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第七話 仮面の晩餐(前編):亡霊たちの宴

王都・アゼルバルグ。


かつての仲間に裏切られ、処刑されるはずだった男は、今や王都の闇に潜り、次なる一手を画策していた。


レイ・ヴィオルが目をつけたのは、王国宰相エルン・ハルトが主催する“仮面晩餐会”――

貴族や高官、外交官たちが集う一夜限りの社交の場である。


その裏で動く秘密取引、軍需交渉、諜報の密談。

表の煌びやかさとは裏腹に、そこは“毒の市場”とも言える舞台だった。



「この名前で登録してある。死んだ北方貴族の名を使え」


レイに手渡されたのは、金細工の仮面と偽造された招待状。

旧知の情報屋アルベールが、命懸けで掘り出してきた一品だ。


「“シグルド・クラウゼン”。十年前に戦死した将軍。顔も知られてない、都合のいい亡霊だ」


「上等だ。死人の名で地獄を歩くにはちょうどいい」


レイは仮面を手に取り、微かに笑った。


「気をつけろよ、あの場にゃ化け物が揃ってる。……中には“〈隠鴉〉の女”もな」


「……セリカ・グランメイル、か」


先日の地下通路での交戦。

あの時、彼女が見せた“疑い”――それが未だに、レイの胸に残っていた。


(宰相の飼い犬にも、心は残っているのか?)


だが、今はそれを確かめている暇はない。

奴の私室に残る“記録”の存在が、晩餐会当日に移送されるという噂を掴んでいた。


そしてその記録には、かつて自分が見せられた“価値ゼロ”という査定の裏付けがあるかもしれない。


レイは今、己の過去とスキルの真相を追っている。

その先に、復讐の牙があるのなら――迷いはない。



晩餐会の夜。


王城別棟にある迎賓館。

照明は燭台と宝石の光で彩られ、客人たちは仮面をつけて優雅に笑っていた。


その中央、踊る男女の間をすり抜けながら、レイはゆっくりと歩いた。

仮面越しの視線が彼を探っている。誰が敵で、誰が味方か――分からない。


だが、その緊張こそが、今の彼の糧だった。


「ようこそ、クラウゼン卿。北の戦神のお噂、かねがね」


「恐縮です、閣下。死人の名に箔がついたようで」


微笑を交わすレイの前に、豪奢な白髪の男が現れる。

王国宰相・エルン・ハルト。

その顔には仮面がない。堂々と、自らを“晒す者”の余裕。


「このような場に仮面は不要。私は“見られてこそ価値がある”と考えるのでね」


(相変わらずの傲慢ぶりだな……)


レイは言葉を飲み込み、グラスを掲げた。

そして宰相の周囲を一周するようにして、人々の顔を確認していく。


その時、不意に視界の隅で“違和感”が生まれる。


――黒いドレス、漆黒の仮面。


「あなた、“死んだはず”の人でしょ?」


小さく、囁くような声。

その声に、レイの背筋が一瞬だけ緊張した。


振り返ると、そこには十代後半とおぼしき少女が立っていた。

背筋は真っ直ぐで、仕草は洗練されている。だが、その瞳には冷たい観察者の光がある。


「私の名は《リリス・アークラ》。……“記録を継ぐ家系”の者よ」


彼女は懐から、小さな本を取り出す。

表紙には不思議な紋章と、古語で綴られた一文。


「“影を操る者は、世界を裂く”。この書には、失われた“スキルの起源”が記されている」


レイの手が自然と伸びる。

彼女は抵抗せず、それを彼の手に渡す。


「このスキル――あなたの“影渡り”は、ただの隠密技術じゃない。“旧き世界の門”を開く、鍵になる」


その言葉に、レイの表情がわずかに変わった。


(……この女、どこまで知っている?)


「私たちは知っている。あなたのスキルが“ゼロ”とされた理由も、それを決定した“王国上層”の恐怖も」


彼女の目には、敵意と好奇心が混ざっていた。

そして、それ以上に“確かめたい”という意志があった。


「だから私は、あなたに同行する。あなたの進む先に、“この世界の真実”がある気がするから」



その時――館の奥から、爆音が響いた。


悲鳴と混乱。仮面の下の素顔が、驚愕に染まる。


(始まったか。……“別の計画”が)


レイは少女に背を向け、言い残した。


「なら、ついてこい。……命を懸ける覚悟があるならな」


「ええ、死にたくてここに来たわけじゃない」


“仮面の晩餐”は、狂乱の舞台へと姿を変えた。

亡霊の宴に、再び血が流れる時――

レイ・ヴィオルの影が、王国の真実を裂き始める。


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