴は眉間にしわを寄せ、渡を睨んだ。
「この子、俺の婚約者だけど」
「婚約者? 佳貴兄さんの?」
「渡、どういうつもりだよ」
「知らないよ。伯母さんだってそんなこと言ってなかったし」
「はあ?」
佳貴が険しい顔のままリビングから出て行った。
残された三人も、慌てて後を追った。
渡たちが客間まで戻ると、ちょうど廊下で譲と出会う。
「なんだ、そんなに慌てて」
「や、なんか佳貴兄さんが」
言いかけたところで、部屋の中から佳貴の怒声が聞こえた。
「どういうことだよ!」
「だから、正式なものではなかったんだ」
「なんだよそれ!」
譲が扉をノックすると、部屋の中が静かになった。
「姉さん、失礼するよ」
「譲か。渡もいるな? 入れ」
美佳の声に従って、譲と渡は客間に入る。
園佳と雫は『私たちはここで聞き耳立ててるから』『叔父さん、扉ちょっと開けておいて』と言って、ひらひらと手を振った。
譲と入れ替わりで歌帆が部屋から出てきた。
「母さんは聞き耳立てるなんて行儀の悪いことはしません。あとで美佳さんから愚痴を聞きます」
「歌帆さんが一番質が悪い……」
苦笑して肩を落とした譲の後に続き、渡は美佳の向かいに正座した。
「で、佳貴くんはどうしたんだい?」
「僕の婚約者を、渡が彼女だなんて言うから」
佳貴は立ったまま、譲と渡を睨んだ。
「それ、正式な話じゃなかっただろう?」
譲が穏やかに美佳に視線を向ける。
「ああ、そうだ。十年近く前にそういう話は出たが、佳貴が乗り気ではなかったし、凪様も幼かったから流れたんだ」
「現代日本で中学生が小学生と結婚しろって言われて、乗り気になるほうがおかしいだろうが!」
それは確かにと思い、渡も頷きそうになったが黙っていた。
「ああ、そうだ」
美佳も頷いた。
「だから話は立ち消えたんだ。あまりに時代錯誤だとな。今さら佳貴が何を言っているのか、私には分かりかねる」
「……あのときは驚いたけど、話が完全になくなってるなんて思ってなかったんだよ。僕が大学を出るか、向こうが高校か大学を出たらって思ってたのに」
言いよどむ佳貴に、美佳は淡々と諭すように話を続けた。
「それは、誰かに確認したのか? 佳貴が、一人で勝手にそう思っていたのではないか?」
厳しい言葉に佳貴は言葉を失った。
「渡は逐一状況を譲に伝え、判断を仰いできた。もちろん完全ではなく、事後報告になることもあったが、報告と相談を疎かにはしなかった。佳貴、お前はどうなんだ」
「だ、だって」
「言い訳無用。独りよがりな思い込みに他者を巻き込むんじゃない」
渡はできる限り真顔を保ったが、怖かった。正直、とても怖かった。
美佳伯母も月詠美凪子婦人も、上に立つ女性というのはどうしてこう怖いのだろう。
母の歌帆がおっとりしているから、余計にそう感じるのかもしれない。
というか、だから譲は歌帆を妻に選んだのではないかと、渡は思ってしまった。
佳貴は黙り込んだまま、拳を握りしめていた。
少しして、佳貴が口を開く。
「……お騒がせして、申し訳ありませんでした」
軽く頭を下げて、彼は客間を出て行った。
残された渡も部屋を出たくて仕方がないが、美佳と譲の様子を見ると、出て行っていいのか判断がつかず、おとなしく座っていた。
しばらくして、美佳が深くため息をついた。
「すまないね、渡。譲も。いや、まさかあの話を佳貴が覚えているとも、その気だとも思っていなかったんだ」
「俺はいいけどさ。渡には説明してやってよ。いきなりのことで、わけわかんないだろうし」
譲が笑いながら言った。
美佳が頷いて渡に向き直る。
「それもそうだ。……そもそも雨水と月詠の先代の話になる」
渡は黙って頷いた。
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