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24 ルイの宝物【ルイside】


 ルイは日付が変わってからも、待ち合わせ場所にしていた離宮の入り口でルビを待ち続けていた。

 辺りは暗く、夜虫がどこかで鳴いている。冷たい風が身体をなぞっていく。


(なんで、来ないんだよ)


 ルイは本殿を見つめながら、拳を握り締める。息が詰まり、心が空っぽになっていく。


(絶対一緒に見ようって約束したのに。ずっと、楽しみにしてたのに)


 普段は護衛や使用人たちがルイに付き従っているが、今日は誰にも邪魔されたくなくて、それらを掻い潜ってここに来た。

 けれど、自分だけ舞い上がっていたみたいで馬鹿らしくなってきた。楽しみにしていたのは、自分だけだったのだろうか。


「母上……」


 頭上には、嫌味なほど美しい星々が瞬いていた。ルイをひとり置いて旅立ってしまった母に思いを馳せる。


 母がいなくなってから、悲しくて、怖くて、ずっと行き場のない孤独を抱えていた。信頼していた侍女に食事に虫を混ぜられたり、靴の中に画鋲を入れられたりと、嫌がらせを受けたときにはもう誰も信じないと誓った。


 ルビは、ルイを裏切った侍女たちとは違うと思っていたのに。


「…………やっぱり、信じるんじゃなかった」



 ◇◇◇



 翌朝、ルビは日が昇るころにルイの部屋にやってきた。彼の手には、一緒に描いた星図が握られている。


「昨日は行けなくて、本当にすみません」


 申し訳なさそうに謝ってきたルビに、ルイは自嘲気味に言う。


「忘れたか? それとも行くのが面倒になったか?」

「え……ち、違います、姉様が――」

「はっ、また姉様か? ちゃんと許可取っただろう。本当は最初から俺なんかと星を見に行きたくなかったんじゃないか? 俺が王族だから、嫌だって言えなかったんだ……っ」

「そんな……。は、話を聞いてください」

「聞きたくない!」


 ルイはルビから星図を奪い上げ、その場でビリビリと破り捨てた。床に落ちていく紙の破片を、ルビが呆然と見つめている。


「ずっと……待ってた。日付が変わって、使用人たちが探しに来るまで」


 悔しくて、切なくて、悲しくて。感情がぐちゃぐちゃになり、目にじわりと涙が滲む。亡くなった母に、王子は人前で泣いてはいけないと散々教えられてきたのに。


(友達だと思ってたのは、俺だけなんだ)


 イースを使った言い訳なら聞きたくない。傷つきたくない。

 ルイはルビを睨みつけながら冷たく言い放つ。


「何か訳があったなら、使用人に伝言を頼めばよかっただろう。何も言わずにすっぽかすなんて、お前は俺を裏切ったんだ」

「……ごめん、なさい。僕……ルイ様をそんな風に傷つけるつもりじゃ……」

「もういい。出てけよ」

「待って、ルイ様――」

「お前も、売春婦の腹から生まれた王子の命令は聞けないのか?」


 目で威圧すると、彼はショックを受けた顔をして黙った。


「お前たち、こいつを連れていけ」

「「かしこまりました」」


 騎士たちに命じて、ルビを無理矢理部屋から出ていかせた。ルビは抵抗せず、とても悲しげで、申し訳なさそうな表情でこちらを見つめていた。何かを言おうと数回口が開閉されたが、言葉が紡がれることはなかった。


 それから、三日が過ぎていた。

 王子と使用人の弟という身分差があるため、ルイが拒めばふたりは会うことができない。

 自分から拒絶したくせに、ほとんど毎日のように遊んでいた彼と会えないのが寂しかった。


「三日もお休みしてすみません。体調を崩してしまって」

「体調を崩していた?」


 側仕えの仕事を離れていたイースが復帰し、最初に言った。


「はい。最近王宮で胃の風邪がとても流行っているらしく……。ルビは私の看病をしていたせいで、約束の場所に行けなかったんです。本当に申し訳ございません」

「……!」

「ルビも、ルイ様に合わせる顔がないと、本当に反省していました。私もルイ様に伝えに行かせるべきだったと後悔しています」


 ルビの代わりに頭を下げるイースに、ルイはきゅっと下唇を噛んだ。


(合わせる顔がないのは、俺の方じゃないか)


 事情を聞こうともせず、突き離してしまった。イースの具合が悪くて付き添っていたなら、伝言を頼む余裕もなかっただろう。なのにルイは一方的に感情をぶつけて責め立てて、弁解する隙すら奪ってしまったのだ。


 ルビに会わないまま、さらに二週間が経過していく。ひとりぼっちは慣れているはずなのに、ずっと寂しくて痛くて、悲しいのはどうしてだろう。


 そんなある日、ルイの部屋に――ヴィルハインが訪れてきた。


「兄上……どうして……」

「イースに、お前が元気ないって聞いた。ルビと喧嘩したんだってね」

「……あ、兄上には……関係ありません」

「そうだよな。今さら兄貴面する資格、俺にはないよね」


 ヴィルハインは苦笑を零した。


「ずっとお前をほったらかしに来てきたこと、後悔してるよ。イースとルビを見てて、兄は弟を守るべきだって思った。政権争いに巻き込まないためにお前を避けてきたけど、違うよな。本当は傍で支えてやるべきだったよな」


 動揺して、ルイの目が泳ぐ。

 

「……今更、そんなことおっしゃっても、遅いです。母上が亡くなってから、俺がどれだけ……どれだけ……っ」


 寂しかったか、という言葉は喉元で留めた。人一倍寂しがりのくせに、ルイは甘え方も頼り方も知らない。だから、王宮内で唯一優しくしてくれたヴィルハインのことすら、突き放してしまった。


「分かってる。お前がどんなに口で拒絶しても、本心は違ったってこと。これからは、もう少しお前の兄上らしくなる努力をするから」

「俺のこと……嫌いじゃ、ないんですか?」

「なわけないだろ。お前は一番かわいい弟だよ」


 ぽん、と頭に乗せられたヴィルハインの手の重みに、鼻の奥が痛くなった。


「はい、これ」

「これは……」

「ルビがお前に渡してほしいって」


 渡されたのは、手紙だった。


(俺のこと、怒ってるだろうか。嫌いになったって書かれてるかもしれない)

「読めません。兄上が、代わりに……」

「それはお前に宛てた手紙だ。自分で読みなさい」

「…………」


 ルイはわずかに震える手で封を切り、中身を確認した。


『約束、守れなくて本当にごめんなさい。ルイ様に直接会って謝りたいので、十七時に離宮で待ってます。ルビ』


 時計を見ると、まだ二時間ある。ルイは引き出しから、先日破り捨てた星図を引っ張り出して、糊で修復し始めた。


「手伝うよ」


 ヴィルハインが机の向かいに腰を下ろし、紙の欠片を繋ぎ合わせ始める。


「ルビにひどいことをしました。本当は俺のこと、軽蔑してるかも。もう二度と信頼してもらえないかも。俺みたいな嫌な奴、仲良くしたい人間なんかいないんです」

「だったら、関係がこのままなくなってもいいの?」


 ルイは首を横に振る。


「大丈夫だよ。信頼っていうのは、傷がなくて綺麗なだけのものじゃないと思う。壊れかけても何度も組み直し――築いていくものだ。ちゃんと目を見て、気持ちを伝えてきな」

「……はい」

「それからお前は、十分良い奴だよ。俺はちゃんと知ってる」

「……っ。兄上。ありがとうございます」


 それを言うと、ヴィルハインは目を細めた。彼は極めて丁寧な手つきで、星図を繋ぎ合わせていく。

 兄と何かをするのも、こうしてたくさん話すのも久しぶりのことで、くすぐったい気持ちになった。



 ◇◇◇



 約束の十七時――ルイが離宮に着くと、ルビは真っ先に紙を差し出してきた。そこには、ふたりで描いた星図がルビの器用な筆致で再現されている。彼は深く腰を折った。


「本当にごめんなさい。あの日、僕の中にルイ様なら、きっと許してくれるだろうって甘えがあったから……行けなくなったことを伝えなかったんです。楽しみにしてくれた気持ちを踏みにじって、本当に最低なことをしたって後悔してます」

「顔を上げろ、もういい」

「許したくなかったらそれでいいです。でも僕、この二週間、ずっと寂しくて……。ルイ様は初めてできた友達だから。なのに、僕……」


 絞り出すような声と震える肩に、ルイの胸の奥が締め付けられた。顔を上げたルビの瞳から、ぽろぽろと涙が溢れていく。


「もういいって、言ってるだろう。俺が、悪かったんだ。だから、もう……っ」


 必死に堪えようとしても、気づくと涙が出ていた。ふたりで抱き合いながらわっと声を上げ、ひとしきり泣く。ルイがヴィルハインと修復してきたツギハギだらけでくしゃくしゃの星図が、ひらりと地面に舞い落ちる――。


「今から、望遠鏡、見せてくれませんか?」

「いいけど、イースが心配するぞ?」

「帰りが遅くなるって言ってあるので」

「そうとなったら行くぞ。――ほら」


 ルイが手を差し伸べると、ルビはその手を握り返した。


 離宮の最上階は、ルイの秘密の場所。使用人さえ入れたことがない。

 ルビをソファに座らせて、ルイはてきぱきと望遠鏡を準備していく。


 そして、ルビにレンズを覗かせた。


「綺麗……」

「だろ? この望遠鏡、兄上からもらった宝物なんだ」


 ふたりで眺めた夜空は、いつもよりずっときらきらしていた。

 ルイとルビはたくさん喋り、くっつきながら眠りに落ちたのだった。


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