『汚濁共生体』
──なるほど、『汚濁共生体』ねぇ。
ぇあー、ほらあれ、オオカミちゃんたちの反応。あれがねぇー、戦闘中もうっすら頭のすみっこにひっかかってたんだけども。顕界度が跳ね上がってもう大興奮脳内物質ドバドバハイテンション状態の最中に、ふと思い当たっちゃったんだよね。『汚濁』と戦ったときの反応に似てるなぁって。
ってわけで高出力の看破魔術を持ってるイカちゃ……ぇあー、プロミナさんに確かめてもらった結果、なんだか厄介そうなワードが出てきちゃったってわけだ。
……いや、プロミナさんというかイカちゃんというか……ええそりゃもう整理したいことは山程あるとも。ありますとも。
だけどもしかし、それよりもなによりも、まず目の前の『汚濁』に対処しなくちゃいけない。『ノクト』にも『ナーナ』にも、やつらが入り込むことは絶対に許さない。
アルファちゃん率いるオオカミちゃんたちも、今度こそ敵意も牙も剥き出しに唸りを上げている。今にも駆け出さんばかりだけど……それでも私の動きに合わせるつもりらしく、近くに寄って待機してくれてて正直ありがたい。
「──らァっ!」
とか考えてるうちにプロミナさん……うん、とりあえずまだプロミナさんでいいや、とにかく彼女はもう男二人に殴りかかっていた。ローブが黒く染まったかと思うほどの泥モヤを身に纏うNPC二人、後ろに飛び退いてその拳を躱してみせる。
相手が素早い……のではなく、プロミナさんの踏み込みが甘かったな今のは。よく見れば分かるけど、まだちょっと腰が震えてるからねあの子。
まあでも大丈夫、今の突進の真意はたぶん──ああほらやっぱり、『汚濁』じゃない教団員さんの保護のためのものだった。
「よっ、とぉ」
「きゃっ……!?」
むんずと掴まれ、けっこう雑に後ろへ放られた女性教団員さんを私がキャッチ。んでそのまま、すでに隣に駆け寄ってきていたネネカさんに預ける。
「──触手さん」
声音はもう、意志の通った力強いものに変わっている。そんなネネカさんに触手を揺らして返しつつ、再び『汚濁』どもへと注意を向ける。
「……あんたら、いつから『汚濁』と組んでたの? ってか共生体ってなに? 獣ども……侵蝕体とは違うわけ?」
キッと睨みつけながら(まだちょっと蕩けてるけど)矢継ぎ早に言葉を浴びせるプロミナさん。私もひとまず静観。喋れる『汚濁』は初めてだからね、情報を得られるならそれに越したことはない。なのでオオカミちゃんたちにも待ってもらっているという話。
「質問の多い『来訪者』だな」
「己の無知愚鈍がよほど堪えたと見える」
もはや天使とすら呼ばなくなった元教団員どもの嘲笑にも、プロミナさんは動かない。ただじりじりと、焔の光輪が空気を焼いているだけ。
いや嘲笑って言っても、顔もほとんど黒に呑まれてるせいで表情とか顔つきとかあんま分かんないんだけどね。
「……いいから答えなさい。あたしだって、仮にも信徒だった奴らに惨い死に方させたくないって気持ちくらいはあんのよ?」
「くくっ……信徒? 信徒だと?」
「我々が、太陽などという星外の存在を信仰していたことなど……ただの一度たりともないわ」
「最初からってことね、ありがと」
プロミナさんがゲームを始めたときにはすでに『汚濁』側の存在だった、と。
……このゲームが高度なNPCの存在を売りの一つにしている時点で、そのうちプレイヤーを欺く(もちろんゲーム体験の範疇で)存在が現れるだろうとは思っていた。べつに私に限らず、今時のゲーマーなら想定はしてることだ。
だけどもまさかこんなにも早く、気付きようもなく、しかも『汚濁』に関連して動いてくるとは。やるじゃん『INTO:deep anima』。
「はい、じゃあ次の回答は? あんたらも侵蝕体モンスターと同じ操り人形ってことでいいわけ?」
「……我々を、畜生共のような捨て駒と同列に語るな」
「我らは、我ら自身の意思によって『汚濁』と道を共にした者。『汚濁』の同志であり、『汚濁』自身でもある者」
「なんかカルト臭いわねぇ……ってか結局『汚濁』ってなんなのよ? なんか汚くて濁ってるやつら? 略して『汚濁』?」
「口を慎めよ『来訪者』」
「『汚濁』こそが正しき理。この世界の、本来在るべき姿なのだ。ああ、貴様らのような浅薄な外様には理解できんか」
……え、プロミナさん情報引き出すの上手くない?
いい感じに挑発していい感じに喋らせてる。狙ってやってるなら大したものだけど……
「あっそ。つまり“汚くて濁ってる”って名前には変わりないわけね。で? ほかにもなにか喋ってくれたりする? 礼と言っちゃなんだけど、三途の渡し賃くらいなら払えるわよ?」
……いやこれ、ただ煽ってるだけっぽいな。
すごい、つい数分前まで私にひぃひぃ言わされてたとは思えない強気ぶりだ。やっぱりイカちゃんなんだなぁ……
「ふん……我らの真意にも気付けず、『月の触手』にも敗れた天使もどき風情が……威勢の良い事だな」
「はいはい、どうせあれでしょ? 侵度Ⅴを倒した『月の触手』の様子でも見てやろうとか思ってたんでしょ? それでやたら熱心に立ち会いたがってたわけだ」
この場に現れた理由に関しては、まあそんなところだろうなあと私も思っている。それか、ワンチャン侵度Ⅴの残滓でも残ってねぇかなぁ〜みたいな。あるわけねぇだろバーーーーーーーカ。私がどれだけ入念に確かめたと思ってんだ。
脳内で『汚濁』どもを煽る。ついでに触手の動きでも煽っておく。う〜ねうねうねうねwwwww
「……な、なんと悍ましき蠢き……」
「やはりアレは、許されざる星外の輩っ……」
可愛くてごめん♡
……可愛いんだ。誰がなんと言おうと私は可愛くてイケてる美触手なんだ。
「……触手さん、さすがに今は、その、可愛い動きをしてる場合じゃないと思うな?」
ほーーーーーーーーれ見ろ私は可愛いんじゃァ!!!!!!!!!! ありがとネネカさん♡♡
「…………」
プロミナさんが一瞬、ちらっと振り返ってきた。なんとも形容しがたい表情を浮かべて、それからまた『汚濁』どもに向き直る。
「……あたしさっき怒られたのよ。“アレ『汚濁』かもしれないんだけど?”って。“もしそうだったら、あんたが『汚濁』連れてきたってことになるんだけど?”って。分かる? 推しに、頭の中で、ガン詰めされんのよ? 変な性癖目覚めちゃったらどうすんのよ? アァ?」
おいこら比喩でも性癖とか言うな。まるで私がいかがわしいことをしたみたいじゃないか。
「……なにをワケの分からない事を」
「もういい……少しお喋りが過ぎたか。元よりこいつは、星外の力は我らの敵だ」
「そうね。あんたらは敵だわ……プロミナにとっても、無敵イカロスにとっても」
これ以上はなにも引き出せない。
そう判断したのだろうプロミナさんの、次の動きは早かった。
「『陽焔反応──点火加速』」
言い終えたときにはもう、『汚濁』どもの目の前に。
「『陽焔反応──陽光焔刃』」
言い始めると同時に、右腕を引き絞っていた。
つまり言い終えたときにはもう、焔の剣が振るわれている。
まったく綺麗な横薙ぎで、二人まとめて一刀両断。
「──」
「クッ──」
上半身一つと下半身二つは、即座に崩れ泥へと溶けた。
それらが残った一つの上半身へ──まだ地に落ちてすらいないそれの口腔へと殺到する。
「──せめて、巫女だけでも……っ!」
そんな声とともに、球状の『汚濁』塊が発射された。
侵度Ⅳ、Ⅴあたりのやつらが使っていた遠距離の小技。やったと思いこんでたっぽいプロミナさんの脇を抜けて『汚濁玉』が飛んでくる。言葉通り狙いはネネカさん。当然、私が止めることはできる。
だけども……うん、威力的には大丈夫そう。なら見せつけてやったほうがいいかもしれない。ネネカさんもほら、迫る脅威をしっかりと見据えているんだから。
「──『想起・衝破月光波』」
静かな詠唱と、冷静な右腕のひと振り。その軌道に沿って銀色の衝撃波が生じ、『汚濁』による破れかぶれの攻撃を相殺して見せた。
「……ふぅ」
これは『月輪草』の蜜の作用ではない。
あのとき放たれた一度きりの『月光波』とは違う、月の力を模した『月光魔術』。
ネネカさんが、『ナーナ』のみんなが、自分たちの町を自分たちで守るべく編み出し、今まさに身につけつつあるもの。
せっかくまた来やがったんだから、『汚濁』どもにしっかり見せつけてやるのだ。『ナーナ』も『ノクト』も、やられっぱなしじゃないってことを。オオカミちゃんたちもいよいよ姿勢を低くし、いつでも飛び出せる状態に。
「……チィッ……」
『汚濁』が忌々しげな表情を浮かべているのだと、顔が崩れていても分かる。
すこぶる気分がいい。
「……かくも愚かな、月の隷属者どもが──」
「──アホボケなにやってんのよこんのクソ『汚濁』がァッ! まっ、また怒られちゃう……!!」
んで、それはもう焦った様子のプロミナさんが再び……いやもう二度三度と焔剣を突き立て、それでようやく、上半身も形が崩れる。もはや何者でもなくなった泥モヤは、そのまま逃げるように溶け消えた。
……怒ってないよ?




