同行 2
さて今夜の目的地は、私がこの地に降り立ったまさにその場所、森の中の小さな泉となっております。その理由はといいますと。
「泉のほとりに咲く花があってね? 葉には鎮静効果、根は裂傷に効く軟膏の材料になるの。人の手ではうまく育たないから、こうして採りにいかなきゃなんだけどね」
とのことで。
見た目の特徴を聞くに、たしかにそんな感じの植物がほとりに咲いてた気がする。
ていうかネネカさん、ハーブ屋の店主と言いつつやってることはもはや薬師だよね? しゅごい。
「こういうのも今は、いつも以上に入り用だから……」
ぇあー、町の猟師が数名、侵蝕体に襲われて結構な手傷を負ったからその治療のために……ってだけならお店にあったストックだけでギリ足りるそうなんだけども。
『汚濁』が森からなくならない以上、今後も似たようなことは起きてしまうかもで、そうなると当然、薬やらなんやらの需要は高まってしまうわけで。
『汚濁』の影響で危ない目にあう人が増えていて、だけどもその人たちを助けるために、あるいは町全体のために、またべつの誰かが森へ入らなきゃいけない。危うい悪循環。だからせめて、私にできる手助けはしたい。
本音を言えばネネカさんには危ない目にあってほしくないけど、彼女自身が町のためにと決めたことなのだから、私はその彼女を守護るだけだ。
こうやって、あのオオカミ級のモンスターが出てくるかもしれない場所にいかなきゃならないのも、ネネカさんが私の同行を許さざるを得ない理由の一つだろう。それで良い。
……あとついでにいうと、どうせ泉までいくのならネネカさんに見てもらいたいものもある。
最初に私が自分の姿を確認した場所だからなのか、今のところゲームを再開したときの私のスポーン地点はあの泉の前で固定されてる。森から出たりとかすればまた変わるのかもしれないけど、ともかくあそこが、この世界での私の実家のようなものなのだ。
つ、つまり今夜はネネカさんを家にお誘いしたようなもの。分かってる違うって。目的地決めたのネネカさんだし。つつ、つまりネネカさんが私の家に来たがっている? いや分かってるって、違いますねハイ。
まあそもそもの話、『ノクタの森』内でのスポーン地点がこの泉な時点で、森に生息している触手の化け物だという時点で、どうあがいても『汚濁』連中とはご近所さんなのだ、私は。
だからネネカさんを守護るとか守護らないとか関係なく奴らとの戦いは日常茶飯事、正直『汚濁』どもでステ上げとかアバターの検証とかをしてる身としては、同時にネネカさんに付いて守護ったほうが一石二鳥でお得というわけだ。
「──ここは、静かで良いところだよね」
と、あれこれ考えているうちに例の泉に到着。
幸いさっきのミミズク以外に『汚濁』とは遭遇しなかった。侵蝕されてないモンスターを遠目に見かけたりはしたけど、奴らは基本的に非好戦的というか、こっちから仕掛けなければ襲ってくることもない。
泉は静かなものだ。ちょうど開けた頭上から、今日も月光が射し込んでいる。
一週間の経験上、ここにはモンスターが出現しない。というかしてたら私がリス狩りされかねないし。なので採取自体は安全に、ゆっくりとできる。
んでお目当てのものは、薄紫の花が特徴の小さな植物だ。
泉のほとりにぽつぽつと咲いていて、なんとなくこう、大量に咲き乱れたりはしないんだろうなあというのが分かる。それを必要な分だけ根ごと摘んで帰るのが今日のネネカさんのお仕事……なんだけども。
「…………きれい」
当のネネカさん本人はそれらとは別の、たった一輪だけ咲く銀色の花に目を奪われていた。
へへ、照れるね……
「……これってもしかして、触手さんの花?」
やはり察しが良いのか、普段から草花を扱っているだけあって見れば分かるのか。
ネネカさんが呟いた通り、その花はたぶん私に関連したものだ。
私が最初の夜に泉を覗き込んだ、まさにその場所に咲いている独特な形状の花。調べてみた感じ、シルエットはむしろウミユリとかに近い。そうウミユリ、海洋生物。ヒトデとかあの辺の仲間のアレ。
でもこいつは間違いなく地上に“咲いて”いる。植物のような質感を備えている。花びらにも見えるし葉にも見える、触手といえば触手にも見えるものを幾重にも重ねて咲く白銀のそれは、二度目にログインしたとき以降ずっとそこにあった。
どうせ泉に来るのなら、これをネネカさんに見せたかったのだ。
こんなに食いつきが良いとは思わなかったけど。
「はじめて見た、ううん違う……でも、こんな、こんなにきれいな……」
うっとりとした声音が、ぇあー、その、なんかちょっとえっちぃ。
花の前にゆっくりしゃがみ込むのもなんかちょっとえっちぃ。いやしゃがみ込むのはえっちくないだろ。
「『月輪草』……」
鑑定なりなんなりしたんだろう、ネネカさんはその花の名前を大事そうに呼んだ。そっと手を伸ばして、けれども触れる寸前に動きが止まる。
「──っ、ごめんね、危うく摘んじゃいそうだった……」
我に返ったような、どこか残念そうな声音だった。完全に無意識に手を伸ばしていたらしい。
いや私としては全然持ってってもらって大丈夫というかネネカさんにならむしろ貰って欲しいまであるんですけども。しかし残念ながらこの花どうも不壊オブジェクトらしく、引っ張ってもうんともすんとも言わんのですよ。
それを実演して見せれば、ネネカさんは一つ頷いて。
かと思えばおずおずと、私に頼み込んできた。
「じゃあその……蜜をね、少しだけもらいたいんだけど、だめかな……?」
そんな顔で頼まれたらもうなんでもオッケーしちゃう。マルのポーズ。
どうせ私的にはスポーン地点の目印くらいでしかない謎の触手花だ、植物に明るいネネカさんに活用してもらえるならそれに越したことははない。とはいえしかしどうやって、この蜜なんてあるのかも不明な銀色フラワーから採取するんだろう。
「ありがとう、触手さん。じゃあ失礼してわたしの、少しだけ蜜をもらう魔術を……」
すごいピンポイントな魔術でてきた。
まあでもそうか、職業上そういう魔術の一つや二つ持ってるものか。やっぱすげぇやネネカさんは。
「──、──」
もう一度手を……いや伸ばした中指一本だけを、『月輪草』の中心へと近づけるネネカさん。白くほっそりとした、でも柔らかな指先。前に一度だけ触れた肌の感触を思い出すうちに、彼女の指先が花に触れた。触れたのだと思う。触手めいた花びらに埋もれて、彼女がどこに触れているのかまでは目視できない。たぶん、きっと、『月輪草』のナカに。
その指使いにか、あるいは短い囁き声にか、どっちにかは分からないけども……花が、そして私自身までもがふるりと震えてしまった。ぞわぞわして、うっとりして、体の奥深くが熱を持つような感覚。
それはほんの一瞬だけのこと。
すぐにも体を通り抜けていって、わずかな余韻程度しか残らない。ゲーム的な演出なのか、完全な私の気のせいなのか、それすらも不明なまま。
「……うん、やっぱりきれい」
そう言ったときには、ネネカさんはもう手を『月輪草』から離していて。指先には小さな球形にまとまった、透き通った銀色の蜜が浮いていた。それを小さな、本当に小さな小瓶に詰めながら、ネネカさんはずっと微笑んでいた。
「触手さんの花の蜜、貰っていくね」
どうzアレだな、私の花の蜜っていうと、なんかその、ねぇ? 花の蜜(意味深)的な、ねぇ?
「……触手さん、すごいうねうねしてるけど大丈夫? やっぱりイヤだった?」
……ぇあー、その後は当初の予定通り、目当ての花を摘んで帰りました。
護衛任務はもちろん完璧にこなしましたとも、ええ、はい。
私は真面目で健全な触手、そんなねぇ、なんでもかんでもすぐいかがわしい方面に持っていきたがるエロ触手とは違うのですよ。




