35 かわいい弟たち、それから運命の番(最終話)
半年後。
イースは王宮の衣装部屋で複数の侍女に囲まれていた。
レースや宝石を贅沢にあしらった純白のドレスを身にまとって、鏡台の前に座り、侍女たちに化粧を施されていく。
「目を閉じていてください」
イースが目を閉じると、ひとりが刷毛で白粉をポンポン、と頬や額に乗せた。
また、別の侍女が、イースのふっくらとした唇にリップを塗り、目元にも色を加える。
それから、長い髪を結い上げ、ネックレスとピアスをつけた。鏡台から全身が見える姿見の前に移動すると、鏡に映ったイースの姿に、侍女たちが感嘆の息を漏らす。
「とてもお似合いでございます。第二王子殿下も大変お喜びになるでしょう」
イースは鏡の前で少しだけ腰を動かし、スカートを揺らした。
「ありがとう」
半年前まで、王宮の使用人のひとりに過ぎなかったイースだが、今は第二王子の婚約者として一目置かれる存在になった。使用人たちは、バラの祝祭をきっかけにヴィルハインに見初められたと勘違いしているようで、イースは『バラの祝祭の奇跡』として、使用人たちに夢を与えることとなった。
今日はイースとヴィルハインの婚約式が行われる。
イースには使用人のための狭い部屋ではなく、王族用の豪奢な部屋と複数の侍女が与えられた。その中のひとりに、以前助けた花嫁――エリーがいた。
彼女がイースの侍女選びの面接に来たときはとても驚いたが、ザナルティア竜王国でも有数の貴族令嬢だと知ったときはもっと驚いた。
「あの……イース様にご報告がありまして」
「どうしたの? 例の片思いの人の話?」
「は、はい。実はお付き合いすることになって」
あれから暴力男との結婚が白紙になり、実家で暮らしていたエリー。好きな人ができたとは聞いていたが、進展したらしい。
「わぁ、おめでとう。どんな人なのか聞いてもいい?」
「あの結婚式のあとに、保護してくださった騎士の方なんです。イゾルテ王国出身で、たまたま仕事でザナルティア竜王国にいらしていたらしく。真面目ですごく優しくて……。もしかしたら、イース様もご存知かもしれません」
「……ひょっとして、ディアン公爵家の騎士?」
「はい」
ディアン公爵家の騎士には、良い人もいれば悪い人もいた。
恐る恐る名前を聞くと、イースとルビを二度助けてくれたその人だった。
「きっとその方なら、あなたを幸せにしてくれるわ」
主人の命令に逆らってイースたちを逃がしてくれた、優しい人。彼がいなければ今の自分はいなかっただろう。エリーが良い相手に出会えたことを嬉しく思った。
するとそのとき、衣装部屋にルビとルイがやってきた。
「姉様、すごく綺麗だよ。婚約おめでとう」
ルビはイースを見て、開口一番に賛辞を口にする。一方のルイは、こちらをちらちらと見ては目を逸らし、を三回繰り返してから絞り出すかのように「まぁ、悪くないんじゃないか」と言った。彼なりの精一杯の気遣いを感じる。
「ありがとうございます、ルイ様」
「あのさ」
「はい」
「これからは……あんたのこと、姉上って呼んでもいいか?」
「ええ、もちろん」
「あ、あ……姉上」
「ふふ、なんですか?」
イースがにこにこと笑顔を浮かべて小首を傾げると、彼は恥ずかしそうにした。すると、ルビはそのやり取りをどこが複雑そうに見ていて。
これまで独り占めしてきた弟というポジションが自分だけのものでなくなってしまい、やはりなんとも言えない気分なのだろう。
イースはルビとルイのそれぞれの肩にそっと手を置く。
「かわいい弟がふたりもいて、幸せ者だわ」
◇◇◇
身支度を整えたイースは移動し、ルビとともに聖堂の扉の前に立った。
「姉様、僕のことを守ってくれてありがとう」
「当たり前のことよ」
「これからは僕が姉様を守れるようになるから、自分の幸せのことを考えてね」
聖堂の扉がゆっくりと開いていく。
「……ありがとう。お互い支え合っていこうね」
「うん」
王宮内の聖堂で行われる婚約式には、国内外から多くの王侯貴族が集まった。ザナルティア竜王国では、婚約式から一定の婚約期間を設けて、正式な夫婦になるのが習わしだ。
聖堂に入ると、客席の間の道をルビにエスコートされながら歩く。ルビの姿に、客席にいた女の子がうっとりと見蕩れて顔が赤くなっていたが、イースは気づかない。
ヴィルハインは祭壇の前で、司教とともにイースたちの歩みを見守っている。
通常、婚約相手の元まで付き添う役は父親が担うのが一般的だが、父は亡くなっているし、イースはルビ以外の家族とは、ディアン公爵家に嫁ぐ際に絶縁している。家族と呼べるのは、ルビだけだ。
礼服を着て堂々とイースを導くルビの成長に、感動する。
(少し前まで人前に出られなかったのに、こんなにたくましくなって……)
すっかり胸がいっぱいになり涙ぐみながら祭壇に着くと、ヴィルハインはルビを見据えて微笑む。
「イースを案内してくれてありがとう」
「はい。姉のことをどうかお願いします」
ルビは行儀よく一礼し、イースの手をヴィルハインの腕に導き、客席に移動した。
司教の前に立つと、隣のヴィルハインが小声でこちらに囁く。
「今泣いてたら、ルビに恋人ができた日には寝込みそうだね」
「恋人!?」
「さっき、客席の女の子がルビに見惚れてた。ルビ、モテそうだね」
いつかルビにも好きな人ができ、結婚して自分の手から離れていくのかもしれない。そうなったら寂しいけれど、ルビには恋はもちろん、やりたいことを自由にやって幸せでいてほしい。彼がイースにそれを望んでくれているように。
「こ、ここ心の準備を……しておかないと」
「はは、動揺しすぎ」
健気なイースに、ヴィルハインはくっと喉の奥を震わせて笑った。参集者の紹介と説教のあと、司教が言う。
「本日、我らはふたりが婚約を結ぶ瞬間を見届けます。運命の番として、互いに愛し、共に生きる未来を誓いますか?」
「「誓います」」
誓いの言葉のあと、ヴィルハインはイースの左手に婚約指輪をはめた。互いに手を取り合うと、彼が言う。
「幸せにするって約束する。だからこの先も、俺といてくれる?」
「はい。もちろん」
ふたりの頭上に、ルイの異能の力による氷の粒が降り注ぎ、ステンドグラスから差し込む陽光を反射して、きらきらと繊細な輝きを放った。
人々はイースたちに惜しみのない拍手を送り、聖堂の外からは鐘の音が聞こえてきた。
番制度めぐって争っていたザナルティア竜王国とイゾルテ王国だが、ザナルティアの勝利に終わり、契約で支配された精霊族を解放するという条件のもと、和平が結ばれた。
イゾルテ王国では番たちが次々に解放され、連日お祭り騒ぎになっている。
イースもまた、番契約による抑圧から解放された精霊族のひとりとして、ようやく手にした自由を噛み締めるのだった――。
それから、ルビがルイの側近となり一緒に王政に関わっていくことになるのは、しばらく先の話。
姉以上に魅力的な女性が見つからずにルビがますますシスコンを拗らせていくのも、ルイが好きになる女性がことごとくルビに惚れてしまって頭を抱えるのも、また別の話……。
(おしまい)
本作はここでひと区切りとさせていただきます。
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またどこかでお目にかかれるよう精進して参ります。貴重なお時間をいただきありがとうございました。




