触手に会える店
「──あ、あの、銀色様……これを……」
はーいはい毎度どうも、これはぁー……ぇあー、なんだっけ……あ、肌荒れに効く薬か。思春期まっただ中ともなるとそのへん気になっちゃいますよねぇやっぱり。んでこっちは朝ぐっすり眠れるリラクゼーションアロマ。二つでお代がこのくらいで、ええはい、あどうもどうも、ではお釣りが、えー、はいこのくらいになりますっと。
「あ、ぁりがとうございますっ……」
小声で「指、当たっちゃった……///」とこぼしたお客さん──十代半ばくらいのそばかす少女は、商品と右手をぎゅっと胸に抱いて、嬉し恥ずかしといった様子で店をあとにした。会計台に立つ(座る?)私を見る目は、完全に憧れの人を前にしたそれだった。
…………やっぱ私ってイケてるのでは??? うん、たぶんそう。きっとそう。
ほかのプレイヤーどもの見る目がないだけな気がしてきた。
と、お客さんのいなくなった店内で一人得意げになっていたら、私の後ろ……店の奥からネネカさんが姿を現す。どうやら在庫確認も終わったらしい。
「──おまたせ。いつもありがとうね、触手さん」
振り向きざまにマルのポーズで返す。なにもしないで店に居座るのも申し訳ないからね。
そう、ここは『ナーナ』の町はネネカさんのお店、ハーブ店(とは名ばかりの半分薬屋)『結わえ草』。つまり私は今、自由に『ナーナ』へ出入りできる身なのだ。
まあそりゃあ、ねぇ?
町と森を救ったわけですし。
侵度Ⅴのヘラジカ……というよりそれに寄生していた『汚濁』を倒してから、もう二週間以上が経っている。あの一件をもって森の主に、そして『ナーナ』の英雄になった私は、ただの一人からも拒絶されることなく町に迎え入れられた。というか引っ張り込まれた。主にネネカさんに。ネネカさんのおててはやわらかい。
もちろん私としても町に入れるのはありがたい話で、最初のうちは嬉々としてそこかしこを転げてまわる観光三昧だった。なにせゲーム開始以来初めての文明圏ですからね。
結局というか当然というか、最終的にはネネカさんの近く──つまり彼女の店が町内での定位置になったわけですけれども。
「いてくれるだけで嬉しいのに」
と微笑む彼女に甘えて、なにを買うでもなくただ長時間店に居座るだけの存在になど私はなりとうない。というわけでお店の手伝いをしています。
とはいっても現状、私にできるのは店番会計掃除くらいのものなんですけどね。この世界の植物の知識とか全然ないので。そこはちょっとずつちょっとずつ勉強中です。
ちなみに給料もしっかりいただいている。つまりアルバイト触手だ。対価をお断りするのはなんといいますか、いや気持ちの面ではネネカさんのためならタダ働きもまったく苦じゃないというかネネカさんに会えることが最大の報酬ではあるんですけれども、しかし現実世界でも働いているいち労働者としては賃金を支払う/受け取るというやりとりこそが双方最大の敬意の表出だと魂で理解しているといいますか。
まあゲーム的なことを言うと、ゲーム内通貨を入手する手段ができたという話ではある。このあいだまで森暮らしの銭なっしぃでしたからね、私。この身で使い所があるかは分からないけど、お金はあって損はない、はず。
まぁーしかし、NPC間でも経済活動が破綻せずに成立していたり、肌荒れだのなんだの……つまり外見のランダムな変化が個々に設定されていたり、しっかりお金かけてる仮想世界はやっぱり違いますなぁ。
ぇあー、ともかくそんなわけで、今日も今日とて会計番をしている私。
私の隣に、椅子を寄せて静かに座るネネカさん。
「…………」
なにをするでもなく、彼女はただ私を見つめている。ちょっとドギマギしつつ、私も彼女を見つめ返す。相変わらず私が喋れないものだから、二人でいるとふとした拍子に、こういう静かな瞬間が生じる。
「…………」
無言のまま、恐らく無意識のうちに、ネネカさんが自分の右腕を撫でていた。
そこには一筋、銀色の痕が残っている。あのヘラジカ戦で負った痕が、前腕のわりと目立つところに大きく一筋。
あのときのネネカさんは『月光』の力の一端を得ていて、傷だってそれで塞がっていた。だからこれは、正確には“傷跡”ではないのかもしれない。
「…………?」
小首を傾げる彼女の髪も目も本来の綺麗な薄緑に戻っている。『月輪草』の蜜の効力は一時的で、ネネカさんの血も今は赤色だ。ただその血の流れた痕跡が、銀色に刻まれたまま。ついでに言うと、私の『月光』の顕界度もⅠに戻っている。
つまりこれは。彼女が左手の中指と人差し指を立てて、そっと這わせている銀色の一筋は、もとに戻ってもなお、私たちのあいだになにかしらの繋がりが残っているという証。
……なのかもしれない。
「……あっ。ごめんね、また気づかないうちに、触っちゃってたみたい」
本来であれば、ネネカさんの体に消えない痕が残ってしまったことを嘆き悔やみ、謝るべきなのだろう。実際、戦いの最中に傷を見たときには、『汚濁』への怒りも湧いたというもの。
だけど、こうして何度も嬉しそうにその銀痕を撫でる彼女を見てしまえば、どうしたって私まで嬉しくなってしまうというか。こう、感じ入るものもあるというか。
「ああ、でもやっぱり……すごく綺麗な痕だって、良かったって、思っちゃうよねぇ」
……身も蓋もない言い方をすると、なんかちょっとえっちぃなって。




