遭遇 2
軽めの『月光波』で牽制しつつ接近、しかしさすがは素で頑強なヒグマといったところか、来ると分かっていればこの程度の攻撃、ガードできるらしい。ダメージも微々たるものだ。
「ガァア゙ッ!!」
接触の瞬間に振り下ろされた右腕をいなしつつ、それを起点にヒグマの体を駆けのぼる。振り落とされないように絡みつきながら首元に到達、背後にまわって締め上げていく。触手を何本も巻き付けて、へし折るくらいの気持ちで首を絞め続ける。じわじわ減っていく体力ゲージに手応えを感じいってぇ!?!? なんかめっちゃ刺された!? なに!? ハリネズミ!? クマの背中が針山みたいになってるんですけど!?!?
予想外のダメージに拘束を緩めてしまい、そしたら当然、キレたヒグマにむんずと掴まれる。
「ヴゥゥ゙ッ、ッ゙ア゙!!」
地面にべシーンっ! ってされた。やばい、これだけで体力めっちゃ減らされた。
追撃のスタンピングをどうにか転げかわしつつ、容貌の変わったヒグマを見やる。
「グゥ゙ゥ……ッ゙!」
どうやら硬質化した『汚濁』が針の鎧のように全身を覆っているっぽい。なるほど、侵蝕が進むとそういうのもある、と。
もっとも、ヒグマ自身も苦しそうでこれ以上の追撃もない辺り、やはり良いことばかりではなさそうだけど。
この一瞬の隙に自分の状態を確かめる。触手のあちこちに針で貫かれた穴が空いていた。ちょっと引っ張れば千切れそうな触手もあるくらいで、体力の減り具合を鑑みても結構ヤバい……ように見えますが、しかしっ。ここからが月の触手なんです。
幸い、ヒグマが木をなぎ倒してくれていたお陰で、この場には月明かりが良く射し込んでいる。
ぇあー、この体の素晴らしい特徴の一つとして、月の光さえあればある程度の部位欠損は自動修復されていくって機能がありまして。ええほら、見る間に空いた穴どもが塞がっていく。
ふう、月の触手じゃなかったら即死だったぜ。んで月の触手ってなに?
ええまあ勿論、修復にもおそらく限度はあるだろうし、減った体力まで戻るわけじゃないし、私の中の『月光』も消費されてるっぽい……といろいろ制約はあるけども、それでも欠損による身体能力の低下をなかったことにできる。
薄々思ってはいたんだけど、このボディかなり強いんじゃ……? まあ触手だし当然か。
「グゥ゙ルァァア゙ッ!!」
そんな私の体はヒグマにも、あるいは『汚濁』にも異様に見えたのか。濁った咆哮は変わらずに再び攻撃を仕掛けてきた。振り下ろされた腕にも針がびっしりと生えており、露骨に殺傷力が増している。
対してこっちはちょうど体が修復しきったところ。つまり全然問題なしっ!
私はヒグマの一撃を跳ねてかわし、さっきと同じようにその腕を足場に上体に近づいていく。さっきと違うのは──組み付くのではなく、こいつの体を起点に周囲を跳び回り続けること!
クマの肩に生えていた太めの針を触手で掴み、右側に旋回しながら肘関節を叩く。触手をいくつか束ねて威力を増し、さらに接触の瞬間に『月光波』も上乗せ。関節にまでは針が生えていないので、しっかりダメージを通せた。
さすがに切断まではできなかった……というか、今の『月光波』は切断能力が明らかに低下してる。どうもこの技、月の満ち欠けに応じて性質が変わるっぽいんですよね。
ゲーム始めたての、三日月に近かったころは形状もそれに準じていて、見た目の通り切断力が高かった。
対して今宵は十三夜月? とかたぶんその辺。『月光波』も半円以上に丸くてデカい。切れないかわりに衝撃波としての威力そのものが上がっている感じ。
──なんて解説を脳内でしてるあいだにヒグマの背中に回りましてっ、いやでもやっぱ背面はほとんど針で覆われてて攻撃しづらいな……とりあえず膝裏小突いとこ。
「ガ、アァ゙ッ゙!」
ダメージはしょぼいけど鬱陶しかったらしく、後ろ蹴りをかましてきた。当然、背中の針を掴んで跳ねて回避、今度は左肩付近まで跳んで、脇腹を触手束で殴打っ! 今なら『月光波』もついてくる!
体に組み付きはせず、かといって離れるでもなく、コイツ自身の針をフックにして空中機動を維持していく。針だって押し付けられなきゃ刺さらないからね。利用させてもらいますよっ、とぉ!
「グヴゥ゙ァ……!!」
怒り任せに振り回された左腕、それと入れ替わるように今度はヒグマの前面へっ。体力的にはあと一発まともに食らったら終わっちゃう可能性大だけど、でも離れない。徹底的にインファイトを仕掛けていく。
『月光波』引き撃ち連打じゃね、避けるか針で防御されるかで倒しきれなそう。一応『月光』も有限ですからね。ほかの攻撃技? ないよそんなもん!!
ってわけで大きく開いたヒグマの左脇腹にもう一度ビンタ&『月光波』! 三連続で出したので『月光波』さんクールタイム入りまーす!
そしたらヒグマさん、私が正面に来たのを好機と見たのか、めちゃくちゃ強引にベアハッグキメようとしてきた。なんか『汚濁』で体を無理やり動かしてるような雰囲気。肩関節ゴキゴキいってますし、なんか体力も減ってますし。
それほどまでの本気の一撃、ということなのだろうけども。ごめんなさーい、今日の最下位は羆座のあなた! 『汚濁』に侵蝕されて散々な目に遭うでしょう! ラッキーアイテムは触手の化け物!
「ガァァッ゙!」
ぬるっと滑り落ちてベアハッグを回避、そのまま股下を転がり抜けて後ろに回りこむっ。タンブルウィード走法の使い所さん!
だいたいねぇ、そう簡単に二度も捕まりますかいっ、こちとら毎日この体で動き回ってんだぞ!
おかげさまで今の私の技量素養は107ァ! 触手がテクニシャンじゃないわけないだろーが!!
「グッ……ガァッ゙」
私を見失い焦るヒグマ。デカい隙ができた。ってわけで、今度は地面でしっかり体を支えながら両膝裏を叩きまくるっ。『月光波』が出ないぶん、束ねて太くした触手たちで執拗に関節を狙う。
「ガッ、ギ、ッ……!!」
最初の接触で分かっていた。ヒグマは強靭だけど無敵の体幹を持ってるわけじゃない。自傷ベアハッグで体勢もかなり歪んでる。転ばせるのは難しくない。
ほら、また後ろ蹴りで私を払いのけようとしてきた。予備動作が見えた時点で触手を膝に巻き付けつつ、再び正面に回り込んで。タイミングを合わせて思いっきり引っ張ってやれば。
「ゴアァ゙ッ!?」
バカでかいヒグマだって後ろにひっくり返る。
いくら針の鎧で守られてるからって、自分の体重丸ごと後頭部で受ければダメージは免れない。脳みそも揺れたのか、意識も朦朧としている様子。
そんな敵の残りの体力を確認してから、私はヒグマの顔面に向かって飛び上がった。狙うは鼻先、針山もなく柔い弱所! ダメージ倍率めっちゃ高そう!!
短時間で出せる『月光波』は三発まで。つまり『月光波』三発を同時に撃つこともできるのだ。
はいクールタイムしゅーりょー! オラァ!!
「ガ──」
三束の触手を鼻に叩きつけ、同時にそれぞれから『月光波』を射出。
それで体力ゲージは尽き、マズルが完全に潰れちゃった状態でヒグマは絶命した。




