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18 偽物のプライドと本音【サリアスside】


 イースはヴィルに、馬車で王宮から家に送ってもらった。

 玄関の前でヴィルと挨拶をする。


「送っていただいてありがとうございました。気をつけてお帰りください」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」


 ヴィルは扉を閉じかけるが、途中ではっと顔色を変えて手を止めた。

 彼の険しい表情に、イースは戸惑いを抱く。


「ヴィル様……? どうかしましたか?」

「王宮に引っ越すのはいつだっけ」

「来週……ですけど」

「それ、今夜に変えて。今すぐに支度をするんだ」


 どうして突然そんなことを言うのかと首を傾げると、ヴィルは続けた。


「とにかく、急いで。ここにいては危険だ」

「!」


 理由も分からず疑問に疑問符が浮かぶ。

 だが、それらはひとまず頭の片隅において、ヴィルを信じ、ルビと一緒に家を出ることにした。

 玄関に入ると、何も知らないルビがキッチンの前で言う。


「姉様、昨日のスープあっためといたよ」

「ごめんね、夕飯はあとにしよう。すぐに支度をして」

「……? 分かった」


 急いで荷物をまとめ、ヴィルが貸してくれた馬車に乗り込む。


「ヴィル様も――」

「いや、俺は残る。やることがあるからね」


 ヴィルはイースとルビを交互に見つめたあと、そっと扉を閉じて、御者に指示を出した。


 

 ◇◇◇



「本当にイースがこんな場所にいるのか?」


 領地の仕事をほったらかしにして、ザナルティア竜王国にやってきたサリアス。

 イースの目撃情報があった住民街は、老朽化した建物が並んでいて、仮にも貴族の娘として育ってきたイースが住めるような環境ではなかった。


「はい。以前来た際にこの目で確認しております」


 騎士の返答に、サリアスは拳を握る。

 こんな劣悪な場所に暮らしてまで、彼女はサリアスを拒むというのか。


(気に入らない)


 しかも、イースを守っている存在がいて、使いに送った者たちは全員コテンパンにやられてしまった。結局、調べさせてもその正体は分からなかった。イースは一体、何者に取り入ったのだろうか。

 だが今日は、ディアン公爵家から選りすぐりの騎士たちを連れてきているため、もし邪魔されても返り討ちにしてやるだけだ。


 すっかり日が暮れており、今ごろイースとルビは夕食の時間で家にいるだろう。

 サリアスの訪問に驚くか、恐れるのが先か。反応が楽しみだ。


「こちらの家です」


 騎士に案内されたのは、他の住宅の中でもとりわけみすぼらしい小屋のような家だった。


 扉に手をかけて乱暴に開け放つ。しかし、部屋は――空だった。


「誰もいない……だと?」


 部屋の中を見渡すと、ルビの着替えや治療に使ったと思われる汚れた包帯が落ちていて、彼らがここで生活していた痕跡があった。

 騎士のひとりが、鍋のスープから湯気が出ているのを見つけ、手をかざしながら言う。


「まだ火を通して時間が経っていないようです」

「クソッ。一体、どこに行ったんだ」


 怒りを滲ませたサリアスは、棚を開けて中にイースがいないことを確認し、舌打ちする。


 次の瞬間、首に冷たい感触がして振り向くと、剣を突きつけられていた。ひとりの青年が、凍えるような冷たい眼差しでサリアスを見据えている。


「お前が偽物の番?」


 冷徹な視線に圧倒され、ぐっと喉の奥を上下させる。


「お、お前たち、何をしてる―――」


 護衛騎士たちに助けを求めて視線を向けると、彼らは黒いローブの者たちに剣を向けられ、身動きが取れなくなっていた。

 青年はサリアスの部下に向けて、「そこから一歩でも動けば、お前の主を殺す」と告げた。サリアスからは一切視線を動かさない。


「お前がイースを支配し、苦しめてきたことに憤りを感じている」

「そ、そんな大げさな。俺はただ政務を手伝ってもらいたかっただけで」

「大げさ? 彼女の自由を奪ってきたことが、大したことではないと?」


 すると、窓の外でザーッと激しく雨が降り出して、どこかで雷が光った。その光を受けて青年の双眸が怪しげな光を帯びた。瞳孔が開ききっていて、殺意がひしひしと伝わってくる。


「随分と、イースに入れ込んでいるようだな。あなたはイースのなんだ」


 彼は間を置いてから、玲瓏とした声で告げる。



「――本物の番さ」



 そのとき、どこかにひときわ大きな雷が落ちた。地響きがする。

 そして、まばゆい光が床に映した青年の影が、竜の形を描いたように見えた。


 イゾルテ王国の番制度は、ザナルティア竜王国の文化を輸入したものであり、模倣にも及ばないまがい物だ。

 古来から番を信仰する竜族たちは、本能で番を自分の命以上に大切にし、慈しむ。そして、番となる相手は同種族が多いが、例外的にそれ以外の種族から見つかる場合も。


「書類上ふたりはもう他人なんだろう。どの道、イゾルテ王国はザナルティア竜王国に降伏し、番制度を撤廃することになる。――イースを諦めろ」


 その凄みに、サリアスは屈服する。


「……わ、分かった。だから、その剣をいい加減下ろしてくれ」


 サリアスの返答を聞いて、青年はようやく剣を引いた。


「約束しよう。もうイースに近づくのはやめる」

「もし今後イースに関われば、どんな手を使ってでもお前に報復する。それだけの権力を行使できる立場に俺がいるってことを、覚えておけ」

「あ、ああ。もちろんだ。だが仮に、もし約束を破ったら……?」

「そのときは、竜の異能を行使することもいとわない」

「そうですか……。ですがその選択、きっとすぐに後悔なさいますよ」


 サリアスは一拍置いて、下卑た笑顔を浮かべる。


「イースには、俺が――必要ですから」


 彼女の胸に、番契約印がある限りは。

 青年はこちらを睨むように一瞥してから、黒いローブの一行を連れて去っていった。


 残されたディアン公爵家の騎士たちが、慌ててサリアスのもとに歩み寄る。


「大丈夫ですか!? サリアス様」

「あの者は、一体……」


 サリアスは歯ぎしりをし、あの青い双眸の顔を思い出す。


「知っている顔だ。一度だけ、ザナルティア竜王国に訪問したときにお見かけしている」

「お見かけしている、とは?」

「――ヴィルハイン・セレスティア第二王子。噂通りの冷血漢だな」


 彼は番制度の保護という名目で、イゾルテ王国への軍事侵攻を主導している。

 ヴィルハインから、血気盛んな竜族の本能を色濃く感じ、背筋に冷たいものが流れる。


(強烈な殺気だった)


 自分の番が別の男に支配され、虐げられていたことに、本気で憤っているようだった。


「イース様を諦めるおつもりですか?」


 騎士の問いに、サリアスは首を横に振る。


「あんなのその場しのぎの嘘に決まっているだろう。必ず取り返してみせる」

「旦那様は、なぜそこまで……」


 あんなことを言われたら、余計に燃えてしまうものだ。


 イースを先に見つけたのは、ヴィルハインではなくサリアスだ。逃がしてやる気はない。

 サリアスの中にはイースへの強い執着心が根付いていた。


「ですが、我々を警戒して、イース様を匿う可能性があるのでは」

「だとしたら、王宮の可能性が高い。あそこはこの国で最も警備が厳重で安全だからな。それに奴が本当に番なら、目の届く場所に置いて守ろうとするはずだ」


 そう言ってサリアスは、硬く拳を握り締めるのだった。


「だが一日だけ、身分を問わず誰でも王宮に入れる日がある」

「その日……とは?」

「――バラの祝日。未婚の貴族たちが結婚相手を探す夜会が開かれる日だ」



 ◇◇◇



 サリアスはイゾルテ王国に帰ったあとも、イースのことを考えていた。だが、仕事は次から次へとやってくる。


『旦那様の領地運営に不満を持った領民たちが、各地で暴動を起こしております!』

『狩猟祭の件、お返事をなさっていませんが明日が当日ですよ? どうなさるおつもりですか』

『招待したソルン会長が、宗教上禁じられている鶏肉がメニューに入っていたことで大変お怒りです。ですから事前のお打ち合わせをお願いしましたのに……』


 適当に仕事をしていたツケはすぐに回ってきて、イースがいなくなった公爵領には混乱が訪れた。サリアスの仕事ぶりに部下たちも、不満の声を隠さなくなってきている。


 サリアスは仕事のミスをカバーするので手一杯で、結局新たな仕事は後回しにしていた。


「……さま。サリアス様」

「リアンヌ……」

「また、考え事ですの?」

「すまない」


 愛人のリアンヌは、寝台でサリアスに寄り添いながら不満を口にする。彼女は半身を起こして、はだけたドレスを整え、長い髪を結び始めた。


「最近のあなた、話しかけてもずっと上の空でつまらないですわ。またどうせ、イース様のことを考えていらっしゃったのでしょう。もうどこかで野垂れ死にでもしているんじゃないですか?」

「いや。イースが死ねば、番契約の印も消失する。この印が俺の胸に残っているということは、あいつもまだ生きている。それにイースは、今……」


 彼女は今、ヴィルハインの庇護下にいる。すると、深刻そうなこちらの顔を見てリアンヌは言う。


「よっぽど彼女のことが心配ですのね」

「心配、だと……?」


 リアンヌは鏡台の前に座り、鏡を見つめて、リップを塗り直す。鏡越しにサリアスを見て言う。


「最近のあなたのご様子を見ていてよく分かりました。あなたはイース様のことを――愛していらっしゃるのだと。彼女を支配しようとしていたのも、歪な愛情からではなくって?」

「そんなはずはない!」


 サリアスは間髪を容れずにそう答えた。寝室にサリアスの大きな声が反響し、リアンヌの目が見開かれる。


 人族にとって精霊族は、権威を知らしめるための装飾品に過ぎない下級な種族だ。

 無自覚に感情を高ぶらせながら、拳を握る。


「そんなにムキにならないでくださいませ。ですが、それが何よりもの答えと受け取らせていただきますわ。図星、なのでしょう?」


 彼女はリップの蓋を閉じてカバンにしまい立ち上がった。そして、扉の前まで歩いてこちらを振り返り、冷めた声で告げる。


「わたくしの子を公爵家の跡継ぎにしてくださるとおっしゃるから愛人になりましたが、今のあなたはイース様のことしか考えられない様子ですし。わたくしはもっと条件のいい相手を探しますわ。いい出会いの場になりそうな、気になっている催しがありますの」

「ま、待て――」

「それでは、さようなら」


 あっさりと別れを告げ、部屋を出て行くリアンヌ。だが頭の中は、彼女に別れを告げられたこと以上に、イースの存在が占めていた。


 美しく、清廉潔白で、弟思いなイースを支配することで、サリアスの中の何かが満たされていた。彼女を傷つけることで、自分が優位な存在だと思えて気分が良かったのだ。

 けれど同時に、サリアスを目の敵のように見つめる彼女に、腹わたが煮えくり返りそうになることがあった。


(弟ばかり慈しむイースを、振り向かせたかった。その愛情の欠片でも、俺に向けられていたら……)


 イースは出会ったときからサリアスを拒絶し、笑顔を見せなかった。


 人族が精霊族を番にすることはただのステータスだ。だが、あの仮面姫をアクセサリーにするだけでは気が済まず、自分の存在を認めさせたかったのだ。

 サリアスはよろよろと立ち上がり、片手で前髪を掻き撫でる。そして、自嘲気味に呟いた。


「はっ、はは……俺はイースを、愛しているのか……」


 それから、冷たい声で言う。


「あいつは、俺の――(もの)だ。誰にも渡さない」


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