戴冠者 5
こちら、本日二話目の投稿となります。
[『銀遷した雫:血液』を摂取しました。顕界度が一段階上昇します]
頭に響いたのは、あまりにも無機質なアナウンス。
そしてそれとは対極の、ふつふつと漲るような感覚が、私の内側を埋め尽くす。
『月光』が、その力を大幅に増した。
月の満ち欠け以上の影響が、たった数滴の雫からもたらされた。私の中の『月光』の総量、あるいは濃度が劇的に上昇した。端的に“そう”と理解できてしまった。
……そして。
それ以上に、ひどく甘い疼きが私の魂を震わせた。
ぞわぞわして、うっとりして、体の奥深くが熱を持つような感覚。ネネカさんに蜜をあげたときと同じような、そしてあれよりも強いなにか。
「これって……」
先程以上に恍惚とした吐息が、ネネカさんの口から漏れた。
まるでこの妙な感覚を共有しているような、そんな気さえするほどの熱が。
「……あなたの蜜がわたしの力になってくれて、わたしの血があなたの力になってあげられる……ってことだよね? ああ、それってとっても、とっても……」
傷は塞がり、それでもまだ銀の血を纏った右腕を、私を、彼女は交互に幸せそうに眺めている。忘我というか夢見心地というか、ぇあー、そのぉー……ちょっとえっちぃ雰囲気すら漂わせて。
……い、いや、しかしその、なんだ。
治ったとはいえネネカさんが怪我をさせられたのは事実! そんな大罪を犯したあのヘラジカへの怒りがっ、こうっっ、とてつもなく湧き上がってくるよなァこいつはなァっ!
意識的に怒りを燃焼させて、雑念と謎の感覚を焼き捨てる。だってなんか恥ずかしいしっ! そもそも今は戦闘の真っ最中で、あの緩慢なヘラジカもそろそろ体勢を立て直してくるこrおいあの野郎もっかい撃とうとしてるぞアレ!?
「、──」
私の予想していたクールタイムよりも遥かに早く……というかほぼ連続で、次の衝撃波を撃とうとしているヘラジカ。視界の先のその姿を見て、さすがにネネカさんも正気を取り戻した様子。
「……あれって……無理やりに、力を集めているの……?」
まさにお言葉通り。
おそらくクールタイムを踏み倒して強引に連発しようとしているのだろう。そのために周囲の侵蝕体ども、いやそれどころか自分自身の体からすらも『汚濁』を徴収している。自分も手下も体を崩壊させながら、ツノの上に浮かぶ『汚濁』球に穢れた黒を集積させている。
ヘラジカもほかの侵蝕体どもも、体力がごりごり減っていってる。
そうまでして、今度こそそれで私たちを殺すつもりか。
させるもんかよ。
この調子乗り太郎こと私にパワーアップする隙を与えてしまったことを後悔するがいいっ……!!
「触手さん……?」
私とあいつの距離はけっこう開いてしまっている。フックできるもののない場所からの移動は、ちょっとばかし初速が出にくい。突っ込んで間に合うかはギリギリ、なら私ではなく『月光波』を加速させる。
「────」
そもそも! 光ってのはとんでもなく速い代物なはずで、月の光である『月光波』が“そこそこ速い”止まりなわけがないっ!
必要なのは大きくて派手な衝撃波じゃない。もっと細く鋭く、まさしく射す月光のように。あるいは一筋の、銀色の触手のように。
思い浮かんだイメージに沿うように、触手で形を組み上げていく。
顕界度が上がった瞬間に『月光波』のクールタイムはリセットされていた。今の──顕界度Ⅱの私が一度に撃てる『月光波』は3、4──おっけー6発ね。じゃあそれ全部を一つにまとめる。
触手を織り合わせ、ねじり束ね、“口”を作る。収束させた『月光』の、照射口を作り出すっ!
そして、その照準をどこに定めれば良いのかも、今の私には手に取るように分かった。月明かりが導いてくれる。『暴く月導』が冠を穢す『汚濁』球の内部でもっとも力の集積している場所を、つまりもっともデリケートな場所を教えてくれる。
視界の先ではいよいよ『汚濁』の波動が生まれようとしている──でも残念でしたーっ、私のほうが速い!
──いけぇっっ!!!
「──、」
一直線に、ただ真っ直ぐに射出された『月光』のレーザーが、『汚濁』の球体を貫いた。
きっと、瞬きするあいだだっただろう。私は目ないから分かんないけど。
身を削ってまで集めた力の塊だ。その弱所を高威力の『月光』で破壊されれば、当然『汚濁』そのものも無事では済まない。
球体はようやく自分に空いた孔に気付き、もがき苦しむように黒い泥モヤが波打ち、暴れ、身を捩り。
「──……」
そして『汚濁』の塊は、冠の上から溶け退いた。
[戴冠者:『ノクトの森』のカンムリヘラジカ 死骸]
ズシンと重たい音を立てて、森の主だった者の亡骸が崩れ落ちる。元凶の消滅によって、残っていたほかの侵蝕体たちも同じように。『汚濁』の残滓たちが、逃げるようにして溶け落ち消えていく。
「…………」
しんと静まり返っていた。町の人たちも、森の獣たちさえも、その場の光景をゆっくりと理解しようとしているように。
「……やっ、た?」
最初にその沈黙を破った声は、私の触手の中から聞こえてきた。
ゆっくりと、マルのポーズで返す。
「やったの、触手さん?」
もう一度マルのポーズ。
いやぁー、前にべつのゲームで触角からビームを出した経験が活きたね。
「────すごいっ、すごいね触手さんっ! やっぱりあなたって、とっても素敵っ! とっても綺麗で、とっても素敵で、ああ、もう……っ!」
びゃぁああああっ゙抱きしめられたァァ゙っ!! くるって振り返ってぎゅってっ!! ぎゅってされたぁああっってかよく考えたら私もめっちゃネネカさんのこと抱きしめてたじゃんさっきからァァ゙アアああッってっってかてかっ冷静に考えたらネネカさんが私の蜜飲んだってそれもうそれっ、それじゃんっ!!!ん゛びゃッ!!!
「あ、あら? 触手さん? 急に固まっちゃって……や、やっぱり無理してたんじゃ……っ、大変、どうしたらいい? そうだっ、血? 血をあげればまたっ、ぁっ、だめ赤に戻ってる……どっど、どうすれば……!」
私は一瞬でバグり、なんかその影響でネネカさんもバグり。
二人だけの騒ぎは、次の瞬間みんなに伝播した。と思う、たぶん。いやほんとそれどころじゃなかったので。
「──やったっ!! やったぞ!! 銀色様がやってくれたぞっ!!!」
「信じらんねぇっ! いやっ信じてたっ信じてたとも銀色様をよぉっ!!」
「俺達の勝利だ!! 『ナーナ』と『ノクト』の勝利だぁああっ!!!」
「アォオオオンッ!!」
野太い声に甲高い歓声に、空気を読んだオオカミたちの遠吠えに。
〈[戴冠者:『ノクトの森』の主]を継承しました〉
〈『汚濁』関連イベント『森と町と』をクリアしました〉
〈『ノクトの森』が『来訪者』ルミナにより踏破されました〉
ついでに無機質なアナウンスまで、ぜんぶぜーんぶ、私には聞こえちゃいなかった。
ネネカさんの過剰摂取で完全にトんじゃってたからねェっっっっっっっ!!!!!!
というわけで第一章完結となります、ギリギリ年内に収まりました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。ブクマ、リアクション、感想、評価、どれも大変ありがたく励みになっております!!
二章は1月の……半ばくらい?からスタートできればと思っておりますので、気長にお待ちいただけると幸いです。
では皆様、良いお年を〜




