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第八話 仮面の晩餐(後編):血の記録と焼けた真実


爆音が轟いたのは、迎賓館の東棟だった。

それは単なる事故ではなく――明らかな“陽動”だった。


「警備隊を回せ!」「犯人は内部にいる可能性が高い!」


混乱に乗じ、貴族たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、兵士たちは血相を変えて走り回る。

仮面は次々に外され、裏で結ばれていた秘密の人脈と交渉が白日の下に晒されていく。


(――今しかない)


レイ・ヴィオルは静かに、だが確かな歩調で館の奥へと向かっていた。

宰相の私室へ通じる特別通路。

そこに保管されている、“作戦記録”を手に入れるために。


「……まったく、死人のくせに足が速いのね」


振り返れば、リリス・アークラがついてきていた。

黒いドレスの裾をたくしあげ、宝石のような瞳に獰猛な興味を宿している。


「言っただろ。ついてくるなら命を懸けろと」


「もう賭けてるわ。“生き残る道”に」


ふとレイは、仮面越しにリリスの横顔を見た。

ただの貴族の令嬢とは思えない鋭さ。

その言葉と視線の奥には、“亡国の記録官”としての覚悟があった。


――彼女には彼女の戦いがある。

そう感じた瞬間だった。



エルン・ハルトの私室。

そこは王国随一の情報保管室でもあり、政略の中枢でもあった。


入り口には〈隠鴉〉の精鋭二人が立ちはだかっていたが、レイの手際は迅速だった。

影から放たれた無音の刃が、二人の喉元を正確に貫く。

声もなく倒れる兵士たちを避けて、レイとリリスは室内へと滑り込む。


「……ここが、宰相の“心臓”」


床から天井まで、書棚と保管箱に覆われた室内。

中央の鍵付きの保管棚――そこに、目的の“記録”があった。


リリスが手早く文書を確認し始める。

その手つきはまさに専門家のものだった。


「見て、これ……査定記録の改竄があるわ。あなたの名前、最初は“要特別保護”って書かれてた」


「それが“価値ゼロ”に?」


「そう。上層部の命令で、無理やり“処理対象”に改竄されてる。……理由は、“スキルの性質が危険すぎる”」


レイはその言葉に、唇を引き結んだ。


自分が育った孤児院、そこで与えられたスキル――

《影渡り》。

戦闘にも潜入にも役立つ便利なスキルとして訓練されてきたそれは、実は“古代の封印技術”に直結する鍵だった。


(つまり、俺は最初から――)


「国家が“都合が悪い”からって、処分したのね。技術も、記録も、人間も……」


リリスの言葉は、静かに震えていた。


その時だった。


「――ようやく見つけたわ。死神さん」


背後から、鋭く冷たい声。


振り返れば、黒衣の女――セリカ・グランメイル。

〈隠鴉〉の第二席。かつてレイと交戦した女。


だがその目は、どこか“迷い”を孕んでいた。


「あなたが狙っていたのは、“記録”だったのね」


「そうだ。そして今、それが手に入った」


レイが記録を掲げると、セリカの視線がわずかに揺れた。


「この記録には、王国が犯した罪がすべて刻まれている。俺たち孤児に与えられたスキルの正体も……その“処分”の命令者もな」


「……宰相、エルン・ハルト」


セリカは囁くように、その名を口にした。


「お前はどうする。奴の犬でい続けるのか。それとも……この腐った国を壊す側に立つか?」


レイの問いかけに、沈黙が流れた。


やがてセリカは、短剣を納めた。


「……答えは、すぐには出ない。でも、私も知りたい。何が“正義”だったのかを」


「なら、その目で見ていろ。“真実”ってやつをな」


レイは踵を返し、リリスと共に部屋を後にした。

背後でセリカは、誰にも聞こえぬよう小さく呟く。


「……やっぱり、あの時殺さなくて正解だったみたいね」



王城を抜けた二人は、朝焼けの中に立っていた。


リリスは記録の一部を革製のカバンに詰めながら、言った。


「この資料、全てを晒せば……王国は、終わる」


「終わらせるつもりはない。ただ、“腐った部分”を切り落とすだけだ」


「あなたって、本当に……死んだはずなのに、諦めが悪いのね」


レイは微かに笑った。


「死んだ奴にしかできないこともある。だから俺は、もう一度生きる。“名前”も、“価値”も、奪い返すためにな」


彼の言葉に、リリスは僅かに目を見開いた。


やがて彼女は、肩をすくめて答えた。


「……なら、私はあなたの“記録係”ってことにしておくわ。世界が滅ぶ時、その記録を書き残すのが私の役目だから」


影と炎が交差する王都の片隅で、

新たな“反逆”が静かに始まっていた。


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