天使の居ぬ間に
さて目の前の『汚濁』も片付いたし、顕界度Ⅲだの開示状態だのについてじっくり考え──たいところではありますが。
実はまだ、急ぎでやらなきゃいけないことが二つほどありましてぇ。
うち一つはプロミナさんの協力が必要ってわけで、彼女には一度『太陽教団』の本拠地へとファストトラベルしてもらった。んであっちがアレコレ準備しているあいだに、こっちはこっちでやることやります。
──つまり、そう。
プロミナさんとやったあれを、ネネカさんともするのである。な、なんか超ドキドキしてきた……!
……まあ、希望したのはネネカさんのほうからなんですけども。「……プロミナさんとお話してたんだよ……ね? あれって、わたしともできたり……する?」なんて穏やかな声音で、なのに有無を言わせない雰囲気で、でも顔は少しはにかみながら言われてしまえば、断るなんてできるはずがない。
「…………」
というわけで私たちは今、『ノクトの森』へと入っています。町まで戻る時間があるか分かんなかったのでね。不思議なもので、夜は月明かりのよく射し込む森の中も、今は木々に日光を阻まれて昼とは思えないほど薄暗く感じた。
そんな森の浅いところで二人、太い木の根元に身を落ち着ける。なんとなく、彼女との二回目の逢瀬を思い出した。
「…………」
さてと。
まず前提として、さっきプロミナさんとしたような有線テレパス──と、とりあえず呼称してます──は、『月光』が開示状態じゃないと使えないっぽい。
先の決闘では、最中に生じたダメージもアバター及びステータスの変化も、すべて終了と同時にリセットされた。だから当然、顕界度なんかもⅠに戻っている……のだけども。
どういうわけだか、『月光』の開示状態だけは今もまだ維持されたままなのだ。
「…………」
これまた色々と考えられそうなポイントなのは間違いない。だけどそれは後回しで良い。
これだって無期限ではないってことも、どうもほいほい手軽に開示できるもんじゃないっぽいことも、まあ察しはついている。なので再び『月光』が秘匿されないうちに、やっておきたいことをしようって話でして、つまりそれが触手を介した有線テレパス、あるいは深部思考領域でのコミュニケーション、もしくは誰しもが内に持つ宙つまり精神での──
「…………あの、触手さん?」
──チ、チチ、チキってねぇし! 決してネネカさんの思考を覗くのが楽しみでもあり恐くもありとか思ってねぇし!
いや、いやもちろん好かれているとは思いますけどね普段の様子からして! こちらへのある種の執着心というか独占欲というか、そんな感じのやつも感じてますし!
でも……! いやでも……! 実際んとこどうなんだいとか! 実は私が思ってるほど好かれてなかったらどうしようとか……! お、おお思ってねぇし!! ビビってないが!?
「その、しないのかな、って」
おずおずと、しかし待ちきれないといった目で見つめられる。
はい、急ぎっつったのは私です。なにをうだうだうねうねしとるんじゃというお叱りは、受けて然るべきだろう。
今はフードも取り、露わになった薄緑の髪と瞳。少し紅潮しているようにも見える、柔和な顔つき。
単純にお顔の造形が良いって言う話なら、甘愛やプロミナさんだってそうだ。三人ともタイプの違う美人お姉さん。ただやっぱりネネカさんを見ていると、二人とはベクトルの違うトキメキが、私の内からずっと湧いて出るのだ。
……そもそも最初の夜からこっち、そんな彼女とお近づきになりたくて、気付けばこんなところにまで来ていたわけで。
「…………?」
私をまっすぐに見つめる瞳は、たとえ薄暗い昼の森であっても、淡い光が灯って見えた。
……うん、そうだっ、わ、私はやるぞ私はやるぞ……!
やりますというマルのポーズを見せて、いよいよ腹をくくる。腹ないけど。くくるための触手はたくさんあるんですけどもねぇ〜不思議ですねぇ〜。あ、はいすいません、やります。
「良かった……じゃ、じゃあその、一つ聞きたいんだけど……」
な、なんだろ。えー、痛くはないと思います、よ……?
「あれって、その……お耳からじゃないとダメなのかな?」
……ふむ。
あの有線テレパスはただ接触するだけじゃなく、相手の内側に触手を入り込ませなくちゃいけない。つまり“接続口”が必要で、まあ耳とか鼻とか口とか、ぇあー、アレとかソレとか、とにかくそんな感じの“穴”がベターなところなんだけども。
さてそれをどう伝えようか……と考える少しのうちに、ネネカさんの口が再び開かれた。
「……ね、ここから触手、入れられたりしない……?」
すっと差し出されたのは、ローブの袖が捲られた右腕。
つまり一筋そこにある、銀色の痕。
……いや、その、ね? 正直に言うと私も(ここからもいけそうだよな〜)って思ってはいた。この銀痕は明らかに、私とネネカさんを繋ぐものなのだから。同じくその繋がりを感じているからこそ、ネネカさんも思い至ったのだろう。
……いや、いやぁ……でもその、なぁ……
「……触手さん?」
……ぇあー、だってほら…………耳の穴とかはともかくとしてですよ? 体についた痕から入り込むっていうのは……なんかこう、さすがにちょっと特殊性癖って感じじゃないですか……それをゆるふわ清楚なネネカさん相手にやるっていうのが、またさらにこう……倒錯的じゃあないですか……
極めて真っ当にして健全たる『月の触手』としては、あんまりいかがわしいことをするのもいかがなものかと思いまして……
「……だめ、かなぁ?」
ぐぎぃッ!!!
そのっ、その少し悲しそうなでもやっぱり諦めきれないみたいな表情で小首を傾げるやつはっ、卑怯じゃないですかねェ゙ッ……!!!!
いよいよ……ッ、いよいようだうだ言ってられなくなってきた……ッ!
「触手さん……」
ぐ、ぅ、ぎ、ぃいッ…………
「……ダメ……?」
………………マルッ……!! マルのポーズッッ…………!!!
やりまァす……!! 『月の触手』ッ、今からちょっとだけ不健全になりまァすッ……!!




