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23 シスターコンプレックスと亀裂【ルビside】

 

「見て、あの子。肌が」

「竜病の症状ね。可哀想に。初めて見たけど、あんなに気味が悪いのね」


 ある日、廊下を歩いていると、ルビは使用人たちにひそひそと噂された。好奇の目に晒されることも、気味悪がられることも慣れている。

 胸にぐっと刺さったが、あくまで気にしない顔をして歩いていると、ルイが庇い立った。


「今の言葉、謝れ」

「お、王子殿下……っ!?」

「も、申し訳ございません……! お許しを」


 ルイの登場に、使用人ふたりは恐縮して深々と頭を下げる。彼はそのまま言い放った。


「いいか。こいつを侮辱することは俺が許さない」


 その言葉に、はっと息を呑む。

 ルビは自分の前に立つ背中を見つめて、泣きそうな気持ちになった。



 ◇◇◇



 王宮の竜木の下で、ルビは竜の力をコントロールする鍛錬を続けている。ルイが講義を受けるときに、いつも呼んでくれるようになったからだ。

 ルビはこれまで姉以外に親しい相手がいなかった。けれど、ルイとは歳が近いからか、それとも相性がいいのか、あっという間に仲良くなっていった。


「ルビ。お前は星を見たことあるか?」

「……毎日見てますけど」

「肉眼じゃなくて、望遠鏡を使ってだよ」

「望遠鏡なんて、そんな高価なもの実物すら見たことないです」


 名前だけは本で読んだことがある。西の国で発明された星を見る道具で、王侯貴族や、一部の学者たちが使う貴重なものだ。


「望遠鏡を使うと、空が全然違って見えるんだ。ぼんやり光っていた星の形がはっきり浮かび上がって、色も違って見える」

「すごい……いつか見てみたいです」

「見せてやる」


 片膝を立てて、ルビの隣に座るルイが、不敵に口角を上げた。


「お前には特別に見せてやるよ。だから今度、夜になったら俺の部屋に来い」

「いいんですか……? 僕なんかがそんな貴重なものを見せていただいても」


 ルイは大国ザナルティアの王子で、自分よりはるかに格上の立場だ。本来なら、言葉を交わすことすら許されないほどの。すると、彼は言った。


「何言ってんだよ。俺たちはもう友達だろ? それとも、そう思ってたのは俺だけだったか?」

「……!」


 恥ずかしそうに、そしてちょっとだけ不安そうに、ルイは指で頬を掻く。

 友達だなんて、自分には縁がないものだと思っていた。特別な響きが、胸の奥にすうっと染みていく。


 イゾルテ王国にいたころは、みんなに醜いと揶揄され、部屋の外を出歩くこともままならなかった。

 ルビにとって、姉以外の誰からも顧みられないのが当たり前で。鼻の奥がつんと痛くなるのを感じながら頷く。


「いえ、嬉しいです。ルイ様。友達なんて初めてで」


 ふわりと微笑むと、ルイも釣られたように笑う。


「俺も、友達ってよく分からないんだ。俺に近づいてくる人間は、俺を貶める奴か、王族に取り入ろうと機嫌取ってくる奴ばっかでさ。でもお前は、そういうのなしに接してくれるから、気が楽っつうか……。イースとルビは、信頼できるって思うよ」

「僕も、同じです。病気のせいで、みんな気味悪がって僕に近づこうとしなかったから。だからさっき、庇ってくれたのも嬉しかったです」


 すると、ルイは言った。


「またなんか言ってくる奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるから」


 顔の凹凸は随分改善し、王宮の廊下を歩いていても、気づかれないこともある。

 フードで自分の素顔を隠してばかりだったが、今は視界が晴れやかで、背筋を前より伸ばして歩けるようになった。


 息をするのが少し、楽になった。


「望遠鏡の件、誘ってくれてありがとうございます。でも、すみません。夜に出かけるって言ったら、姉様が心配するので」

「そんなのこっそり抜けてくればいいだろ。お前ってほんと、シスコンだよな」

「はい。姉様のためなら何でもできます。死ねって言われたら死ねる」

「うわぁ…………。まじかよ、お前……重症だな」


 真顔でさらりと重すぎる姉愛を語ったルビに対し、ルイはドン引きして頬を引きつらせる。けれど、ルビがイースのためになんでもできるのは事実だ。


 実家にいたときも、ディアン公爵家に行ったときも、イースだけがルビの心の拠り所だった。

 大好きな姉は、親友で、母親代わりでもあった。


 講義中のルビとルイを遠くで見守るイースを見つめ、ルビは続ける。


「今まで、姉様は僕のためにたくさん我慢してきたんです。だからこれからは、幸せになってほしくて」


 長い髪が風に揺れるのを、イースは手で抑えた。あの細くしなやかな手に、ルビはずっと守られてきた。

 だからこれからは、ルビが守る番だ。するとルイはイースを見つめながら、ふいに口を開く。


「俺は、ふたりが羨ましいよ」

「え?」

「俺にも兄上がふたりいてさ。でも、気軽に付き合えるような関係じゃないんだ。きっと俺のことを嫌ってる」

「お兄さんがそう言ったんですか? 嫌いだって」

「そういうわけじゃないけど、王宮は婚外子は疎ましい存在だって空気感なんだ。兄上たちもそう思ってるに決まってる」

「直接確かめてみなくちゃ分からないですよ」


 ルビはふっと小さく笑った。


「本当は心のどこかで、そうじゃないといいなって信じているから、僕に話しているんじゃないですか?」


 傷つけられる前に、最初に自分で否定しておく方が心が楽なのだ。痛いところを突かれたルイは、決まり悪そうに目を逸した。

 ルビもルイも、不器用で、傷つくことを恐れている。そういう意味では、似た者同士なのだろう。


「もし、ひどいことを言ってきたら僕がぶっとばして差し上げます」

「謀反だからなそれ。……でもまぁ、ありがと」


 すると、イースがこちらに歩いてきて話しかけてきた。


「そろそろ休憩は終わりだそうです。ふたりとも、すごく楽しそうになさっていましたが、何を話していたんですか?」

「望遠鏡を見せてやるって誘ったら、夜に出かけるとあんたが心配するって断られた」

「まぁ」


 イースはしゃがみ、ルビに視線を合わせる。


「私に気を遣ってばっかりじゃなく、ルビのやりたいことをしていいんだよ。姉様、ルビが楽しいのが一番だから」


 ルビは少し悩んだあと、ルイに「望遠鏡、見せてくれますか?」と改めて尋ねた。彼は「もちろん」と頷き、こちらに小指を差し出した。


「――約束な?」


 そうしてふたりは、小指同士を絡めて、約束を交わすのだった。



 ◇◇◇



「今夜、飯食ったら絶対俺の部屋に来いよ?」

「もちろんです!」

「約束だからな」

「はい!」


 約束から一週間。

 ルビとルイはますます仲良くなり、ルイの授業がないときに会っては遊んでいる。

 ふたりは星が一番よく見える夜に、望遠鏡で夜空を見ることに。星図を描いたり、本で星のことを勉強したりして、ふたりとも楽しみにしていた。


(早くご飯を食べて、お風呂に入って、星を見に行く準備をしなくちゃ。上着と、おやつとスケッチブックと、それから……)


 星を見る当日、図書館で改めて約束を交わしたあと、ルビはそわそわしながら自室に戻った。


「おかえり、ルビ」

「ただいま、姉様。今夜はルイ様と一緒に星を見に行くから」


 部屋のカレンダーには、バツ印で約束の日を数えていた痕跡が残っている。


「ええ、分かってるわ。早く食事にしましょう……っう」


 そのとき、イースの半身がふらりと揺れたのを見て、ルビは慌ててそれを支える。イースの身体はとても熱くて、乱れた呼吸が耳に入ってきた。

 はっとして彼女の顔を見ると上気していて。そっと彼女の額に手を当てる。


「あつい……姉様、熱が……」

「最近、使用人の間で胃の風邪が流行ってて……。朝から体調が悪かったから、移ったみたい」

「大変だ。医務室に行って薬をもらってくるから」

「でも、今日は約束があるでしょ」

「大丈夫。まだ時間あるから」


 イースをベッドに寝かせ、急いで医務室に走った。だが今、王宮でイースと同じ症状で寝込んでいる人は多いらしく、薬を求める行列ができていた。


 結局、薬をもらって部屋に戻るころには、ルイとの約束の時間が過ぎていた。ルビは水を用意し、イースを起こして薬を飲ませる。


「ありがとう……」

「吐きそう?」

「気持ち悪い……」

「洗面器持ってくる、待ってて」


 イースの背中を擦り、看病しているうちに日付が変わっていた。眠っているイースの額の濡れたタオルを退かしたあと、壁の時計を見てはっとする。


(どうしよう。約束……破っちゃった。でもルイ様なら、事情を話せば分かってくれるはず)


 ルビは罪悪感に苛まれながら、新しいタオルをイースの額に乗せる。

 ルビの具合が悪いとき、イースは寝る間も惜しんでルビに寄り添ってくれた。だからルビも、姉が苦しんでいるときは力になりたい。


 だがルビはこのときの選択をこのあと、深く後悔することになる。


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