戴冠者 4
投稿が遅れてしまい申し訳ありません……
本日二話投稿しまして、一章完結となります。
こちらは一話目となります。
さてさて場所は再びヘラジカの背中っ。
またもや襲いかかってきたなにかしらの鳥系侵蝕体を叩き落とし、横から飛びかかってきた大型ネコ科っぽいやつを触手柔術で森の獣が集まってるほうへとぶん投げる!
束ねた触手を鞭にしてヘラジカのケツを引っ叩いてみれば! ダメージと引き換えにキレた『汚濁』の棘が伸びてきますが……いまさらそんなもんが効くかァ! 棘を避けて掴んで立体機動、振り子の要領でヘラジカの腹下に潜り込みさらにもう一発! おっとなんかヘビみたいなやつが下から噛みつこうとしてきましたが?? お前は一本! 私はいっぱい! にょろにょろの数で私に勝てると思ったら大間違いだぞっ!!
さくっと侵蝕体ヘビをくびり殺しつつ、ちらっと見えた先でオオカミが一頭、侵蝕体どもに囲われてたので『月光波』で援護。振り抜いた触手を戻す勢いで再び跳んで、ヘラジカの両前足をあいだをくぐり目と鼻の先へ。顔面『月光波』でダメージを与えつつ、その反動で口から吐かれた『汚濁玉』を回避っ! んじゃそのまま、 一旦ほかの侵蝕体どもを間引きに行ってきまーす。安心しやがれすぐ戻ってくるからよァ!
──と、まあーーーーね?
ネネカさんに満月に味方にと、バフを得まくった私はいま乗りに乗っている。
実際、驚くべきは満月パワーだ。
いつも以上に体がよく動くし、こんな巨体の侵度Ⅴエリアボスに対しても、勢いつけて束ねて殴ればしっかり体力を減らせる。攻撃力、いや色々加味した最終的な与ダメージ? とにかく、そういうものが劇的に上昇してる。
「いけっ、今度は左側だっ!」
「足を止めろ! 回り込ませるなっ!」
「オォォォオンッ!!」
そんな感じで少しずつ着実に、みんなと協力して、敵の頭数とヘラジカの体力を減らしていくことしばらく。
こっちにとっては順調で、あっちにとってはたぶん想定外で。
だからこそ、『汚濁』側も打って出た。
「──くそっ! っんだアイツ全然止まんねぇっ……!!」
後方から響いた焦り声。
同時に聞こえてきた森の獣の悲鳴。つられてそちらに意識を向ければ、デカいイノシシの形をした『汚濁』が、取りつく獣たちを振り払いながら爆走していた。
[『ノクトの森』のモリイノシシ 汚濁侵蝕体 侵度Ⅳ]
侵度Ⅳ、しかもまさに猪突猛進ってな感じの大猪だ、そりゃ止められるはずもない。
私は今しがたとどめを刺したオオトカゲ(普通に人間サイズ)の死骸を足場にして、イノシシのほうへと跳躍した。
「やべぇやべぇやべぇッ……!」
マジで速いし矢や魔術程度じゃ止まらない。そんで、悲鳴をあげる猟師さんたちのキャンプへ脇目もふらずに駆けていく。
この速度だと私が接触できるのはキャンプに突っ込むギリギリのタイミング。半端に殴って暴れられてもマズいし、一撃で仕留めたい。できるか……? いやできるっ!今の調子に乗りまくっている私ならっ!!
「ブォォ゙オ゙オ゙ッ!!」
雄叫びなのか鼻息なのか分からない重音を響かせるイノシシ、その後頭部に私が着弾っ! 同時に首に触手を巻きつけて捻り、絞めながらイノシシの顎下に滑り込むっ、そうにゅるりと!
そしてそのままァっゼロ距離アッパー『月光波』ァ!!
「ブォッ゙!?」
頭が吹っ飛ぶとまではいかなかったものの……自身の勢いをそのまま上方向へと転化させられたイノシシは、それはもう派手に宙を舞い、猟師さんたちのキャンプなんて余裕で飛び越えはるか後方で地面に激突した。『月光波』プラス頭からの落下ダメージでそのまま絶命。
「おぉっ!」
「さすがは銀色様だ……!」
称賛の声が正直気持ち良い。
侵度Ⅳを『月光波』一発で倒せたっていう、それ自体は最高と言うほかない戦果だ。だけども問題は──ああやっぱり、あのシカ野郎ハメやがったなっ。
「────」
肌身に感じる悍ましい無声咆哮。
もう三度目ともなれば、ツノの上部に集まる『汚濁』の流れが薄っすらと感じ取れる。前兆となる力の波動、それが得意げに揺れ狂っていることすらも。
ここまでの雑兵どもとの戦いでか、あるいは以前に倒した侵蝕体たちの記憶でも引き継いでいるのか、このヘラジカは私が同時に撃てる『月光波』の限界数を把握している。そして、その最大の『月光波』でなければ、この衝撃波は止められないことも。だから手下をけしかけて、一発ぶん消費させたってわけだ。
なんとなく、なにか狙ってんじゃないかという疑念はあった。
だからこうして、イノシシをぶっ飛ばした反動でこいつの眼の前に飛び込めるように、角度やらタイミングやら色々調整したのだ。実際、位置関係だけで言えば間に合っている。ただ足りない、相殺させるだけの威力が。
「────」
それでも挑まないわけにはいかない。最悪、私の体で少しでも威力を殺してみよう。一回食らったからこそ、あれ自体が即死技ってわけじゃないのは分かってる。満月リジェネもあるし、今の私であれば、食らうと身構えていれば硬直とかも軽く済むかもしれない。
というわけで、触手に二重『月光波』をチャージしながら突撃ィ──
「──触手さん! わたしもっ!」
──聞こえてきたのは、すぐ後ろから。
なんでとかなにがとか考える余裕はもうなくて、ただ触手を振るった。
同時、私に並ぶようにして視界に入ってきたのは、声の主のネネカさん。彼女が、銀色に輝いた右手を振るう姿。
ゴシャアァァァァアアァッ!!!
と、さっき聞いたものに近い派手な音。
ヘラジカが頭をのけぞらせ、私とネネカさんがもろともに吹っ飛ばされるほどの衝撃。
「きゃっ……!?」
ほとんど反射的に、ネネカさんを絡め取って触手で包み込む。跳んで跳ねて、ごろごろごろごろ二人で一緒に地面を転げて。
なんとか程々のところで停止してから、私は慌ててネネカさんの様子をうかがった。
「……ありがとう触手さん。助けるつもりが、結局また助けられちゃったね……」
声にはしっかりと力がこもっていて、それでとりあえず一安心。
いやでもなんでこんな危ない真似を、っていうか今の光なに、とかいろいろ声は出ずとも問い詰めたくて。触手に抱えたネネカさんを見やる。で、思わず固まってしまった。
「……そのぉ、なんだか不思議なことになっちゃったねぇ」
微笑む彼女のほどけた髪の先と瞳、そして右腕から流れる血が、私のよく知る銀色に染まっていた。
「……“口にした者に一度だけ、『月光』の僅か漏れ出た力の一片を授ける。それはただ一度、ただ僅かばかりであってすら、人の身には過ぎたる代物”…………えへへ、飲んじゃった」
飲んだという言葉、胸元に光る空の小瓶。そしてその姿。一瞬で察しがついた。
諳んじたのは『月輪草』の蜜の説明文だろうか。あの蜜にそんな効果があったとは。いやもしかしたら、草花に明るいネネカさんだからこそ読み解けたのかもしれない。
『月光波』のテキストにも通ずるものがあるそれは、だからこそ、まさしく一度きりの『月光波』をネネカさんに授けた。それによって、『汚濁』の衝撃波を押し留めることができた。
「すごいね、傷が塞がっていく……これが触手さんの……」
視線の先、ネネカさんの右腕がひとりでに癒えていってるのが見えた。彼女の言葉の通り、これもまた与えられた『月光』の力の一端。
私の触手ほど早く完璧に復元していくわけではないけども、それでも通常の人体ではおよそあり得ない光景に安堵が深まる。しかし当のネネカさん、そんな私の心境を知ってか知らずか。
「綺麗な血……って、自分で言うのもなんだけど」
そんなうっとりとした声を漏らしながら、右腕を月明かりにかざしたりなんかしている。
そうすれば必然、重力に従いその銀色の滴が垂れ落ちて。ぽたりぽたりと僅かばかり、私の触手に触れた。
「……触手さん? 今、なにか……」
ネネカさんも感じ取ったのだろう。その瞬間、私の身に起きた変化を。
[『銀遷した雫:血液』を摂取しました。顕界度が一段階上昇します]




