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15 絶対に番を連れ戻す【サリアスside】


「いたぞ。イース様だ」

「ああ、すぐに拘束して、旦那様の元へ連れて帰ろう」


 ディアン公爵家の騎士たちが頷き合い、建物の陰から出たとき、黒いローブを着た複数の男たちが、騎士たちの前に立ちはだかる。


「彼女には近づかせません」

「なんだ、お前たちは」

「さるお方にイース様の庇護を命じられています。今すぐお引き取りいただけなければ……」

「!?」


 黒いローブの男が、迷いなく腰の剣を引き抜く。

 そんな物騒なやり取りが背後で行われていることに全く気がつかないイースは、家路を急ぐのであった。



 ◇◇◇



 部下たちに捜索を命じてからひと月が経つというのに、イースは一向に見つからず、サリアスは苛立ちを募らせていた。


 ディアン公爵家の執務室で、サリアスは昨晩から寝ずに仕事をしていた。長い間イースにほとんどの仕事を押し付け、自分は遊び歩いていたため、要領を掴めていない。朝から晩まで次々に部下が仕事を持ち込んできて、本当にキリがない。


「領民からの嘆願書が本日新たに三十通届いております。お目通しをお願いいたします」

「どうせくだらん要求に決まっている。燃やしておけ」

「で、ですが、イース様はひとつひとつに目を通しておられました」

「燃やせと言っているのが聞こえないのか?」


 サリアスが眉間に縦じわを刻んで睨みつけると、部下は「かしこまりました」と恭しく礼をして執務室を出て行く。だが、彼と入れ違いで執事が部屋に来た。


「ブレーンス侯爵家から狩猟祭への招待状が届きました。新しいご当主の襲名披露を兼ねているそうですが、いかがなされますか?」

「あとで返事を書くから、とりあえずそこに置いておけ」


 すでに、確認を後回しにしている手紙が執務机に山積みになっている。その手紙の返事を書けるのはいつになることやら。

 次に、厨房の料理長が訪れて言う。


「来月、ソルン商会の会長がいらっしゃいます。食事のメニューについてご相談なのですが」

「お前に任せる」

「ですが、会長は異国出身と聞きましたので、宗教や体質的に食べられないものの確認などを伺いしたく……」

「確かめなくてもいい。適当に作れ」

「で、ですが……」

「うるさい。今忙しいのが見えないのか? あとにしてくれ」

「は、はい……」


 料理長が退室したあと、舌打ちする。

 サリアスは苛立っていた。


(クソッ、次から次に仕事が溜まっていく。イースがここにいれば……イースさえ……)


 イースは娯楽に耽ることなく、朝から晩まで公爵家の仕事を着実にこなし、弟の世話までしていた。彼女ほど美しく、便利な女はいなかった。サリアスが困れば困るほど、イースを逃したことが惜しく思えて仕方がない。


 すると、また扉がコンコンコン、とノックされた。


「次はなんだ!」


 そう怒鳴るように返せば、ゆっくりと押し開かれた扉からリアンヌが顔を覗かせた。


「今日もご機嫌斜めですの? サリアス様」

「リアンヌか」

「お忙しいようでしたら、また日を改めましょうか」

「いや、いい。ちょうど癒しがほしいと思っていたところだ」


 リアンヌは嬉しそうにこちらに駆け寄ってきた。

 サリアスは仕事の手を止めて、ソファにリアンヌと並んで座り、彼女の華奢な腰を抱き寄せる。甘えるように擦り寄ってくるリアンヌを、愛おしく思う。


「ねえ、サリアス様。わたくし、欲しいものがありますの」

「なんだ、また新しいアクセサリーか? それとも馬車か?」

「いいえ、これまでサリアス様にはたくさんのものを買っていただいたけれど、わたくしが一番欲しいものをいただきたくて」

「焦らすな。言ってみろ、なんでも用意してやろう」


 サリアスは彼女のかわいいおねだりに、めっぽう弱い。


「わたくしを……妻にしてくださいまし」

「!」


 その頼みに、思わず息を呑んでしまう。


「使用人の方々の噂を聞きましたの。離婚手続きが成立し、イース様とは夫婦でなくなったのですわよね」

「だ、だがまだ番契約が残っている」

「この国の法で、夫婦を証明するのは番契約ではなく戸籍でしょう? ですから、わたくしを……」

「だめだ」


 リアンヌのお願いを、冷たく撥ね除ける。妻としての役目を放棄し、無責任に逃げたイースをこのまま許すつもりはない。彼女は生涯、サリアスの番として従属するのがふさわしいのだ。


「なぜ、あの人にこだわるのです? わたくしを愛してくださっているのでしょう」

「ああ、もちろん愛している。だが、精霊の番を持つことは公爵家当主の威厳を示すために必要なことだ。それに、お前に公爵夫人の荷を背負わせたくない。苦労するぞ」

「――本当にそれだけですか?」

「え……」


 そのとき、リアンヌの瞳に鋭さが宿ったような気がした。


「あの人に執着する理由が別にあるように、わたくしには見えてなりません」


 彼女が意味ありげに呟いたそのとき、廊下からバタバタと足音が聞こえてきて、ノックもなしに、部下のひとりが執務室に入ってきた。

 リアンヌとの憩いの時間を邪魔されたサリアスは、苛立ちを込めて声を上げる。


「ノックをしろ!」

「申し訳ございません。旦那様に至急、お伝えしたいことが」

「なんだ」


 サリアスがギロリと騎士を睨みつけると、部下はわずかに圧倒されながら答えた。


「ザナルティア竜王国でイース様を発見いたしました」

「なんだと……!? どこで何をしていた? ちゃんと連れてきたんだろうな?」

「お、王都の住宅街で、弟と慎ましく暮らしているようです。ですが、お連れすることは叶いませんでした。どうやら――相当力のある後ろ盾がついているようなのです」


 騎士たちがイースを捕らえようとしたときに、黒いローブの謎の精鋭たちに、行く手を阻まれた。強行突破しようとしたが全く歯が立たず、命からがら逃げ帰ってきたのだと説明した。そして、家の周りにも常に監視がいて、近づくことができないという。


 それを聞いたサリアスは、ギリリ……と歯ぎしりする。


「その後ろ盾とやらが何者なのか、なんとしてでも調べろ。必ず連れ戻せ」

「お言葉ですが、旦那様……もう、ここで手を引かれては」

「何を言う」

「連れ戻したところで、ザナルティア竜王国との和平が成立すれば、再びイース様を番にすることは不可能です。離縁も成立している今、イース様をこの屋敷に留めておくことはできないでしょう。イース様も新しい生活を始めていらっしゃるようですし、このまま自由にして差し上げてはどうですか」


 幼いころから、精霊族を番にすることが人族の貴族の誇りだと教えられてきた。

 せっかく捕まえた自分だけの完璧な番を、みすみす逃すわけにはいかない。和平が成立する前に必ず連れ戻し、もう一度婚姻を結ぶのだ。それに――


「直接ザルティアに行きイースに会う。イースには、俺が必要なんだ。なぜなら精霊の血が濃いあいつは、俺から離れれば……」


 サリアスは地を這うような声で、呟いた。


「番契約によって――命を落とすから」


 まだ小さい弟がいて、彼女は死ぬわけにいかないはず。苦しくなれば必ずサリアスに縋ってくるだろう。

 サリアスの歪んだ表情と凄みに、騎士は圧倒されて委縮した。


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