表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/16

第四話 森の主

黒の森――その名のとおり、昼でも陽が差さぬ密林の奥。


 空気は湿って重く、木々はねじれ、腐臭と鉄の匂いが混ざり合っていた。

 レイは鼻をつまむこともせず、ただ無言で木々をかき分けていく。

 数日かけて調べた地形とルゥの助言をもとに、彼は“主”が棲むとされる領域を目指していた。


「まるで、戦場跡みたいだな……」


 足元に転がる、折れた剣。朽ちた鎧。裂けた布――どれも、相当に古いものだった。

 だが、それらの間を歩くと、確かに感じる。生ぬるく、這い寄るような“何か”の気配を。


 ふと、木の幹に何かが刻まれているのに気づいた。

 それは古い言葉で綴られた碑文――いや、“祈り”だった。


『ここに捧ぐ。王に従いし忠誠の魂、咎を負わされし英雄の無念』


 レイは黙ってそれをなぞる。


(……同じだ。裏切られ、捨てられた。なら、きっと話が通じる)


 しかし、その希望は――甘かった。



「――なぜ、ここに来た」


 声がした。

 雷鳴のように低く、朽ちた甲冑が擦れる音と共に。


 その男は、いや、“それ”は、木の根元に座していた。

 ボロボロのマント。片方の腕を失った鎧。顔はフードの奥に隠れ、かすかに光る片目だけが見えた。


 だが、ただの生き残りではない。

 その身から放たれる威圧感は、レイが騎士団で感じたどんな上官よりも強く、深く――そして、狂っていた。


「……俺は、お前と話がしたい。かつて王に仕え、捨てられた者として」


 レイは手を剣に添えることなく、言葉だけで伝えた。


「俺は――レイ・ヴィオル。王国に裏切られ、殺されかけた。だから今、力を求めている。お前が持つ“王国に抗う術”を」


「……ヴィオル……か」


 その名に、微かに反応があった。

 “主”は立ち上がり、重たい一歩を踏み出した。


「ならば、与えよう。“力”を。――ただし」


 その声が冷たく沈む。


「お前が“俺と同じ”になれるなら、だ」


 直後、レイの視界が歪んだ。


 霧。血の臭い。焼け焦げた人肉の匂い――幻影。いや、“記憶”だ。



 見知らぬ城砦。

 兵士たちの断末魔。泣き叫ぶ女たち。焼ける書類。

 すべてが混ざり合った地獄のような光景の中、“主”――かつての名は“ガイル・クレイン”は立っていた。


「撤退命令など、下していない。お前が勝手に城を明け渡したのだ!」


「違う……俺は、命令を受けた。王からの直命で、ここを――」


「ガイル卿、あなたが城を売ったという文が、すでに王都に届いています」


「待て、それは罠だ! 俺は、俺は忠義を尽くして……!」


 だが、耳を貸す者はいなかった。

 彼は“裏切り者”として処刑される直前、隙を突いて脱走し、黒の森へと逃れた――


 その記憶の残滓が、レイの意識に流れ込んでくる。


「くっ……!」


 膝をつき、息を荒げるレイに、“主”――ガイルが歩み寄る。


「これが、俺の“真実”だ。そして、王国に抗うというのはこういうことだ。孤独に、誤解され、呪われ、喰らい、喰らわれる」


 彼の指先がレイの胸に触れた瞬間――黒い魔力が流れ込んできた。


 苦痛。焼けるような痛み。だがそれは、拒絶ではなかった。


「お前の魂は、まだ人間だ。だが、その中にある“怒り”は……俺に似ている」


「……だから……俺は、お前と違って、“戻る”」


 レイはゆっくりと立ち上がった。


「同じように裏切られたとしても、俺は諦めない。“正しいもの”を証明するために……戻って、叩き潰す。俺を捨てた王国も、裏切った仲間も、全部だ」


 その言葉に、主は黙ったまま、わずかに顔を上げた。


 そして――笑った。


 歪んだ、ひび割れたような笑みだったが、そこにはほんの僅かに、かつての“騎士”の影があった。


「……そうか。ならば、最後の忠告をくれてやる」


 彼は懐から何かを取り出し、レイに投げ渡した。

 それは、王国軍の極秘印章が押された古びた文書だった。


「“黒槍”作戦――それがお前を嵌めた全ての始まりだ。真実を知りたければ、それを持って王都に潜れ」


「“黒槍”……?」


 だが詳しく聞く間もなく、“主”の姿は霧の中に消えていた。



 その夜、レイは森の縁に戻り、ルゥの小屋で火を焚いた。

 彼の手には、重たい文書。そして胸には、うごめく黒い力。


「……ただの人間には、もう戻れないかもな」


「でも、前より顔がスッキリしてる。何か吹っ切れた?」


「ああ。“敵”がはっきりした。それだけで、随分と楽になるもんだな」


 ルゥは眉をひそめた。


「じゃあ、次は……?」


「決まってる。王都に潜り込む。そして、“黒槍”の正体を暴く」


 再起の牙は、確かに研がれつつある。


 その裏で、王都では“影狩り部隊”が森へ向けて進軍を始めていた――



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ