明 ノソラ ライブ配信
これはいくらなんでも異常事態だ。
今日まで細々とやってきた無名配信者の私でもさすがに分かる。
イデアで『汚濁共生体』を倒した翌日の午後配信。その開始直前の今、待機画面ではまともに読めないほどのコメントが絶えず流れ続けていた。よく目に入る気がする単語は“月の触手”、“怖い”、“宇宙人”、“邪神”あたりだろうか。ライブ配信待機人数は誇張でもなんでもなく、マジでいつもの1000倍くらいに膨れ上がっている。
これこそまさしく異常事態……ではない。いやそこもなんだけど、本当におかしいのはそこじゃない。
待機人数に対して、チャンネル登録者数がほとんど増えていない。
いやごめん、増えてる、増えてます。昨日までの二倍近くになってますそこももちろん異常事態ですありがとうございます!
でも本当に異様なのは、登録者数と待機人数の比率が完全にバグっちゃってること。普通、ライブ配信の事前待機人数なんてチャンネル登録者数の何分の一とか何十分の一とか、そんなもんなはず。逆どころの騒ぎじゃない。
読みきれないコメントの雰囲気から察するに、つまりこれは恐らく、“近寄りたくはないけど様子は見ておきたい”的な感じで人が集まっているのだろう。
私、明 ノソラが『月の触手』であると判明したから。今まで散々、邪神だ宇宙人だと恐れてきた触手の化け物の中身を見てやろうという魂胆。最大の恐怖とは“未知”。って前に甘愛が言ってた。未知の恐怖を既知のものへと落とし込むために、こいつらは遠目に様子を見に来たってわけか。
いいだろう。そっちがその気なら好きなだけ見ていくと良い。
──ただし。外野は口を閉じてなっ!!!
〈うお、なんか急にコメント激減したぞ〉
〈いつもの流れ……よりはそりゃ早いけど〉
〈同接は変わってないどころか増えてるが〉
〈あ、いつもはこのくらいゆっくりなんですね〉
〈ご新規さんの無慈悲な一言〉
〈これあれか? もしやコメ制限したか?〉
「──はーい、はいはいどうもぉー、今日も今日とて明 ノソラですよー。はいどうもどうも。ご新規さんがいっぱいで嬉しいですありがとうございます!」
〈うわでた〉
〈ノソラ、コメント制限した?〉
「なんだ人を化け物みたいに……ぇあー、はい、お察しの通りチャンネル登録者以外はコメントできないように設定しましたよー。私は今日、いつも見てくれてるみんな、登録してくれたご新規さんたちに向けて色々説明するつもりですからねー。それ以外の方々、視聴は自由だけど少し静かにしててねー」
あー言っちゃった言っちゃったっ! 身内贔屓発言!
べつにチャンネル登録してなくたってリスナーさんはリスナーさんなのに! まずは見に来てくれてありがとうって言うべきところなのに!! こういう人たちをファンにするのが配信者の腕の見せ所なのにィ!! ひぃいーいまの私ッ愛想悪い狭量内輪野郎でしかない! 炎上したらどうしよぉ……!!
まあいっか。
「さて。じゃまあサクッと本題に入るけど……間違いなく私、明 ノソラは、ぇあー……『イデア』での『月の触手』ルミナです、はい。あとプロミナさんはうちのリスナーの無敵イカロスちゃんです」
プロミナさんが深部思考領域対話の最中に口から垂れ流しちゃってた諸々の情報、それはもう否定のしようがない。がっつり名前出てたし。あの子はほんっとにもう……
〈まあ、うん……〉
〈どう反応すればいいのやら〉
〈ごめん正直こわい〉
「正直過ぎるわ」
うんうん、コメントはゆっくりと、そしてほとんど既存のリスナーさんたちの言葉が流れている。これくらいのほうが読みやすい。
〈いやだって……〉
〈魂が触手の化け物はだいぶ恐怖よ〉
〈しかもほらあれ、昨日の映像〉
〈正直登録解除するか悩んだわ〉
「やめて! いかないでぇ〜捨てないでよぉ〜……!」
〈なんだろ……このムーブすらそこはかとなく不気味に見える〉
〈人の言葉を模倣して獲物をおびき寄せるタイプの〉
〈やっぱり怖い人なんですかね。怖い触手?〉
「おい新規さんがビビってるじゃんか! 私たちの今までの絆はどこいったの!?」
〈俺らもビビってるが〉
〈仲良くしてた相手の中身が触手の化け物だったとなればそりゃね?〉
「ぐ……こ、こいつらぁ……!」
好き勝手言いよるわ……!
……いや、でもその、まあ。
今日こうして配信してみて分かった。
本当に誰とも知れない外様に言われるのと身内に言われるのとじゃ許容ラインってのがぜんぜん違う。
みんなに怖がられるのがイヤで隠してたけど……私の周りを飛ぶコメントたちはわりといつものノリだ。
実際、みんな口ではこう言ってるけど誰一人チャンネル登録解除してないし。全員の名前覚えてるから間違いない。
つまりこれはいつものじゃれ合い、その延長線。なんだかんだ言って、私が触手の化け物だろうと離れていったりはしない……と思いたい。信じていいよね? ね?
「あーもういいもういい、話進めまーす。傾聴しろ」
〈ひぇ〉
〈今ちょっと上位存在としての自我出てなかった?〉
〈こういう感じのキャラなんですね〉
「まずご新規さん向けに、プロミナさんもといイカちゃんについてね。彼女は無敵イカロスちゃん、私の最初のチャンネル登録者さんで、私はイカちゃんのことめちゃくそに贔屓してるからそこは許してください。ほかのみんなも好きだぞ♡」
〈俺今日初めて“ほかの”呼ばわりに感謝したよ〉
〈イカロスみたいにはなりたくないからな……〉
〈さすがの私も脳クチュ洗脳は勘弁〉
「ねぇーそれっ! 今日はそれを否定するのも話の一つだからね! 私は洗脳とかしてませんけども!?」
〈じゃあ昨日のアレはなに?〉
〈あれが洗脳や精神汚染の類じゃなかったらなんなんだよ〉
〈ガチ恐怖映像だったけど〉
「あれはっ、開示状態の時だけ使える有線テレパス……ぇあー、ほらあれっ、深部思考領域コミュニケーション! 何年か前に話題になってたでしょっ、あのシステムが『イデア』にも実装されてたっぽくてぇ……!」
とりあえず話の流れで脳クチュ洗脳触手とかいう不本意過ぎる悪名を払拭する。開示状態の説明、有線テレパスの説明、合意の必要性その他諸々の説明っ。
〈能力については分かった……いやあんまよく分かってないけど〉
〈イカミナが“声が見える”とか言ってたのはそういうことか。いやどういうこと?〉
〈混ざってる混ざってる〉
あれは十中八九、プロミナさんの反応が良くなかったと思うんだよなぁ。たしかに深部思考領域での対話は多幸感がすごいけど……にしたって乱れすぎでしょと。
ちなみにそのプロミナさんもといイカちゃんとは昨日の夜に個別でちょっと話して、んで今はちょっと静かにしてもらってます。
〈そも、相手の体内にって話ならせめて口とかからにしない?〉
〈絵面は露骨に卑猥なことになるけどそっちのがまだ一般的〉
〈新規もそう思います〉
「んだよぉああ言えばこう言いおって……触手ったらとりあえず耳からインは普通じゃんかぁ」
〈え?〉
〈え?〉
〈え?〉
「え?」
〈あー……〉
〈マジかぁ……〉
〈正体現したね〉
〈触手モノでも耳からインはけっこう人選ぶやつだよ……〉
〈怒らないでくださいね? 脳クチュって異常性癖なんすよ〉
「え? え? いやいや、普通は耳でしょ常識的に考えて。あと脳クチュ言うな。私のは対話」
〈どっから得たんだよその常識は〉
〈エグめの触手モノばっかり摂取してきたタイプ?〉
「いやいやいやどっからとかじゃなくて……普通に生きてたら普通に、分かる、こ、と……」
〈んー……?〉
〈もしかして本能とかそういう次元の話してる?〉
〈触手の本能と人間の本能ってたぶん違うと思うよ〉
〈すごい……ほんとに魂が触手なんだ……〉
〈新規さんが一周回って感心してる〉
〈俺はわりとマジで本気で怖くなってきてる〉
〈おれも〉
〈儂も〉
〈拙者も〉
〈自分もっす〉
……妙だな。なんか根本的に噛み合ってない気がする。え、いやだって触手って突っ込むならまあ耳が無難なところじゃないの? べつに誰に習うとかじゃなくて、こう、生得的かつ一般的な共通観念として。口とか鼻とかより見栄えも良いし。
〈そもそもさ。よしんば普通だったとして、自分が触手になったからってやるか実際に?〉
「……いや、できるって分かったらやらない? とりあえずやってみたくならない?」
〈できそうだからと人の耳に触手突っ込むのは人の所業ではないと思います〉
〈普通人間としての理性とかで踏み留まるよね〉
「そっれは……えぇー……」
〈てかさ、入れるのもアレだけど出てくるのはどういう理屈なん?〉
「ぇ、や、あれはその、合意の上で私のスポーン地点になってもらう能力といいますか……いやほんと合意! マジで超合意の上だからね!?」
〈合意アピがすごい〉
〈いや合意だったとしても、有線テレパスもそうだけど絵面がね……〉
〈普通にこう、魔法陣から登場! みたいなのならまだね……〉
〈邪神降臨キャッキャッ! ってできたかもしれんけどね……〉
「な、なんでよぉ! 耳から入ったから耳から出る! 全然なにもおかしくないじゃんか! あんたらは玄関から入って窓から出るのかァ!?」
〈こいついま人間の耳を玄関扱いした?〉
〈招かれないと家に上がれないタイプの触手?〉
〈家(脳内)〉
〈やたら合意合意言ってるのはそれかぁ……〉
「ぇ゙、ぅ゙……やー、あの、今のはあくまでモノの例えでしてね……?」
〈……ごめんノソラ、わりと本格的に庇えなくなってきた〉
〈うん。なんか思ってた以上に違う生き物かもしれん〉
〈ほんっとごめん。チビりそう〉
「……………………スゥーーーーッ────」
〈お?〉
〈なんだ? 変身するのか?〉
〈人の身は窮屈だっただろうからなぁ〉
「────やめよっかこの話♡」
いったん、いったんね?




