同行
なんやらかんやらと楽しんでいるうちにゲーム開始から一週間が経過していた……のですが。
なんと現時点でまだ、ほかのプレイヤーと一切遭遇していませーん。
一日数時間程度とはいえ毎日プレイしていて、それでプレイヤーと会わないというのはちょっと異様な気がするというか、大丈夫? 過疎ってない? と不安にもなっちゃうけども……まあ現状は、ネネカさんの「この町と森は周りを山岳に囲まれた隠れ里のような場所」、公式からの「世界は広大で、魂の形によってはほかのプレイヤーとはまったく異なる秘境に降り立つ場合もある」という言葉を信じるしかない。
今のところネタバレ防止のためにプレイヤー発の攻略情報とかは一切見てないから断言はできないけど、『月の触手』って出自はさすがにちょっと変わってる気がするし。
ちなみに、公式が出してるワールドマップは“種々の条件を満たしプレイヤーが踏破・攻略したと見なされた場所から記載されていく”とかいう代物で、現状どの大陸もどこもかしこも空白だらけ。私がいる『ノクトの森』も、東の大陸のどこかということしか分からない。
そしてちなみにちなみに、踏破・攻略とやらを達成した暁には、プレイヤーが望めばそのプレイ記録がPV風に編集されて公式から配信されるらしい。めちゃくちゃ名前を売れる。なんならそのPVの一部収益が当該プレイヤーに還元されるとかで、たぶん張り切る人もいっぱい出てるんじゃないかなぁ。
まぁ私としては、今は踏破だの攻略だのはあんまり考えてない。他プレイヤーと遭遇しないって点も、そもそもパーティー組むつもりとかもないから問題はないわけだ。カジュアル勢ですのでね。
そんなことよりネネカさんですよ。ネネカさんネネカさん。
「──ありがとう触手さん。でもほんとに、ほんとに無理はしないでね?」
この森で一緒に過ごすのも今日で四度目なネネカさん。
三度目──つまり一昨日の時点では、勝手にそばに現れてはついてくる私を心配するような、なんならちょっと怒ったような口調で諭そうとしていた彼女も、今夜はもう諦めたようだった。
それで良い。私に貴女を守護らせてくれ。
「……この子も、本当ならもっと大人しい生き物のはずなのに」
[『ノクトの森』のミミズク 死骸]
んで、こっちはつい今しがた『月光波』で倒した侵蝕体。断ち切られた両翼ごと木の根元に落ちて絶命している。死んだら『汚濁』は溶け落ちるからもう見えないけど、侵度はⅠだった。
っていうかミミズクとしか書いてないけどサイズは普通にペリカンくらいあるよ。ワシミミズクなんてレベルじゃねぇぞ。
「助ける方法があれば良かったんだけどね……」
ネネカさん、遭遇時もオオカミほど怯えたりはしていなかったから、一人でも逃げるなりやり過ごすなり対処できる程度の相手だったのかもしれない。悲しげな眼差しを向けていることに変わりはないけど。
一度『汚濁』に侵蝕された生物は元には戻れない……っていうのが現状、『ナーナ』の人たちが得ている数少ない情報なんだそうで。
だからここで私がこいつを倒したのはなにも間違っちゃいない。侵蝕が進んでより危険な存在になってしまう前に。ネネカさんを確実に守るために。だからネネカさんは、こいつが死んだことを悲しんでるんじゃない。このミミズクが、この森がどんどん『汚濁』に蝕まれていってることを憂いてる。
……そんな彼女の表情すら美しいと感じてしまうのは、きっと私がときめきを抑えられていないからなのだろう。
私はプレイヤーで、ネネカさんはNPC。私はあくまでゲームとしてこの世界に踏み入っていて、だからこそ『汚濁』だなんだといっても結局、“ネネカさんかわいい”が心の大半を占めている。
一方でそのネネカさんは、この世界に生きる住人として本気で心を悩ませていて。きっとどうしたって埋まりようのない意識の差が、私たちのあいだにはある。
ああほら。
月の光は今日も木々の隙間から細く射していて、それを浴びたネネカさんの髪が淡く輝くのだ。元の柔らかな緑色は保ったまま、粒子でも纏っているように薄っすらと、優しく。
それがまたいっそう美しくて、月の触手(月の触手ってなに?)としては月明かりとネネカさんの相性の良さに運命を感じずにはいられない。あ、いま脳内親友に「やっぱりストーカーっぽいわよ〜♡」って言われた。
……まあともかく、ネネカさんが真剣に悩んでいるというのに、私はずっとそんな浮ついた気持ちを抱いてしまっている。ずっとだ、ずっと。
うぅ、ルミナは悪い触手です……
「──触手さん? 大丈夫? やっぱりどこか怪我を……」
やべっ、勝手に凹んでたらネネカさんを心配させてしまった。
私は元気っ。元気アピールのために触手をうねらせる。うねうね〜♨。最近気付いたんだよね。温泉マークってほぼ触手じゃんって。
「……ふふ。そうしているとなんだか花のようでもあるね、触手さんは」
ふへへぇ、褒められちゃった。それだけでなおさら舞い上がってしまうなんて、我ながら単純な触手だ。
……結局、私にできることは変わらないのだから、ネネカさんのために動くだけだ。
たとえそれが、ゲーム感覚のちゃらついたものだとしても。実益があるのなら、まったくの無駄ではない。はず。




