戴冠者 3
嫌な胸騒ぎは見事に的中した。
甘愛とやり取りしてるうちに一時間経っちゃったものだから、とりあえずちょっと再ログインだけ……とイデアに戻ってきた私が見たのは、ヘラジカの進攻をこれでもかと示す『汚濁』にまみれた道筋。
幸い、私のリスポーン地点である泉と『月輪草』は無事だったけど、その足跡の向かう先が森の外であることは、すぐにも察せられた。
急いであとを追って、ヘラジカだけじゃなく『汚濁』ども全てが森から溢れ出ているのを見て。そしてその進攻の先に、町の人たちがいるのも視認して。はっきりとは見えずとも、その中にネネカさんもいるのだと、なぜだか確信して。
勢いのまま森の外へとこの身を投げ出した──それがまさに今の今っ!
「────」
あの不快極まりない無音の咆哮を、打ち砕くつもりで月夜を跳ぶ。
例によって木々を射出台にして体を高空へっ、今回は触手を縦長の螺旋状に束ねて、投げ槍のような形状でかっ飛ぶっ。我ながら見事な放物線を描きながら、フルパワーの『月光波』も用意──狙うはヘラジカの頭部っ!
「────」
スピード×位置エネルギー×触手×三重『月光波』!
さっきのお礼じゃっ食らえオラァアアッッ!!
「──、」
ゴアァァァァアアァ゙ッ!!!
と、かなり大きな着弾音が響いた。
銀色の光と黒い『汚濁』の波動が派手に衝突して、ヘラジカもさすがに身をかがませる。どころかその後ろに控えていたほかの侵蝕体どもも怯み慄いている様子。
私自身も反動で派手に吹っ飛び、町の人たちの前に着地。
あの大技っぽい衝撃波で相殺されたのか、体力ゲージを見る限りではヘラジカ自身には大したダメージを与えられなかった。でも逆に言えば、あの攻撃から町の人たちを守れたとも言える。普通の人はあんなん食らったらイチコロですからね。
まあこっちも無傷では済まず、触手が全体の4分の1くらい千切れ飛んじゃったけど……でも問題なし。さっきとは違って、今は月の光ががっつり降り注いでいるので。いくらこのヘラジカが『汚濁』を撒き散らせるのだとしても、それはやつの周囲だけに限った話。この開けた草原すべてを覆うことなんてできやしない。
それになにより、今宵は満月だ。
おそらくその影響だろう、触手の復元がいつも以上に早く、なんなら体力までちょっとずつ回復している。『月光波』の衝撃力も最大限にまで高まっていたし、満月常時直浴びは色々と恩恵があるっぽい。なんならいつも以上に体の動きが良い気もする。
「、──」
対して、のこのこ草原まで出てきやがった『汚濁』の元凶はというと、やはり動き自体は緩慢なようで、ゆっくりとゆっくりと姿勢を元に戻していく。冠状のツノにも、その上に浮かぶ『汚濁』の球体にも、損傷は見られない。
だけども、こちらを見やる落ち窪んだ眼窩には、さっきは見られなかった感情が──どこか忌々しげな暗闇が漂っているような気がした。怒った? ねえ怒った?
だいたいなぁ、初戦時は悍ましい成れの果てだの穢れた再誕だの、盛り上げるためにそれっぽいこと言ってやったがなァ! お前なんて所詮は誰かに寄生しなきゃなんにもできないキショキショフリーライド野郎なんだよァ! そんなやつがこの月の触手に勝とうなどと、その思い上がりここで正してくれるわァ! んで月の触手ってなに!?!? すぐ調子に乗る私みたいなやつのこと!?
……っていうかその、タイミングの問題とはいえ私が刺激したせいでヘラジカ出てきちゃった説もあるので……! なんとしてもここで倒さないと、私のせいで町が滅ぶとかいう洒落にならん事態が起きかねないのでぇ……! 殺る……! ここで、なんとしても、絶対に……!!
「──しょ、触手、さん」
ひゃぁああひっさしぶりの生ネネカさんボイスだ、沁みるぅ……
カスみたいな動機が消え去って、ネネカさん守護り隊としての純然たる意思がこの身に宿る。ただ彼女を守るためにこそ『汚濁』の化け物を倒すのだと、もっとも根源的な闘志が湧き上がってくる。
マッチポンプとかじゃないよ! ……ないよね?
「あの、わたし、わたし……っ」
魂が引っ張られるようなあの感覚に従って半身だけ振り向けば、もう何日ぶりかっていうネネカさんの姿。感極まったような、色んな感情が入り混じったような表情で、こちらを見ている。
っていうか私、この構図になるパターン多いなぁ。いっつもいっつも間一髪の乱入。誰かを守るにしろなんにしろ、もうちょっと余裕を持って動きたい……というのを今後の課題といたしまして、今はとにかく、少しでも彼女が安心できるように、触手でマルのポーズっ。
「……うん、ありがとう触手さん……」
安心したような、そしてなにか決意を固めたようなそれに、ネネカさんの顔つきが変わった。いやもうできることならずっと眺めていたいところだけれども、今はそうもいかず。ふりふりと触手を振るのにとどめてから、私は正面に向き直った。
ちょうど、ヘラジカも再び前進を始めたところ。
私も今度は、臆さず前に突っ走っていく。
あの衝撃波にさえ気を払えば、サシでならヘラジカともやりあえないことはない……はずっ。前向きさは大事っ。
問題はほら、私の動きに反応して身構えた、ほかの侵蝕体どもだ。四足の、足の速そうなやつらがいくつか、走り出す姿勢に入る。過集中状態なのか、それらの一挙一動がやたら鮮明に見えた。
「──グルルァァッ!!」
それらに背後から飛びついた、オオカミの群れも。
「ガァ゙ッ゙!?」
濁った困惑は侵蝕体どものもの。
奴らが動き出すその前に、背後──森の中から現れた獣たちが、次々と襲いかかっていく。ヒグマにイノシシ、ミミズク、リスだかイタチ? だかの小動物まで。森中のみんなが集っているのかと思うくらいに、侵蝕体どもにも負けないくらいの大群で。
そして、最初の獲物を仕留めたオオカミたち──私が倒した侵蝕体オオカミよりも一回りくらい小さい、たぶん次の世代の子たちが、慄く侵蝕体どもを睨んで威嚇する。
「ヴウゥッ……!」
この距離でもはっきりと分かるほどに、彼らの目には強い怒りが宿っていた。
それは、今までの侵蝕体が浮かべていた攻撃衝動ありきのものとは違う。贔屓目に言っちゃうと、義憤とかそういうのを感じさせるもの。
それだけで察せられた。彼らもきっと今まで、私や町民たちの見えないところで『汚濁』と戦っていたんだろうと。いよいよ産まれ出てきた『汚濁』の元凶に、一矢報いてやろうとしているのだと。
「……グルゥ」
『汚濁』を挟んで、オオカミのボスが一瞬だけ私を見て小さく吠えた。なるほど、彼らにとっては私もまた、『ノクトの森』の民というわけか。
……そっか。
……なら、いっしょに戦うのは当然の話っ!
私も負けじと、勢いそのままヘラジカと接触っ、すっとろいツノ攻撃を避けながら背後に回り込み、触手束でぶっ叩くっ。さらに追撃……といきたいところだけど、ああくそっフクロウの侵蝕体が何羽か飛んでくるな、まずはそっちをぉおお!? なんか後ろから矢ぁいっぱい飛んできたっ!? んで先頭のフクロウが落ちたァ!?
「──銀色様がやってくださってんだっ! 俺らが突っ立ったままでどうするよ!」
「あ、ああっ! 森の獣たちだっている! 無理はしないで良い、やれる範囲で『汚濁』の足を止めるんだ……!」
そして背後から聞こえてくる、野太い叫び声。
一つ二つじゃない、さっきの矢のように、たくさんだ。町の人たち、猟師さんたちからの援護。
……てか、銀色様? 私のこと?? なに、みんな私のこと知ってる感じ?
ネネカさんが話したか、それともこの前助けた猟師さんたちか……ま、まあその、あれだ……悪い気はしないね、へへ……
「オォオオンッ!」
彼らの声に呼応してか、オオカミが高らかに吠えた。ひと塊になって、バイソンのような侵蝕体へと立ち向かっていくのが見える。綺麗な灰毛のボスを中心にして。
ほかの獣たちもそれに続いて『汚濁』に挑んでいく。獣と化け物、すぐに混戦の様相を呈し、けれどもどれが味方でどれがそうでないかなんて、はっきりと見分けがつく。町の猟師さんたちもそれは同じなようで、きれいに森の獣たちを避けながら、矢や魔術が飛んでくる。
……ぇあー、正直一つ一つの攻撃は、高侵度の侵蝕体を倒せるようなものじゃない。だけども。
この数の敵となると、最終的に倒せるかとはべつの話として、逃がしかねないとか追いきれないかもって懸念があった。今この場において、その取りこぼしは町民、ひいてはネネカさんの身の危険に直結する。
だからこうやってみんなが足止めしたり、弱い個体から倒したりしてくれるってのはかなりありがたい。「無理しない範囲で」ってのがグッドだね。
ってわけで私もヘラジカの相手をしつつ、隙を見て殺れそうなやつから殺っていく。着実に、敵の頭数を減らしていく。
「おい右側っ、ヒグマがヤバそうだぞ援護だっ!」
「──グルゥァアッ!」
矢であったり、なにかしらの魔術であったり。それらが私の背後から飛んでくる。横を見れば森の獣たちが、穢れのないその姿で懸命に戦っている。
乱入したその瞬間こそ、町のみんなは逃げてくれーなんて思っていたけども。
実際こうして一緒に戦ってくれると、へへ、その、ちょっと……いやかなり嬉しい。今まで一人で戦ってきたからからねぇ。こんなときに言うのもなんだけど、楽しいとすら思ってしまう。やっぱり私、ゲーム感覚が完全に抜けきるってことはないみたいだ。
でもそれでいい。
臆することなく戦えるなら、それでいいんだ。ネネカさんを守護るという気持ちに、嘘偽りはないんだから。
今の私はネネカさんを守護り隊(一人)ではない。ネネカさんを守護り隊 (たくさん)だァ!!
追記:すみません、一章完結まで毎日投稿を続けたかったのですが、12/31と1/1は投稿が難しそうです……




