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11.映画の登場人物より、特別な普通の女の子

(わたる)くん、見たい映画ある?』


 ある秋の晩、渡の元に凪から電話がかかってきた。


「凪が見たいのでいいよ」

『本当に? あのね、気になったのがあってね』


 凪が上げたのは、人気少女漫画を実写映画化したタイトルだった。

 定番の恋愛もので、渡の大学でも女子たちが漫画を回し読みしていたのを見た覚えがある。


「じゃあそれにしようか」

『いいの? 渡くん、そういうの興味ある?』

「全然ないよ。でも恋愛系の映画って見たことないから、どんなものか見てみてもいいと思うし、凪は映画館初めてなんだろう? なら、凪が楽しめるものにしよう」

『ありがとう、渡くん』


 その後、映画館や時間を決めて電話を切る。

 渡が家族で使っているカレンダーアプリに予定を入れると、妹の(しずく)が部屋にやってきた。


「渡、映画館行くなら買ってきてほしいパンフあるんだけど」

「いいよ、なに?」


 雫が挙げたのは、渡が凪と見に行く予定のタイトルだった。


「映画自体はこの間友達と見てきたんだけど、すっごい人気でね。パンフ、売り切れてたんだ。だから、あったら買ってきて」

「はいはい。あ、その映画館の近くで良さそうなカフェとかある?」

「えー月詠(つくよみ)のお嬢様にご満足いただけるようなお店、私が知ってるわけないじゃん」

「それはそうだけどさ」


 渡は改めて妹を眺めた。

 上は渡のお下がりのパーカーで、下は楽そうなスウェットパンツだ。

 比べるものではないが、凪とはまるで違う。

 ……もしかしたら、凪も家ではこうなのだろうか。

 いや、ないだろう。


「ていうか、月詠のお嬢様を映画館とか連れて行っていいの?」

「ボディガードから許可もらった」

「カフェとかレストラン行くの?」

「食べる前にボディガードが毒味してる」

「住む世界が違う」

「本当だよ」


 雫は笑いながら部屋から出て行った。

 住む世界が違うだなんて、そんなこと渡は最初からわかっている。

 いつか凪が凡庸な自分に飽きて去っていくことも、渡はわかっている。

 それでも、一瞬かもしれなくても、渡は凪と一緒にいたかったのだ。

 渡はスマホで映画館の近くにあるカフェを探した。



 凪は渡が思っているより映画館を楽しみにしているらしい。

 週に二、三回、高校まで渡が迎えに行くたびに、凪は映画の話をしていた。


「あのね、揺れたり水が出てくる映画館があるんだって」

「4DX?」

「たぶんそれ。それもいつか行こうね」


 ほかにも大量のポップコーンや映画のグッズなど、楽しみにしているものが多いらしい。

 渡は「住む世界が違う」と線引きしていたのは自分のほうではないかと、少し反省した。



 凪と映画を見に行く約束の日、渡はマンションのロータリーに向かった。

 すぐに月詠家の車がやってきて、猿渡(さるわたり)がドアを開けてくれた。


「渡くん、おはよう!」

「おはよう、凪。今日もかわいい格好してるね」


 今日の凪は長めのワンピースにショート丈のダウンを合わせていた。

 耳の下で揺れるツインテールと、白いもこもこしたダウンがウサギのようだと渡は思う。

 車がショッピングモールの屋上の駐車場に止まり、凪は笑顔で飛び出していく。


「渡くん、こっちだって!」

「待って、凪。映画は逃げないから」

「楽しみにしてたの!」


 小走りの凪に手を引かれながら、渡は映画館に向かう。

 ショッピングモールの最上階が映画館なので、二人は並んでエスカレーターを下った。


「実はね、エスカレーターもあまり乗ったことがないの。だから手つないでてね」

「そうなんだ!? そっか、うん。つないでる」


 映画館は休みの日ということもあり混んでいた。

 渡が凪を見ると、少し不安そうに腕にしがみついている。


「映画のチケット、買いに行こうか」

「予約しておかなくてよかったんだよね?」

「うん。ペアシートに座りたかったんだけど、予約ができないんだ」


 凪の手を握り直して、渡はチケットカウンターへ向かった。

 幸いペアシートが三列空いていたので、真ん中を渡が買い、前後を猿渡と蟹沢(かにさわ)で購入する。


「パンフレットを買いに行っていい?」


 渡が聞くと凪はキョトンと首を傾げた。


「パンフレット?」

「うん。今から観る映画のパンフレットを買いたいんだ。妹から頼まれてて」

「あのね、パンフレットってなに?」

「映画の内容とか、出演者や監督の情報が載った冊子……かな」

「なるほど……? 私も買おうかな」

「じゃあ、飲み物やポップコーンも一緒に買っちゃおうか」


 渡が凪の手を引いて並ぼうとしたところで、猿渡がすっと遮った。


「申し訳ございません、お嬢様、雨水(うすい)様。映画館での飲食はお控えください」

「なんで?」


 凪が唇を尖らせた。


「安全が確認できないからでございます」

「みんな食べてるのに?」

「万が一がございますので。ご理解ください」


 渡はできるだけ穏やかに微笑んで凪を覗き込んだ。


「映画の後に、近くのカフェ行こうよ。映画とのコラボメニューがあるんだって」

「そういった場所でしたら、メニューにもよりますがお召し上がりいただけます」

「……わかった」

「じゃあ、パンフレット買いに行こうか」


 まだふくれている凪の手を引いて、渡は歩き出した。

 申し訳なさそうに頭を下げる猿渡には、「かまわない」と首を振って応えた。


「ごめんね、渡くん」

「凪が謝ることなんてなにもないよ」

「……私が普通じゃないから」

「そうだね。俺は凪のことを普通だなんて思ったことないよ」


 凪は一瞬悲しそうな顔で渡を見上げたが、すぐに顔を赤くした。


「渡くん、言わなくていい、大丈夫だから」

「俺にとって凪は特別な女の子だからさ。こうやって一緒にいるだけですごく幸せだし、普通なんてこと全然ないよ」

「言わなくていいって言ってるのに。……ありがとう、渡くん」


 パンフレットを二冊買って、渡と凪はシアターに入った。

 席は空いていて、一列にせいぜい一組か二組くらいしかいない。

 ペアシートは二人で並んでも余裕のある広いソファだが、二人はぴったりくっついて真ん中に座った。

 渡がぱらぱらとパンフレットをめくっていると、凪もパンフレットを開いて熱心に読んでいた。

 パンフレットには今人気の若手俳優が多く出演しているらしいことや、原作に忠実にストーリーを再構成したことなどが書かれていて、正直言えば渡はまったく興味ない。ただ、熱心にパンフレットに目を通す凪は、とても普通の女子高生に見えた。

 おそらく、渡が帰宅して妹にパンフレットを渡したら、同じように熱心にめくるのだろう。

 凪は環境が普通じゃないだけで、こうしている分には十分普通の女の子だった。



 やがてシアター内が暗くなっていった。

 凪がそわそわとパンフレットを片付けて渡の手を握る。

 渡も握り返して、凪に寄り添いスクリーンを見上げた。




 映画は予想よりも静かなトーンで話が進み、ふと渡が隣を見ると、凪が涙目でスクリーンを見上げていた。

 カバンからハンカチを取り出して渡すと、凪は黙って目元を押さえた。

 見回すと、同じように静かに涙を流しながら観ている女の子ばかりだった。

 映画が終わり、シアター内がゆっくりと明るくなる。

 まだ目元の赤い凪が照れた顔で渡を見上げた。


「ハンカチありがとう。洗って返すね」

「そのままでいいよ」

「よくない。ちゃんと洗って返す。ね、カフェ行こうよ。すごく良かったから感想言いたい」

「うん、凪が楽しんでくれてよかった」

「あとポップコーンがあればなー」

「そんなに食べたかった?」

「食べたかった!」


 渡は少し考えてから立ち上がった。

 凪も立ち上がって、一緒に映画館を出た。

 カフェで凪の感想を聞きながらコーヒーを飲む。

 落ち着いたところで凪が手洗いに向かったので、残った渡は猿渡に声をかけた。


「……って、できますか?」

「可能でございます。ありがとうございます、お嬢様に気を遣っていただいて」

「気遣いっていうより、好きな子に喜んでほしいだけです」

「ぜひ、お嬢様に直接お伝えください」


 凪が戻ってきて、渡は席を立った。


「渡くん、帰る前に一個やりたいことがあるんだけど」

「なに?」

「プリクラ撮ってみたい」

「いいよ、行こう」


 映画の半券にプリクラが割引で撮れると書いてあったため、渡と凪は映画館まで戻った。

 すぐ隣はゲームセンターで、プリクラの筐体が並んでいた。


「……いっぱいある」

「そうだね。撮りたいのある?」

「撮ったことないから、わかんないな」

「俺も初めてなんだよね。プリクラのエリアって男だけじゃ入れないからさ。空いてるのにしようか」

「一緒に来る女の子とかいないの?」

「いない」

「そっかあ」


 凪はやけに嬉しそうにカーテンの中に入っていく。


『は〜じ〜ま〜るよ〜』


 のんきなアナウンスが響き、撮影が始まった。

 何枚か撮ったあと、反対側に移動する。


「わあ、かわいいねえ」

「俺の目が……」


 渡は補正された画像を見て引きつった。二人の目がやたら大きく、キラキラに加工されていた。


「えっとねー、名前と日付と……何書こうかなあ」


 はしゃぐ凪に落書きを任せ、渡はその様子を眺めた。


「できた! 渡くん、半分こしよう」

「うん。……凪」

「なあに?」


 プリクラを切っていた凪は半分を渡に差し出す。


「好きだよ」

「え、なに、いきなり。私も好きだけど」

「凪が笑ってると、嬉しいって思ったんだよね」

「なにそれ」

「そのままだよ」


 渡は真っ赤な顔の凪の手を取って、駐車場に向かった。

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