プロローグ
暗い雲が大陸を覆い、雷鳴が遠くで轟いていた。ヴァルデア大陸、かつての栄光を誇った王国――エレア王国の首都、エルミリア。この地を、すべての支配者たちが恐れ、尊敬し、求めた。しかし今、その王城は無惨に焼け落ち、崩れかけた壁と瓦礫の中に、わずかに残る王国の名残が見え隠れしていた。
その真ん中で、一人の少年が立っていた。
レイ・アルクシア。かつては王国の勇者として名を馳せ、多くの戦いで名を上げた青年。しかし、今やその名前は裏切り者として記憶され、王国の人々に背を向けられ、命を狙われる存在となった。
「レイ、お前はもう用済みだ。」
カイン・デルムントの冷徹な声が、空気を切り裂いた。レイのかつての親友、戦友であり、共に数多の戦場を駆け抜けた者。それが、今や彼に対してこの言葉を吐く。彼の手には、かつてレイと共に交わした誓いの証である剣が握られている。
その剣を、今はレイに向けて振り下ろすために。
レイは冷たい目でその言葉を受け止め、軽く吐息を漏らした。かつての仲間の裏切りに、もはや驚きの感情はなかった。心の奥底で感じるのは、ただ一つの冷徹な思い――「すべてを壊し、全てを取り戻す」ことだけだった。
「……そうか。」
彼はひとりごちるように呟いた。その言葉には、怒りも悲しみもない。ただの事実として、冷たく吐き出された言葉だった。
「だが、覚えておけ。裏切りの代償は、必ず払うことになる。」
その言葉に、カインは微動だにしない。
背後には、王国を取り仕切る者たちが立ち、レイを討つべく動き出している。彼の無力さを示すように、レイの周囲には数えきれないほどの兵士が囲み、彼を追い詰めていた。
だが、レイは動かない。
ただ、静かに立ち尽くし、すべてを見つめている。
彼の内面には、もう怖れも躊躇もない。
数々の裏切りや理不尽な仕打ちが、彼を強くさせた。
そして、今やその強さは復讐の力となり、彼を支配していた。
かつて、王国の人々から「英雄」と呼ばれた少年は、今、裏切り者としてその名を知られている。
彼が王国の戦士として戦っていた頃、アリエルやカインと共に夢見ていた未来は、すでに崩れ去った。王国の裏側には腐敗と陰謀が渦巻き、彼の英雄としての栄光も、いつの間にか無に帰した。
「裏切り者……」
カインが冷ややかに言い放った。
「だが、レイ、お前は最後まで役に立たなかったな。」
その言葉に、レイは何も答えない。ただ、深い息をつき、静かに背を向ける。その背中には、かつての仲間たちの期待を裏切った自責の念と、今後どうすべきかという決意が宿っていた。
だが、今、この瞬間。
レイは一切の迷いなく、歩き出した。
彼が進む先には、王国の軍勢が待ち受けている。しかし、その足取りは揺るがなかった。
兵士たちが放つ矢や魔法の衝撃が、彼の体を何度も貫こうとしたが、レイはそれらを一切意に介さず、ただ前に進んだ。
その目には、ただひたすらに前進する力強い意志が宿っていた。
すべてを壊し、奪われたものを取り戻すために――
レイは歩み続ける。
一歩一歩、冷徹に、確実に。
その先に待っているのは、何もかもを失った世界で彼が再び築く新たな未来。それは、復讐と正義の名の下で、誰にも縛られない「自由」の世界だ。
だが、レイが手にした力には代償が伴っていた。
彼が進む先には、数多の苦しみや痛みが待ち受けているだろう。しかし、それでも彼は選ぶ。
「全てを変えるために。」
「物語はここから始まる。」
裏切り、搾取、そしてすべてを奪われた者が、いかにしてその手で世界を変えていくのか。
レイ・アルクシアの運命は、今、動き出した。