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21 竜木の樹液≠媚薬?

 

 竜の力の授業が終わったあと、ルイはルビに「また明日も来い」と言ってくれた。

 ぎこちなくはあるが、ふたりがお互いに距離を探り合い仲良くしようとしているのが伝わってきて、イースはほっこりした。ルビは嬉しそうに約束を交わしてから、ひとりで部屋に戻っていった。


 一方のイースはその後も、ルイの傍付きとして夕方まで仕事をした。


「樹液がかかったの、大丈夫か?」

「はい。なんともないです」

「何か異変があれば言え」

「ありがとうございます、ルイ様」


 竜木の樹液は――番に会わなければ無害だと聞いたので、きっと大丈夫だろう。

 そうタカをくくっていたのだが――

 仕事を終えて廊下を歩いていると、途中で突然、イースの身体に、異変が起きた。


(急に……何? 身体が、熱い)


 体温が高まっただけではなく、心臓の鼓動も加速していた。その場にがくんとへたり込んだとき、廊下の角から――その人が現れた。


 まるで彫刻のように整った輪郭。バランスよく配置された綺麗なパーツ。

 美しい湖を反射したような青の双眸と目があった瞬間、心臓が大きく波打った。


(…………欲しい)


 ぐっと喉の奥が鳴る。

 魂の奥から、本能的な欲が湧いてきて、口をついたようにその名前を紡ぐ。


「ヴィル……さ、ま」

「イース?」


 名前を呼ばれただけで甘やかに胸が締め付けられ、何かが疼くのを感じた。ヴィルはこちらに歩みより、しゃがみ込んで肩に手を置いた。手のひらから伝わるわずかな刺激に、びくっと身体が跳ねる。


 一体、何が起きているのか。


 さっきまでは普通だったのに、突然自分の身に起きた異変に戸惑う。

 心当たりがあるとすれば、先ほどルビが零した樹液を体内に取り込んだこと。


「どうした? 顔が赤い」


 心配そうにこちらを覗き込んでくるヴィルに、愛しさのようなものが込み上げてくる。


 こんなに素敵な人、世界中のどこを探しても見つからない。イースの本能的な直感が、そう訴えかけてくる。

 確かに、ヴィルは素敵な人だ。素性もよく分からないイースとルビに親切にしてくれて、優しくて気さくでかっこいい。心細い異国でこうして生活できているのも、ヴィルが気にかけてくれるおかげでもある。


『この樹液を摂取して番に会うと、性的興奮を抱くことがあります』


 先ほど教師に説明されたことを思い出す。竜木の樹液を取り込むと、竜族のエネルギーが一時的に共鳴し、番探しに役立つだけではなく――媚薬のような効果が出ることもあるそうだ。

 番なんてそうそう見つからないから大丈夫だと油断していたが、イースの身体には明らかな変化が起きていた。


 熱を計ろうと額に伸ばされたヴィルの手を掴み、縋るように頬を擦り寄せる。


「イース……?」


 イースの潤んだ瞳を見たヴィルから、息を呑む気配がした。理性を掻き集めるが、戸惑う彼の手を離すことができない。


「樹液……、竜木の樹液が、目に入って……」

「!」

「ヴィル様、あなたは……私の番、なんですか……?」


 竜族は樹液がなくても、番を感知できる。もしヴィルがイースの運命の相手なら、彼はとっくに気づいているはず。

 すると、ヴィルは愛おしげに目を細め、わずかに口角を持ち上げた。


「――やっと、気づいたの?」


 爽やかな声に、のぼせ上がるように熱くなり、耳まで赤くなってしまう。


「耳まで赤くなってる。かわいい」


 ヴィルが甘い声でからかうように囁く。こちらはせっかくなけなし理性を保とうと必死なのに、ヴィルは容赦なく壊そうとしてくる。自分が自分でなくなってしまう気がして、怖くなってきた。


(やだ、こんなの……私じゃないみたい)


 こんなはしたない姿、ヴィルに見られたくない。

 こちらに近づいてくる彼に、訴える。


「来ないで……。どうか、離れていてください」

「辛いね。一度そうなったら俺が離れてもしばらく治まらないよ。今の君をほったらかしにするわけにはいかない」

「そんな……っ」

「それに、『来ないで』って言ってるくせに、俺の手を掴んでるのはイースだ。これでは、離れようにも離れられない」


 彼に触れたい、隙間なくくっつきたい。

 そんな欲望を抑えることができず、身体が全く言うことを聞いてくれなかった。ヴィルの薄く形の整った唇が、イースの名前を紡ぐたび、口付けされたくてたまらなくなる。

 ヴィルだって、掴まれた手を振り解こうと思えばできるはずだ。なのに、それをしない。


「いじ、わる……」


 泣きそうになりながら掠れた声を絞り出す。

 もう、我慢の限界だった。イースはそっと両手を伸ばし、彼のシャツを掴んで引き寄せる。湧き上がる欲望のまま、顔を近づけていくとヴィルがごくっと喉の奥を鳴らした。


 吐息が混ざり合った直後、ヴィルはイースの唇を手で覆い、自身の手の甲に唇を押し当てた。


 手のひら越しのキスのあと、ヴィルはイースに呟く。


「今のイースにはしない」

「なん、で……」


 キスを拒絶されたのが悲しく、もどかしくて泣きそうな気分になってくる。もう、我慢なんてできないのに。

 名残惜しげに手のひらを離してから、ヴィルは耳元で囁く。


「この力を君には使いたくなかったけど、今は『眠りな』」


 その直後、イースは急に眠気に襲われた。視界がぼやけていき、意識を手放していた。

 眠りに落ちたイースを抱き止めたヴィルは、横抱きにして立ち上がる。


『いじ、わる……』


 紅潮し、目を潤ませながら、責めてくるイースを思い出し、ヴィルは小さく息を吐いた。眠ってもらわないと抑えが利かなくなりそうだった。

 イースが樹液の力で引き出した竜族の欲求を、ヴィルはもともと持っている。あんな無防備なイースを前にしてヴィルが理性的であったこと、誰かに褒めてほしいものだ。


 腕の中で眠るイースの目に、生理的な涙が滲んでいる。


「参ったな。……我慢しているのは、君だけじゃないよ」


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