幕あい
「この〝濡れ手野郎〟!」
気晴らしに市井に出たジュノは、声のした方へと反射的に目を向けていた。
みれば若い娘――男の旅装姿に寄せてはいたが、見る者が見れば、その身なりはそれなりの家の子女と知れた――が市の店主を見上げ、地団駄を踏まんばかりとなって息巻いている。
「だって、この子がぶつかってきて、わたしは避けようとして当たってしまっただけよ!」
男の子っぽい身なりの娘は、傍らで所在無げにしている少年の腕を掴んで店主に言い募った。
足元にはつい今しがたまで商品を詰めていたろう酒甕の破片が散乱しており、その商品はといえば水溜まりとなって石畳の上に広がってしまったようである。
「…――言わば〝起こるべくして起こったこと〟なのに、一〇〇両なんてそんな法外な値を突き付けて脅してくるなんて!」
一〇〇両…――確かにそれは尋常な額じゃない。
かてて加えて〝法外〟やら〝脅し〟やらと、穏当でない語も飛び交っている。
ジュノは目を凝らして観察した。
「そうは言うがね、嬢ちゃん。この損害を弁償するって言いだしたの嬢ちゃんだよ?」
言われた娘が、バツの悪い表情になる。
どうやら反射的に不用意なこと――…「弁償します」とでも口にしてしまったらしい。
だが、そんなやり取りにジュノの意識が向くことはなかった。
それよりも興味を引く〝二つのこと〟に気付いてしまったのだ。
一つは、娘に二の腕を掴まれて所在無げなふうに佇んでいる少年――娘にぶつかりかけて、この事態を引き起こしたと思しき少年――の顔……。
確かに見覚えがあった。
――あの日……クユヌ巫堂の巫女らといざこざとなった夕に先だって、行きつけの酒楼の望台から見た、あの大胆不敵な手練を見せた若いスリだった。
そうして二つ――。
その少年が、娘と対峙する――酒甕を割られてしまった――店主と〝目配せを交わす〟のを見てしまったのだ。
それはさり気ないものだったが、見間違いの類ではないと感じた。
ジュノは〝これは行った方がよいな〟と、娘とスリと店主の方へと足を向けた――
* * * * * * * * * * * *
少女は言った
わたくしどもに詫びていただけますか……と
それは運命の出会いであったかもしれない
……が、このときは誰も気づけはしなかった
―― 黄家の嫡子 と 黒家の娘 第二話 『〝売り言葉〟〝買い言葉〟(仮)』




