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02 運命と契約の番

 

 伯爵令嬢イース・ビクトリアがサリアスに出会ったのは、十四歳のときだった。

 人族が支配しているイゾルデ王国だが、ビクトリア伯爵家を含む精霊族の貴族たちは、政治的権限は奪われたものの、爵位は残され、存続してきた。


 精霊族は人族とほとんど同じ見た目をしており、特別な能力などはないが、透き通るような白い肌に星空のように煌めく水晶眼が特徴だ。


 精霊族の特徴を持つ美しいイースは社交界で評判だった。

 とある夜会で、サリアスはイースを見てそうそう、こちらに指差して告げた。


「お前を俺の番にする」


 その言葉を聞いたとき、戦慄が走った。


「え……」

「これほど美しい水晶眼を見たのは初めてだ。精霊の血を濃く引いているな? 次期公爵家当主の番にふさわしい美貌だ。名前は」

「…………イース、です」

「綺麗な響きだ。悪くない」


 サリアスはイースの頬に手を添え、目元を親指の腹で撫でる。


 元々、番は竜族だけの文化だったが、人族がイゾルデ王国を統治するようになってから流用された。番は本来、魂同士が深く繋がった存在で、死がふたりを分かつまで愛し合うと言われている。


「俺の番に選ばれたことを喜べ。イース」


 本で読んだ話だと、番に出会った瞬間、雷が落ちたような感覚が走り、相手に強く惹かれ、本能で相手を求めるようになるという。けれど、イースは彼に対して、そのような感覚を抱かなかった。

 なぜなら、この国での番は、人族が精霊族を支配するための口実に過ぎないから。


 番は、精霊族が十四歳になったときに、神殿を通して決められる。表向き、神託で決められるが、実際は人族側が希望の相手を指名するのだ。人族は社会的な力を持っており、番を選ぶ特権があった。


 人族が精霊族と番になることで、精霊族の血はますます薄くなっていった。

 純粋な精霊族の貴族がほとんどいなくなった現在は、誰が最も美しい容姿の精霊族を番にできるかを競い合っている。


 夜会のあとに神殿から神託を告げられたイースは、サリアスは婚約を結ぶことになった。


 

 ◇◇◇



 婚約の際には、番契約を結ぶのが習わしになっている。

 神殿の儀式部屋で、契約の儀の直前、サリアスは言った。


「契約を結ぶ前に、約束しろ」

「約束……ですか?」

「ああ、俺たちが夫婦としてうまくやっていくために必要なことだ」


 彼から提示されたのは、以下の条件だった。


「ひとつ――互いの生活に必要以上に干渉しないこと。俺は束縛されるのが大嫌いなんだ」


 パーティーや式典などで、パートナーの同伴が必要な場合は一緒に行動する、と彼は付け加えた。


「ふたつ、俺が愛人を作っても文句は言うな。だが、婚約中も結婚後も、お前が他の男と恋愛することは認めない。妻が節操のない女だと俺の評判に関わるからな」


 加えて、後継者決めも、サリアスに全権があると主張した。つまり、彼の意思次第で、イース以外の誰かが産んだ子どもが公爵家の跡継ぎになるということだ。それでは、これから嫁ぐイースの存在意義がないようにも思えた。


「そして最後に、お前は番として俺を支えろ。経理から外交まで、公爵家の運営も積極的に参加してもらう」


 彼から告げられた理不尽すぎる要求を、イースは静かに聞いていた。そして、拳をぎゅっと握り締める。


(番を拒むことは許されない。受け入れるしかないなんて……)


 番を拒めば、神殿に裁かれてしまう。


「分かり……ました」


 今は、牢屋に入れられたり追放されたりするわけにはいかない。なぜなら、イースには――守らなくてはならない存在がいるから。


 イースが頷くと、サリアスは満足げな表情をした。


「お前の望みも、ひとつだけ叶えてやろう。なんでも言うといい」


 イースの望みは、ひとつしかなかった。


「弟も一緒に暮らすことを許してくれませんか? 亡くなった父と愛人の子で、屋敷で肩身の狭い思いをしています。身体も弱いので、傍にいてあげたいんです」

「ああ、もちろん。必ずお前の弟を守ると約束しよう」


 番契約を結んだイースとサリアスの胸の上に、契約印の紋様が浮かび上がり、サリアスの所有物になった気分になった。


 そして、このとき交わした約束が守られることはなかった――。



 ◇◇◇



「弟は病気のせいで、人とは違う見た目をしています。でもどうか、弟を見ても驚かないであげてください」


 番契約後、イースはディアン公爵邸で暮らすようになった。サリアスにそう前置きしてから、六歳の弟ルビを紹介する。イースが呼びかけると、廊下でお利口に待機していたルビが、扉をそっと開けて中に入ってくる。


「おいで、ルビ」

「はい、姉様(ねえさま)

「ご挨拶して」

「はじめまして、サリアス様。ルビです。これからお世話になります」


 ルビは丁寧にお辞儀して、イースが先ほど教えた通りの挨拶をした。


 だが、ルビの姿を目にしたサリアスは、表情に露骨に嫌悪感を滲ませてて、たった六歳の子どもに開口一番言い放った。


「……気持ち悪い」


 ルビは生まれつき皮膚の病気を患っており、全身の皮膚が竜の鱗のようにボコボコと硬く膨らんでいる。

 全身が鱗に包まれたようになるその病気は原因不明で、治療法もなかった。痛みと痒みが常にあり、介助がなくては生活もままならない。


 けれどルビは、そんな過酷な状況でも擦れずに一生懸命生きていて、姉として誇りに思っていた。


 ひどい言葉を言われたにもかかわらず、ルビは泣きもせず、大人な対応を見せる。


「ご気分を悪くさせてしまって、ごめんなさい」


 握り締めたルビの手が震えているのを見て、イースはサリアスに失望した。


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