『太陽教団』本部
【プロミナ視点】
二人の『汚濁共生体』を倒した直後。
もう一度だけ触手で繋がり、精神に直接指示を刻みつけられてから、あたしは『太陽教団』の本部へと戻った。
……ちなみに、『汚濁』じゃなかった女性の教団員はまさしく茫然自失といった様子だったので、ひとまず『ナーナ』の町に預けておいた。
「──おお、天使様っ! お戻りになられましたか!」
ファストトラベルであたしの初期スポーン地点──ゲーム初日に召喚された中央神殿へ飛べば、帰りを待っていた信徒たちが出迎えてくれる。この神殿への移動も擬似天使としての能力の一つだ。
石灰やら大理石やら、とにかく白く陽光の映える建材の組み合わせで作られた石積みの神殿。ドーリア式風かと思いきや細かな装飾は案外凝っていて、なんといっても屋根がない。天へと開かれ、太陽を崇めるために作られた『太陽教団』の聖地。
そのさらに中心の祭壇の前で、少し傾き始めた陽の光を浴びながら、あたしは寄ってきた信徒のうちの一人に視線をやる。
「……みんなを集めてちょうだい」
「は、ただいまっ……!」
教団の中でも古株で立場のある初老の男性、彼はすぐにもほかの信徒たちを集め始めた。
あたしがそれだけ信奉されているということでもあるけど……今日に限っては、みなあたしが帰ってくるのをいつも以上に心待ちにしていたのだろう。『月の触手』との決戦、その結果を知るべく。もともと決闘が終わり次第戻って来る予定だったから、信徒たちも今日は全員が教団本部で待機している。
「…………」
みんなが集まるまでのあいだ、努めて厳かに、祭壇の前で佇んで待つ。
こうしてあたしが戻ってきたのは、『月の触手』に敗北したことを伝えるため……ではない。
信徒たちの中にまだ、『汚濁共生体』が潜んでいる可能性を考えてのことだ。
それを誰よりも危惧していたのは月の……ノソ…………今はひとまず、ルミナちゃんと呼ぼう、うん。
とにかく、ノソラちゃんは怒っていた。『汚濁』が再び彼女の森と町の、目と鼻の先にまで迫ってきたことを。もしも『太陽教団』内にまだ奴らが潜んでいるのなら、それを根絶やしにするのだと。
で、教団内を洗うのならとにかく速さが重要だ。『汚濁』はどうも、末端同士で情報を共有できる能力だか性質だかを持っている節がある。だから悟られる前に動く。
やつらの情報伝達速度、あるいは条件がどんなものかは分からないけれど……こうして今、目の前に全教団員が集まってくれた辺り、瞬時に瑕疵なくというわけではなさそうだ。あるいは、もう教団内に『汚濁』は残っていないか。
そうであれば嬉しいと思いつつ、そんな都合良く終わるわけないだろうとも予感しつつ。
「──天使様、みな集いましてございます」
報告を受けて、頷いて返す。
信徒たちは数段低い祈りの場からこちらを見上げていて、やはり一様に、すっかり見慣れた純白のローブを羽織っていた。あたしは、そんなみんなへ向けて焔の光輪を展開してみせる。
「おぉ……っ!」
途端にざわめく太陽の信奉者たち。
厳格な雰囲気を保ちながら、静かに光輪の目の魔術を組み上げていく。
「……あたしたち太陽の徒の対極、『月の触手』との決戦は果たされたわ」
再びのざわめき。期待に満ちた、言葉にならない喧騒。偉ぶった態度から、彼ら彼女らはあたしの勝利を予見したのだろう。その眼差しを裏切ることに少しの罪悪感を感じつつ、けれども、ああ、『月の触手』ルミナがあたしの神様ノソラちゃんその人であったのなら、もうその時点で、あたしが勝つなどということはあり得ないのだ。ほんとごめん。
「予期せぬ事態がなかったとは言わないわ」
これはあたしの償いでもある。
彼女は怒っていた。
ルミナとしてプロミナに怒っていることが一つ。
ノソラとして無敵イカロスに怒っていることが一つ。
それぞれあるのだと言っていた。
前者は、知らなかったとはいえ彼女の元に『汚濁』を連れて行ってしまったこと。
その償いとして今、あたしは彼女に協力している。
でもそれだけでは済まされない。仕置きはまだ終わっていない。耳から触手を挿し込み、彼女は間違いなく神様の声でそう告げてきた。
「それでも、いえ、だからこそ……」
……正直、自分でもまだ整理がついていない。色々と、なにもかも。
ルミナはノソラで、太陽は月で、神様は触手の化け物で。それこそさっきは、ノソラちゃんがあたしの奥深くまで入ってきた多幸感でおかしくなっていたけども。今こうやって冷静に考えてみれば、触手アバターというのは明らかに異質だ。
いや、元はといえばノソラちゃんがどんなアバターであっても大手を振って遊べるように、実況配信とかもできるように、その威光を遍く知らしめる──というのがあたしの行動原理だった。
であれば、それこそ触手の化け物だったのだとしても……いやいやでも、その中にあたしの神様がいる、その姿こそがあたしの神様の魂の姿なのだと、いきなり言われても、その、どうすれば良いのか分からない。
受け入れたい、受け入れたいけど、でもやっぱり『月の触手』はさすがに想定外というか……いやいやいやでも頭の中でノソラちゃんの声が見える聞こえるあの感覚は腰が砕けるほどに幸せで、それは彼女が『月の触手』だからこそできる芸当なわけで……
「……天使様? いかがされ……いえ、これは……?」
……ああ、うだうだ考えているあいだに、魔術が完成してしまった。
いいや、もう。今はとにかく、やるべきことをやろう。
「……『陽焔反応──焔輪洞観』」
「「「……ッ!?」」」
教団員のみんなが息を呑む気配がした。
それはそうだろう、前置きもなく、いきなりこんな高位の看破魔術をぶつけられたのだから。純粋な信徒からしてみればワケが分らないだろうし──
「…………チィッ!」
──『汚濁』どもからしたら、不意に正体を暴かれて焦るというもの。
「ひっ……!?」
「な、なんだっ、お前なんでっ……!」
「クソッ……面倒なことになったな……」
ああでも、思ったより多いな。全体の四分の一近くが『汚濁共生体』だ。
白いローブの集まりの中、黒を纏う者たちが、シミのように滲み広がっていく。これほどまでに深く根を張っていたとは。
正直、あたしは『汚濁』という存在をよく知らない。さっきの共生体二人を除けば、これまで低級な侵蝕体と数回遭遇した程度、あとは『月の触手』のPVで見たくらいだ。しかしとはいえ、いくらなんでも節穴すぎるでしょ、あたしの目。さすがにショック。
「──担ぎ上げられるだけの愚昧かと思っていたが、いやはや……」
先ほどみんなを呼び集めてくれた古株の信徒が、黒く濁った泥に塗れながらこちらを嘲ってきた。
『汚濁』ではなかった純粋な信徒たちは、みな散り散りに逃げていく。それで良い。『汚濁』どもがあたしに敵意を向けているあいだに避難して欲しい。
彼らの中には戦える者たちも勿論いるけれども、看破した敵の強さからして、相手になるかは微妙なところだし。
「……ああ。それとも、なにか天啓とやらでも得たか? いかにも星外の輩らしく、なぁ」
こいつら、とにかく星の外の力が嫌いらしい。『陽焔魔術』然り、『月光』然り。
しかしまあ、天啓を得たというのはあながち間違いでもない……か?
……いや、得たのは推しの声と、それからもう一つか。
「好きに囀ってなさい泥人形。あんたらはここで壊す」
臨戦態勢へと移っていく『汚濁』どもを睨みつつ、あたしは意識を内側へと向ける。つい先ほどあたしのステータス欄に記載されたそれを視る。
『月の花の萌芽』
誰しもの内にある宙、そこに植え付けられた若芽
望みさえすれば、容易く摘み取ることができるだろう
或いは、すぐにも銀の花を咲かせるだろう
ただ、望みさえすれば
ルミナちゃんの触手接続には、有線テレパス以外にもう一つできることがある。
それは、同意を得た相手の内側に『月の花の萌芽』を植え付けること。植え付けるだけ。それだけじゃなにも起きない。きっとあの力は、とことん“双方向”にこだわっている。
だからあたしは望むのだ。『月の触手』の来訪を。彼女が、あたしの内にある宙から這い出づることを。
「──ぅ゙♡?」
あ、やべ、口から変な声が出た。
だってしょうがないじゃない。あの決闘の決定的瞬間、耳に触手を突っ込まれて中から囁きかけられたアレの“逆”が起きてるんだから。
──おっけープロミナさん。いくよ?
「……ぁ♡ は♡ ……きて、きてきて、っ♡ きてぇ゙っ♡ あた、あたしの♡ かみ、さまぁ♡♡」
いちばん近くで声が聞こえる。頭の中で声が見える。
それからあたしの返事を受けて、彼女が通って現れる。
「んぉ゙っ♡♡」
右側の耳の穴から。
ずるりと、銀色の触手が。
「……な、なんだ……なにが起きている……っ?」
慄く誰かの声が遠く聞こえた。
視界にいくつも、銀色のゆらめきが見え始める。それに重なるようにして、内なる宙に咲いた花も。
『内なる宙の月輪草』
『月の触手』の来訪を告げる一輪の、これは人の内に根付き咲いたもの
銀の花弁、或いは葉、或いは触手を、それは人の内にあってなお揺蕩わせる




