『月の触手』信仰
さてさて同日、夜ですよー。
配信から数時間も経てば少しは冷静になってくるというか……その、コメント制限はさすがにイキりすぎだったかなぁと怖くなってエゴサなどしてみたわけですが。
幸いなことに、ぱっと見た限りでは「なんだこの愛想なし激寒内輪ノリ野郎」的な炎上はしてなかった。
……まあその、「思考が根本的にズレてて怖い」「近寄らなくてよかったぁ〜」「アレに身内判定されるのまあまあホラーでは?」「実際チャンネル登録済みのリスナーもおかしいやつ混じってたし」みたいな反応はいっぱい……いや、ちょっとだけ、ちょっとだけ見かけたけど。
あと「結局『月の触手』ってなんなんだよ」とかね。そんなん私が聞きたいよ。色々できることが増えたけど結局自分がなんなのかはよく分からん触手、二十五歳です。
「──ってことがあってね」
「なるほど……」
はい、というわけで私とプロミナさんは今、コトの顛末をネネカさんに説明中。もちろん、喋るのはもっぱらプロミナさんのほう。
イデアになかったり、伝わりにくそうな概念とかは省きつつの説明だったけど、さすがはネネカさんというべきか、『結わえ草』は会計台の向こう側で、決闘に立ち会ったときと同じローブ姿のまま小さく頷いている。
「……えっと、つまり……プロミナさんのあちらの世界での信仰対象が、あちらの世界での触手さんと同一だった、ということですね? それを知らずに戦っていたと」
ネネカさんからの私の呼び方は触手さんだったりルミナさんだったり、その時々だ。本人曰く「どっちも好きな呼び方だから」とのこと。わ、私もどっちで呼ばれても嬉しい……へへ……♡
「まあそうね。あたしはたしかに自他ともに認める信者だし、ノソラちゃん……ルミナちゃんはあたしの神様だと思ってるし、で、でもでもガチ恋勢といえばガチ恋勢だし、そういう意味ではあんたがルミナちゃんに好かれてるのクソもにょるし……いやしかし正直まだこの触手の姿には驚いてもいるし……」
「……気持ちはわかりますよ。わたしも、ルミナさんが他の人と仲良くしていると……その、少しムッとしてしまうことがありますし。でも『月の触手』の信徒としては、彼女を好いてくれる人が増えるのは嬉しくて……」
「……やっぱ、信仰心とかもあんのねあんた」
「それはもう。だってわたしたちを救ってくれたんですから。その上でこんなにも美しく神秘的な存在を信仰しないなんて、むしろそっちのほうがおかしいと思います」
「そこは全面的に同意。ノソラちゃんはね……“救い”なのよ」
「ええ、まったく……」
む、むず痒い会話をしよる……二人してうんうん頷いちゃってまあ……
「……ふふ、どうやらプロミナさんとわたしたちは同志のようですね」
「わたし、たち? ……ああ、この町の人たちって意味?」
「ええ、そうでもあり…………そして──」
あ、このタイミングで話すんだ──なんて私が考えるのとほぼ同時に、ネネカさんは会計台の下へと手を伸ばした。
「──『月の触手』信仰組織、『月光讃華』にとっても」
取り出した、月の仮面を被りつつ、少しと言わず得意げな声。
纏う雰囲気すらも変わる。普段のおっとりとした空気は維持したまま、しかしどこか泰然自若とした異質なそれへ。
「……『月光讃華』?」
「ええ、それがわたしたちの名です。この町の、特に銀色様を強く信仰する者たちの名」
全体を満月とし、その中に様々な満ち欠けの月が重なって彫り込まれた仮面。微妙に陰影の異なるそれらが渦巻く触手のようにも見える意匠は、そりゃ私にとっては嬉し恥ずかしみたいな感じなんだけども……
「…………やっぱりカルトだったじゃないの」
……ええはい、カルト呼ばわりされてもあんまり否定できなかった最たる理由がこれです。
ちなみにこの仮面は今も適宜機能拡張中です。ほかの信徒さんたちへの緊急アラートとかね。
「ふふ、じつはわたし、司教なんてやらせてもらったりしてまして」
「…………偉い人じゃないの」
「偉い、というよりも……銀色様の一番近くにいられる立場、という感じですね」
「…………呼び方も変わってるし」
「仮面を被ればわたしは司教。当然、信徒としての呼び方というものがあります」
「…………切り替えエグ」
「信仰と思慕。わたしなりの、その両立です」
……これはまさしく、ネネカさんが高位人工知能だからこそできることだとは思う。別人格とまでは言わないけども、人間にはできないレベルで思考の主軸を切り替えられる。私も最初に司教モード見せられたときは「わぁっ……」ってなったもん。
プロミナさんは『汚濁共生体』どもに気付けなかったって言ってたけど、もしかしたらあいつらも似たようなことしてたのかもしれない。『太陽教団』構成員としての思考と、『汚濁』信者としての思考を切り分けてた。だから普段の振る舞いからは読み取れず、魔術による看破で初めて明らかになった。
ま、それはいま考えてもしょうがないか。
司教モードに入ったネネカさんのありがたいお言葉を聴くとしましょう。
「…………なぁんて。格好つけてはみましたが、『月光讃華』はまだ力の足りない組織。銀色様を信仰するのと同時に、銀色様に頼りきりでもいけないと思っています。わたしたちは『ナーナ』を自分たちで守ることも目的に掲げていますから」
そもそも『月光讃華』は、先の侵蝕体ヘラジカとの戦いを経て『ナーナ』の中で生まれた組織だ。私への感謝と信心(照れるね……)を捧げ、『月の触手』をシンボルとしつつ、けれども町と森を自分たちで守るために、と。
特に自衛能力という点では、ネネカさんも言った通りまだこれからという段階だったりして。『月光魔術』はその一端、流浪の魔女の血を引くネネカさんの主導で生み出されたもの。
「…………あたしも入れって言ってる?」
「ええ。だってわたしたちは同じ方を信じている。力を貸してはいただけませんか?」
プロミナさんもネネカさんも話が早いね。会計台を挟んで向かい合うお姉さん二人……触手は静かにしてます、はい。うねうね(控えめ)。
「まあ、『太陽教団』もなくなっちゃったし。あたしはルミナちゃんにぜ、絶対服従だし」
あっこら、頬を染めないの。なんかいかがわしく見えてくるでしょうが。
シンボルたるプロミナさんがこんな調子なのもあって、『太陽教団』がわずか一晩で完全に瓦解してしまったのは事実だけど。
人員の中核にまで『汚濁』が入り込んでいたことに加えて、天使が『月の触手』に支配されてしまった(ようにあの場では見えたっぽい)わけだから、しょうがないっちゃしょうがないのかもしれない。
で、そのうえで私が与えた罰も鑑みれば、必然的にプロミナさんは『ナーナ』にいることが多くなるだろう。
「先の決闘の結果も、町のみんなはもう知っています。あなたは銀色様に完全に破れ、配下になったと」
加えて加えて、情報の早い(特に私に関することならなおさら)この『ナーナ』じゃあ、一晩あればこんなことにもなってしまいますよ、と。
「……たしかに、太陽は月だったわけだから。こういう形に収まるのが必然かしらね」
口調の平静さに反して顔はすごいノリノリなプロミナさん。これが本人の言うところの「まだ触手の姿に驚いてる」がゆえのちぐはぐ反応なのか。イカちゃんは素直に私と一緒にいれば良いのに。
「でも。言っとくけどあたしはあんたほど上手く気持ちを切り分けられないわよ。信心とガチ恋はァ! 混ざってなんぼォ!!」
「ええもちろん。そこはプロミナさんの自由ですから」
一瞬、ちょっとだけピリッとした雰囲気を見せた二人は、だけども次の瞬間にはふっと笑い合っていた。ネネカさんは仮面被ったままだけど。いや仮面越しでも分かるもんなのっ、私とネネカさんくらいの仲になればっ。
「んで、なんか入団の儀式とかあるの?」
「そういうのはありませんが、これを」
ともかくトントンと話は進んで、ネネカさんは再び会計台の下へと手を伸ばし……自身が羽織っているものと同じ『月光讃華』のローブを取り出した。本人曰く、いつでも勧誘できるように常備してるらしい。信心深いねぇ……
「もっと装飾にも凝りたいと思ってはいるのですが、中々まだ……」
「まあたしかに、ちょっとシンプル過ぎる気はするわね」
そんなやり取りとともに手渡される、薄銀にも蒼白にも見える白のローブ。
プロミナさんはいま着ているもの──金糸の刺繍が入った眩い白のローブを脱ぎ、まったく異なる白へと転身する。
「──そんじゃ、今からあたしは[『太陽教団』擬似天使]あらため[『月光讃華』擬似天使]ってことで。迷惑かけちゃったぶんも頑張るからね、ルミナちゃん……!!」
こちらを向き、力強く宣言するプロミナさんの姿は、装いが変わっても変わらずどこまでも前向き……いや前のめり? って感じだ。
それが必ずしも良いことではないと、今回の件で分からされてしまったのはたしかだけど。それでもやっぱり、イカちゃんは元気にやってるほうが私は嬉しい。
なんて思いつつマルのポーズで返してみれば、プロミナさんはますます笑みを深めた。今度は暴走しないようにねー。
…………しかしその……なんだ…………
……改めて見ると、ほらあれ……あれだよね……
…………一個下のイカちゃんの魂の姿が強気炎属性お姉さんなのはなんというか、こう……ぇあー…………
…………良いよね…………
というわけで二章完結となります。お付き合いいただきありがとうございました!
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三章は三月半ば頃からのスタートを予定していますので、ぜひまた読みに来てくださると嬉しいです!




