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32 初夜のやり直し


 絶対に会いたくない人物の登場に頭が真っ白になっていると、イースの小さな顎を持ち上げながら、サリアスが言う。


「どうして俺がここにいるのか――という顔しているな。お前が消えてから、部下たちに行方を探させていた。お前がどこぞ王子に取り入ってたことも分かっている。もう逃げられると思うな」


 冷たい視線が絡み合い、イースは喉の奥をひゅっと鳴らした。

 サリアスは、バラの祝祭の招待状を持っていた。その招待状さえあれば、今日だけは身分を問わず誰でも王宮に入れてしまう。対立する二国の移動に関しても、身分の偽装、金の力、方法ならいくらでもある。


「やめて、姉様――」

「邪魔をするな」

「わっ……」


 イースを助けようとサリアスに掴みかかったルビが、片腕で簡単にあしらわれて尻餅をつく。するとサリアスは、改めてルビを見下ろしながら驚きに眉を上げた。


「その顔……病が治ったのか? そうして見るとイースに似て綺麗な顔をしているんだな。よかったな。あの醜い顔では奇特な姉以外相手にされなかっただろう」

「姉様を離してください!」

「ルビを黙らせろ、外に聞こえる」

「ん、んんぐ……んっ……」


 サリアスが騎士たちに命じると、彼らはルビを拘束し、手首を縛って口を布で覆う。「ルビに手を出さないで!」と思わず声を上げると、サリアスはイースの唇に人差し指を押し当てた。


「大人しく俺の言うことを聞け。さもなくば、あいつを――処分してやってもいいんだぞ」

「……!」


 処分、という言葉に全身に鳥肌が立ち、背中に冷たい汗が流れる。


(なんて冷酷な)


 忘れもしないが、初夜にサリアスはリアンヌに対して『ルビを処分するつもりだ』と言っていた。あの夜、イースが盗み聞きしていたことも気づいていたのだろう。

 サリアスは約束を守らない薄情な男だ。けれど、脅されている以上抵抗することもできない。


 せめてもの反抗の意志を込めて、サリアスを睨みつける。それを見た彼は不機嫌そうに眉を寄せる。


「生意気な顔だ。立て、ついて来い」

「………」


 無理矢理立たされ引っ張られると、部屋を出る前にルビと目が合う。彼は口を塞がれながら、必死に何かを訴えていた。



 ◇◇◇



 廊下を歩きながら、逃げるタイミングを探っていると、それを見透かしたようにサリアスはイースに念押しした。


「いいか? 声を上げたり逃げようとすれば、ルビは無事で済まされないぞ」


 大人しく言うことを聞いたところで、サリアスはイースの願いを聞いてくれる人ではないと分かっている。


 時々、使用人とすれ違う。使用人として働いてきたイースには顔見知りも多くいるので、危機に気づいて助けてくれないかと期待したものの、サリアスが盾になってイースの顔を隠した。加えて、今夜はバラの祝祭。皆、自分たちのことしか考えていないし、男女が夜遅く廊下を歩いていても何らおかしくはない。


「おふたりさァん、熱いねェ。逢い引きかィ?」


 途中、酒の匂いを漂わせた酔っ払い貴族が絡んできた。サリアスは動揺する素振りを見せず、ただ静かにイースの腰を抱き寄せて、「――妻だ」と答えた。


(今さら、妻ですって?)


 嫌悪感で全身に鳥肌が立つ。これまでイースのことを、装飾品や都合の良い駒として扱い、婚約者として尊重してこなかったくせに。


 そのまま歩いて行き着いたのは、客室だった。扉の前にはリアンヌが腕を組んで立っていて、サリアスの顔を見ながら言う。


「遅かったですわね。はい、鍵。異国の上級貴族らしい老いぼれにすり寄ったら、すぐにこの部屋を貸してくださいましたわ」

「ああ、助かる」


 すると、リアンヌはこちらに目を向けた。


「さっきは、よくもわたくしに恥をかかせてくださいましたわね。せっかく花婿探しに足を運んだのに、今後のバラの祝祭を出禁になりましたわ」


 加えて、今回の件で評判にかなり傷がついたため、結婚相手を探すのに苦労するだろうと彼女は愚痴を零した。


「サリアス様の愛人だったのに、どうしてバラの祝祭に?」

「別れましたの。あなたのせいでわたくしの人生計画はめちゃくちゃですわ。一体いつの間に、ヴィルハイン殿下に擦り寄ったの? 清純そうな顔をして案外尻軽でしたのね」


 イースが知っているこれまでリアンヌは、ほんのりと悪意を滲ませるか、遠回しに嫌味を言ってくる程度だったが、サリアスと破局したらしい今は悪意を一切隠す気がない様子。


「ならなぜサリアス様と一緒にいるの?」

「王宮から追い出されそうになっているわたくしを、たまたま現れた彼が助けてくださいましたの。サリアス様はイース様を探すために、わざわざこの国へいらしたそうではありませんか。こんなに想っていただけてよかったですね」


 サリアスがイースを連れ戻しに来たのは、イースに面倒事を押し付けて、自分が楽をしたいからに決まっている。そこに、愛や情がないことなどイースが一番よく知っている。


 偶然会ったリアンヌとサリアスは、イースを陥れるため手を組むことにしたとか。

 リアンヌは扇子で口元を隠しながら微笑む。


「わたくしはただ、夫婦が本来あるべき姿に戻るよう協力しようと思っただけ。元と言えば、お二人の仲を壊したのはわたくしですから、取り持つのもわたくしの役目でしょう? 自分だけ幸せになろうだなんて――調子に乗るのも限度がありますわ」


 そのとき、彼女のふっくらした唇に、底冷えしそうな嘲笑が掠めた。彼女はくるりと背を向け、重厚な扉を開く。そして、サリアスがイースの手首を掴んで無理矢理部屋の中に入った。


「いや、やめて……っ、離して……」

「失ってから気づいた。お前がルビに向けている温かい眼差しを、笑顔を、心を――俺だけのものにしたいと」

「何を、言って……」


 ガチャリ――……。

 サリアスは鍵を閉めてから、イースを大きな寝台に押し倒した。


 部屋には、サリアスとイースのふたりきり。サリアスはネクタイを外し、抵抗するイースの手首を頭の上で縛った。

 彼に組み敷かれながら、恐怖に身をすくめる。


「何を……する気ですか」

「男女がベッドの上ですることのくらい、知っているだろう。それとも、説明しなければ分からないか?」


 サリアスは馬鹿にするように鼻を鳴らし、イースの頬に手を添えた。目元をゆっくりと親指の腹で撫でながら「美しい瞳だ」と呟く。


「これほどまでに澄んだ水晶眼は見たことがない。その目に、俺だけを刻みつけろ」


 イースは全身の血の気が引くのを感じて必死に身じろいだが、力で抑え込まれてしまう。


「初夜の続きをしよう。イース、お前は俺だけの(もの)だ」


 そのとき、サリアスはイースに笑顔を見せた。優しさなど微塵も感じられない、歪んだ笑顔だった。


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