東の封印城 2
窓際の通路を曲がるとそこは大広間であった。
んなわけがあるか。でも東の封印城なら? そうあり得るんですね。
城に足を踏み入れてからしばらく経つけど、さっきからちょっと進むたびにこんな調子なので、転移それ自体にはもう慣れてきた。
本来であればなんかすごい良い感じのパーティーとかやって王族貴族が踊り狂ってたのかもしれないこの大きなホールも、例によって薄暗く、埃臭く、不気味な雰囲気が漂っている。
とはいえ、ここまで探索した中では一番広い空間なのは間違いない。となりに立ったプロミナさんが「おぉー」とか言いながら大きく伸びをして──
「──びぇっ、うーわキモっ……」
──わらわら湧いてきたそいつらに、一瞬で顔をしかめた。
「……出たか。しかしまったく同意見だ」
モンスターとの戦闘自体は、ここまでにも何度かあった。
出てくるのはネズミだとか蜘蛛だとか、まあ打ち捨てられた城といえば、みたいなやつら……の、侵蝕体。一匹一匹はたいしたことないけども、侵度が上がるごとに群体めいた性質が強まるのか、侵度Ⅲとかになると廊下や部屋にわさーっと湧いてくる。苦手な人は苦手そうな、ちょいキモめな絵面。
……けれども今、あちらこちらの物陰から姿を見せるそいつらは、虫や小動物とはまた別種の気持ち悪さを有している。
[剥離残滓 汚濁侵蝕体 侵度Ⅱ]
高い天井の中央に一つだけある天窓からわずか射し込む月明かり、そのおかげで発動している最低限の『暴く月導』で、目についた一匹の名を暴く。っても名前だけじゃよく分かりませんよね。
ぇあー、あれです。指です。人間の指。人間の……? まあシルエットはおおむね人間のといっていいか。とにかくこう、指がそれ単独で蠢いている。そうとしか言いようがない。
侵度Ⅰなら指一本で尺取り虫みたいにうぞうぞと、侵度Ⅱなら二本指でてくてく、侵度Ⅲなら三本で。そんな感じで土気色の指どもが何十匹と群れをなし、床を這って近寄ってくる。サイズ感はぁー……一本で人間の前腕くらい?
これも事前に情報を得ていたとはいえ、キモいもんはキモい。ネネカさんには見せられないな……
「……ま、でも……こんだけ広けりゃやりやすい──わァッ!!」
なんて考えてるあいだにこちらの先鋒──声もテンションも一瞬で張り上げたプロミナさんが、足裏を吹かして群れへと突っ込んでいった。武器はお馴染み『陽光焔刃』……が両手に一振りずつ。二刀流の練習してるんだって最近。
「オラァ焼けろ焼けろッ! ってかなにやらかしたらこの数の指詰めることになんのよッ!」
いや、ケジメで詰めた指の成れ果てとかではないと思う。もしそうだとしたらこの城、とんでもない反社の巣窟ってことになっちゃいますよ。
「ヒィーッ焼けた臭いまでキモい……! 寄ってくんなあっちいけッ!」
斬ったり蹴ったり罵ったり、元気があって大変よろしい。“思ったことを思考停止で垂れ流さない”ってのも、まあさすがに戦闘中まではね。それ気にして動きが鈍っちゃったら元も子もないし。
で、騒ぐプロミナさんに続いて、遅ればせながら私も参戦。プ鱗隊長はもう直剣を振るっている。
……いや違うんですよ。サボってたとかじゃなくてね? 甘愛いないかなぁ〜ってほかの通路とか出入り口とかを目視確認してたんですよ。甘愛探しが目的ですからね。
はい、いなかったので素直に戦います。
手近な柱を支点にして、触手パチンコで自分自身の身体を射出っ──指の群れの中に着弾っ! そしたらそのままァっ触手を目一杯広げてダブル(どころじゃない)ラリアットォ! 半径……何十センチだこれ? メートル? ともかくこの触手の届く距離! ぐるんぐるん回って指どもを吹き飛ばしていくゥっ! 『月光波』も撃っちゃうよーん!!
「あたしもっあたしもっ!」
私に感化されてか、指の群れの向こうから聞こえてきたプロミナさんの声は、さらにテンションお高め。
「『陽焔反応──点火加速』ッ!!」
私のところからでも見えるほどに、赤々と爆ぜる焔の軌跡が見えた。双焔剣と合わさった加速の魔術が、指の群れを一直線に裂く。
さっきまでは通路や小部屋での戦闘ばっかりだったからなぁ……『点火加速』も全開で吹かすってわけにはいかず、フラストレーションが溜まってたんだろう。なんならこの天井の高さでも天翼のほうは十全には使えないのだから、そもそも屋内戦は領分じゃなさそう。それでも十分強いんですけれどもねー。
とまあ、そんなこんなプロミナさんと私で派手に場をかき乱せば、当然群れは瓦解し指どもも散り散りになっていく。そのはぐれどもをぷちぷち潰して回るプ鱗隊長、地味ながら抜け目ない。
「ッシャア最後ぉっ! まとめて燃えろォ!!」
けっきょく戦闘自体は数分程度、最後はプロミナさんの爆破技(自爆の超縮小手のひらサイズ版? みたいなやつ)で無事終了。焼け焦げた指どもの死骸とそこから立ち上る煙、あとなんとも不快な臭いだけが残った。
城自体はやはり不壊オブジェクトなだけあって、カーペット一つ燃えたあとがない。それがまた不気味さを加速させるとも言える。
しっかし情報通り、単体の強さというより数の多さとビジュのキモさが面倒なモンスターだったなぁ……まっ、対多数戦もできる私とプロミナさんの敵ではなかったがなぁがははっ。
「……うむ。自信を無くしそうだ」
おっと、私たちに近づいてくるプ鱗隊長はこころなしか肩が丸まっている。
……いや、隊長も十分強いと思いますよ? ちょっとその、雑魚狩り用の範囲攻撃とかはなさそうですけども。
実際、狭い廊下とかではプロミナさんと遜色ない戦果をあげていた。両手持ちの直剣を器用に堅実に振るうというのは、少なくとも私にはできないことだ。
とはいえしかし、プロミナさんは東の大陸でもトップ層。私も一応、顕界度Ⅰのステでそのプロミナさんと同格。どうしたってそれ以下のプレイヤーとの差は生まれてしまうだろう。
「まっ、ルミナちゃんとあたしにかかればざっとこんなもんねっ!」
ドヤヤヤヤァ……と、プロミナさんが私のぶんまでドヤ顔してくれた。楽しそうでなにより。
「……そうだな、勉強させてもらっているよ」
さて、ではでは探索再開といきましょうかね。
この大広間には私たちが入ってきたメインの入口とはべつに、たぶん使用人の通用口かなにかっぽい通路や扉がぽつぽつと点在している。
ほかにも最奥上部には、広間中を見下ろせそうなバルコニー的なスペースがでーんと。城主様御一行とかが陣取ってそう…………ぅ?
──ふわりと。
それは、バルコニーの奥を横切っていった。
音も気配もなく、本当に、たまたまそこを見上げていたから気付けただけ。いやそれだって、きっと私でなければ、まだ燻る煙との見分けもつかなかったかもしれない。
「? ルミナちゃん、どうかしォ゙っひょぉ♡」
「うおぉっ!?」
プロミナさんを触手で抱きかかえ、プ鱗隊長は適当に首根っこを掴んで、二人もろとも跳ぶ。さっきと同じ要領で自身を射出、空中でバルコニーの手すりを掴めばほら、この程度の高さならなんなくクリアできる。
あとは二人を掴んだまま真上に振り上げて、その重さと遠心力で私自身を引っ張りバルコニー内に着地。そのまま止まらず、奥へと続く扉に突っ込む。
「なんだなんだ……!?」
「る、ルミナちゃんってば大胆……♡」
見間違いでなければ、いや見間違えたつもりなんて毛頭ないけれども、とにかく。
あれはおそらく、甘愛だ。
……遭遇した者たちからは“封印城の亡霊”だの“新手の『汚濁』”だのと呼ばれている、おそらく現状イデア唯一の非実体アバター。
来週はもしかしたら月、金の二回更新になるかもしれません、すみません……




