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ep.1-3・皇都を出て(3)

「ふぅ」

 セレスティナが息をつく。


「疲れたか?」

「ええ、少し。……ですがこれくらいは問題にもなりませんわ」

「そうか」

 ディートヴェルデが返すと、セレスティナが不思議そうな顔でディートヴェルデを見つめる。


「何だ」

「いえ、素直に驚いておりましたの。貴方がそんな気遣いのできる方だったなんて」


「……」

 ディートヴェルデは閉口した。


 ディートヴェルデだって紳士の端くれだ。女性を気遣うのは当然だと思っている。

 それをセレスティナが意外そうに言うものだから、どう返せばいいのか分からなかった。


 セレスティナは続ける。

「学院ではほとんど誰とも話していなかったでしょう? 困っている女学生がいても手助けをする様子すらありませんでしたし。てっきり他人には無関心なのだと思っていましたわ」


 セレスティナの言うことにも一理ある。だがディートヴェルデが他人と関わらないのには理由があった。


「それは……まあ……相手に嫌がられることもあるからだな。下手に女学生と接触をすると、その婚約者から目をつけられるし、女学生本人から“田舎貴族の手を借りるなんて”と拒否されることもある。後々面倒になるよりは、最初からある程度距離を取っていた方が楽だろ? それだけ。決して他人を嫌ってたとか、そういうのは無いよ」


「あら、そうでしたの」

 セレスティナが微笑む。


 何か続けるべきか、とディートヴェルデが口を開こうとしたその時、コンコン……とノックの音が響いた。


「お入りなさい」

 セレスティナの返事を待って、ドアが開いた。従業員がワゴンを押しながら入ってくる。


 テーブルの上にティーセットが並べられ、さらに皿が添えられた。


 注文していないはずだが……と、ディートヴェルデが首を傾げる一方で、セレスティナは当然のように受け入れる。


 鏡のように磨かれた銀皿の上には小さなケーキと果物が載っていた。

 まだ午前中ということもあってかサンドイッチやスコーンのような重たいものは提供されないようだ。


「いただきましょう」

 そう言うセレスティナに倣い、ディートヴェルデもフォークを手に取る——前に手を合わせた。

「いただきます」


 ディートヴェルデの仕草に、セレスティナが怪訝そうな顔をした。


 それも仕方あるまい。

 大陸でもあまり一般的でない習慣だ。元は極東から伝わったもので、隣国である紫宸龍宮では比較的よく根付いているらしい。


「食前の祈りみたいなものだ」

「随分と敬虔(けいけん)なのね」

「別に神々に捧げるものでもないよ。どちらかと言えば食材とか、生産に関わった人や調理した人……こちらの口に入るまでに関わったものへの感謝を表すものだ」


 ディートヴェルデの言葉に、セレスティナは「ふぅん……」と興味深そうに相槌を打った。

 それから、ディートヴェルデがしたように手を合わせ「いただきます」と口にする。


「確かに悪くない習慣ですわね。貴方のところではこれが当たり前ですの?」

「少なくとも家ではやってる……いつからの習慣化は知らないが」

「あら、そう……」


 セレスティナはフォークを手にして、サクリと果物に突き立てる。


 みずみずしい桃だ。

 確かにこの頃が旬だろうが、音を立てるほど未だ硬いことにディートヴェルデは眉をひそめる。


 自分でも食べてみるが、やはり物足りない。

 別に悪くない食べ方ではあるが、桃の良さを活かしきれていない。


 ディートヴェルデが考え込んでいると、セレスティナが気遣わしげな視線を向けた。

「どうしましたの? 桃は嫌いだったかしら?」


「いや、そんなことはない。ただもう少し甘味が強い方が好きだなと思っただけだ。あと食感も少し硬すぎる。それに香りも弱いな。もう少し日を置いてからの方が良かったかもしれない。桃は足が早いし、柔らかくなると皮が剥き難いというのも分かるが……」

 ついそんなことを口にして、しまった、と後悔した。


 案の定、セレスティナはなんとも言い難い表情を浮かべている。


「えーと……」

 少し逡巡した様子を見せて、セレスティナがふふと噴き出す。


「貴方は本当に貴族らしくありませんのね」

「……悪かったな」

「いいえ、悪いとは言いませんわ。むしろ好ましいくらい。違いの分かる殿方というのは好感を持てますもの」


 セレスティナは上品に微笑み、紅茶を口に運ぶ。

「貴方ならこの茶葉をどう評価するのかしら」

 挑戦するような視線に、ディートヴェルデは肩をすくめる。

「俺に茶葉の良し悪しなんて、それほど分からないよ。……分かるとしたら、この茶葉の産地は、シュヴィルニャ地方と大森林の国境、北風高原かなってことくらいだ」


「あら、ご名答」

 セレスティナは瞠目(どうもく)した。


「さすが、と言うべきなのかしら。そこまで見抜けるとは思いませんでしたわ」

「伊達に田舎者してないんでね。“皇国の食糧庫”を預かってる以上、それなりに勉強してるつもりだ」


「それは頼もしいですわ。あなたが何かお作りになるときは、ぜひわたくしたちの商会に卸してくださいね」

 蠱惑的な笑みを浮かべているのにお誘いの内容が商売絡みなことにディートヴェルデは苦笑した。やはり彼女は根っからの商人なのかもしれない。


 ディートヴェルデは曖昧な笑みを返して、サクリと桃にフォークを突き立てる。


 未だ硬く甘さも足りないそれを口にしながら、旬の崩れそうなほど熟れた桃を食べさせたら、セレスティナはどんな反応をするだろうか、なんてことを考えていた。

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