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黄家の嫡子と黒家の娘  作者: アジアンファンタジーだいすき
第一話 領家に生まれた子どもたち
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其の四


 その後、五領家間で思惑の一致を見ない領主会議は、荒れに荒れた。


 あくまで〝禁足を破ったこと〟への謝罪で落着としたいソル・チェ両家に対し、〝巫堂(ふどう)への恫喝〟の事実こそを問題としたいハン家。

 双方にはそれぞれを盟主と仰ぐ諸家が、それぞれの利を(はか)って派をつくり、閥となって付き従っている。


 両替( )(国、地域ごとに発行されていた貨幣を扱った)から身代を築き、クユヌの国を長らく重商主義――国家の冨の源泉を貨幣の量とする――に基づく統制政策で牽引してきたソル家を中心とする派……。


 対して、スワナン川流域の自由貿易に活路を見出した後発のハン家を代表とする、他国との交流を積極的に取り、むしろ求償貿( )(≒物々交換)を中心に経済活動を拡大することで実体経済を重視する閥…――。


 ハン家の統領デグォンは、自ら追及の先頭に立つことはしなかったが、取り巻きの家々に糾弾の声を上げさせることでソル・テヨンを追い詰めた。



 元々利害を異にするどころか相反さえする二つの大領家が、それぞれの支族と与力の家門を率いて領主会議の場で集っているのである。


 自らのさらなる躍進を求め国の在り様すら変えることを辞さぬデグォン、その下で急速に勢力を伸ばしてきたハン家である。クユヌを〝世界の富の集まる地〟といわれるまでに育ててき、それ故に先達の領家の既得権益を作り出してきたソル家とは相容れる訳がない。


 いずれ()()()()()()()となるのは、時間の問題であったのだ。




「お待ちください――」


 チェ家の人間としてこの領主会議に列席していたグァンリョルは、ハン・デグォンのこのやり様に、堪り兼ねたように声を上げていた。――隣に列席している父ガンギュが止める暇もなかった。


 デグォンが言葉を切って視線を向けてきた。グァンリョルは気圧される自分を感じた。


 本来、成人として認められる二〇歳に満たないグァンリョルはこの場に列する資格を有さない。大領家と呼ばれる有力家の中でも特に五領家という〝特別な家〟の血胤であるため特に許されてこの場にいる身なのだが、発言の権利は有していなかった。


 このまま言葉を続けてよいものかと逡巡するグァンリョルに、ハン・デグォンは、先ず父ガンギュを見やって、それからグァンリョルに肯いて言った。


「構わぬ。続けられよ」


 〝大人〟衆の目が集まる中、グァンリョルは続けた。


「そもそも禁足を破ることとなって神域を(おか)したのは私です。その過ち…――むろん、それは不覚であり、巫堂に含むところがあったわけではありませんが……」

 ()此度(こたび)の請願を持ち込んだ巫女――タク・ユジ――を見る。その白い顔には何らの表情も浮かびはしなかった。


 グァンリョルは続ける。

「――…これを謝するのは私であり、ソル家のジュノは、本来、関係がありません。彼はたまたまそこに居合わせただけ(で)…――」 ジュノへ迷惑の及ぶのは止めなければ、と。


「ことの本質はそこのところではない――」 が、それはハン・デグォンに遮られた。

「若い者は起こった事象(こと)の結果をのみ評価しがちだが、そこを問題としているわけではないのだ。礼節の存在意義と、()()貴族の在り様が問われている」


「在り様とはまた大仰(おおぎょう)な!」

 グァンリョルはハン・デグォンを見返した。「それでは我ら領家に生まれし者は些細な過ちすら許されないのですか?」


「些細とな? これは些細な過ちではない! 貴族を貴族たらしむ資質が問われておる! 他者に対し、己が家門の名を持ち出して恫喝するなど、あってよいはずがない。これは我ら領家による統治の本質を問われる事態と言ってよいのだ!」


 グァンリョルは今度こそ言葉を飲んだ。




 ――よくいうな。


 さて、ジュノは、そんな応酬を廟堂(びょうどう)(かつての王宮の大広間。領主会議の議場)の二階の望台(バルコニー)から傍聴人――その多くが衰退した貧しい領家の子息たち――に混じって眺めている。

 彼は律儀にこの会議に列席したグァンリョルとは違い、発言の出来ぬ会議になど意味を見出せず、これまで一度も父テヨンと共にソル家の嫡子として出席したことがない。代わりに父テヨンの傍らに座っているのは姉のヒェスンだ。……(もっと)も、(きょう)が乗れば、今日のように身分を秘して二階から傍聴することはよくしている。



 そのジュノは、グァンリョルを一喝したハン・デグォンに、心中で毒づいていた。


 最前(さいぜん)から聞いていれば〝他者に対し家門を持ち出して恫喝〟だと。

 では、いまのデグォンの方()()どうなのだ? 事の仔細を明らかにするでなく初めから恫喝ありきで話を進め、五領家当主の威光を笠に若輩のグァンリョルを(なぶ)っているではないか。

 そもそもオレは〝領主会議の場で正式に申し立てられたい〟と言ったのだし、面倒なことになるくらいならと、事を荒立てぬよう巫女らに持ち掛けたに過ぎん。


 ……が、結果がこれでは、父上がご立腹なのも仕方ないか。


 結局ジュノも、長嘆息するしかないのであった。



   *   *   *



 五領家の首座と次席が対立する領主会議は、一向に収束する気配のないまま、午前中で討議は中断となった。


 首座ソル家と第四席チェ家の嫡子二人の起こした不祥事を、次席のハン家が追及する。


 ソル家・チェ家の側にはクユヌの金融業を始め、統制下の国内経済における専売特許証の交付を受けた商工業を生業とする諸領家が付いている。既得権益を持つ者らである。

 次席ハン家は、首座家と第四席家の連衡の前に一見劣勢のように見えるが、実際には経済力で他家を圧倒しつつあり、()てて加えて既得権の外側に置かれた新興諸家の衆望を集めている。家勢が上向いたのが後発ゆえに、新たな権益を分配できる立場にあると目されていたのだ。


 今日(こんにち)の領主会議における勢力関係は、むしろハン家の側が優勢と言えた。



 さて、他の五領家の動向である――。

 このようなとき第五席〝青東〟『ユン家』は傍観の(てい)を採るのが常であるが、此度も当主ユン・ホヨンは、女の身でありながら――ユン家においては女の当主は珍しくはなかったが――〝我関せず〟の姿勢を徹底した。


 第三席『タク家』は鉱工業が家業で、重商主義的な政策を採るソル体制下のクユヌでは最初にその権益が保障された家門であった。ソル家の側に立つのが順道な家ではあるが、〝論理的であること〟にこだわりをみせる独特の家風を持ち、一筋縄でいかない家である。

 此度の件にしても、そもそもの請願を起草した筆頭巫女がタク家の出身、それも現統領の従兄妹――。


 巫堂の女は表向き実家一族と切り離れていることになっているが、その実、各家の意向を巫堂を介して調整することが期待されているのだから、タク家はソル家を〝後ろから刺す〟ということしたわけである……。



 タク家の動きが様々な憶測を呼ぶ中、当のタク家統領サンハクが、休憩中のソル・テヨンの議員控室を訪ねたのだった。

 密室の会合は四半( )(三〇分)ばかりで終わった。



 そうして午後に討議が再開されると、このタク家の働きかけにより、本件は、ハン家とその取り巻きが主張する、領主会議総会より専任法務官と〝四〇人の特別査問委員〟を選出するという事態を免れた。『賢人衆』――領主会議の上院にあたる五領家主導の寡頭による執政機関――の裁断に委ねられることとなったのだ。


 結果は、チェ・グァンリョルとソル・ジュノによる謝意の表明と、それぞれ黄金一〇〇両の巫堂への寄進…――最終的にはソル・テヨンの思惑通りの裁定に収まった。



   *   *   *



「――それで、いったい()()()()()取引をしたのです?」


 この日の領主会議の閉会後、娘と共に屋敷へと戻ったソル・テヨンは、先に屋敷に戻っていたジュノに、午後の総会に先立っての〝議員控室での()()()()〟のことを(ただ)されたのだった。


 この痴れ者が……。


 此度の件の、()()()()の元凶である不肖の息子が()()()()とそういうのを聞いて、父統領は疲れた表情を隠さず、苦虫を嚙んだような表情(かお)となった。隣の長女(ヒェスン)は、長嘆息を隠さずに目線を逸らせてしまった。


 ジュノはと言えば、そんな父と姉の様子を面白そうに見やっている。

 父よりも先に姉の方が応じた。


「――…〝政略〟よ」


 ジュノの表情がわずかに改まった。


「……というと、姉上とタク家の統領あたりの婚姻( )でも持ちかけられましたか」

「(はぁ……)。ちがうわ」


 先回りをしようと状況から類推した考えを口にした弟を、姉は溜息交じりに遮った。


「では――」

「婚姻するのは()()()とタク家統領の妹君……」


 正面に顔を向き直り、ご愁傷様ね、という辛辣な表情を浮かべた姉が何を言っているのか、はじめジュノは理解できなかった。


 やがて姉の言葉にゆっくりと理解が及ぶと、なんとも言えぬ表情となって、父と姉の顔とを交互に見返す羽目となった。


「はぁ⁉」



 ソル家の統領は〝我が嫡男〟のそんな表情を見れたことで、ほんのわずかではあったが、溜飲(りゅういん)を下げることができたと思ったのだった…――。

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