ep.14-3・人生で最高のパーティー(婚約編最終回)
しかしながらここはただのビュッフェ会場ではない。
あくまでパーティー会場であり、中央に広く空間がとられていることからも分かるとおり、舞踏会の会場でもある。
美味しい食事の後にダンスで腹ごなし。そしてまた甘くて美味しいデザートを食べる。
そんなコンセプトで作り上げたのが、このパーティーだ。
ディートヴェルデとセレスティナは庭園の中心からぐるりと招待客たちを見渡した。
舞踏会においてファースト・ダンスを踊るのは主役の務めである。
ディートヴェルデとセレスティナはお互いに向かい合った。
打ち合わせ通りなら音楽の始まりとともに踊り始める手筈だが、なかなか音楽が始まらない。
少しばかり焦りを見せ始めたセレスティナに微笑みかけ、ディートヴェルデはすっと両手を持ち上げた。
すると彼の手の中で植物の種が芽吹き、生長し、青々とした葉を伴って、蔓を絡ませながら環を作る。
はっと息をのむセレスティナの目の前で、次々と白い花が咲いた。
折り重なる半八重の白い花弁、中心に息づく黄金色からはレモンのような爽やかな芳香が立ち昇る……それは薔薇だ。
世間で取り沙汰されるような華やかで豪奢な薔薇とは違うけれど、古くから愛されてきたアンティークを思わせる懐古的な気品と素朴な内に秘めた凛とした気高さを持つオールドローズである。
美を司る女神でもある氷冷神カルマルクトを讃える絵画に描かれたこともあるその薔薇は、セレスティナの一番好きな花だった。
立派な花冠となった蔓薔薇を、ディートヴェルデはそっとセレスティナの頭にのせた。
すると、セレスティナのドレスの裾からしゅるるる……と植物の蔓が伸びて、花冠と同じ白い花がドレスをよりいっそう華やかに彩る。
「えっ」
ディートヴェルデは目を丸くしてセレスティナのドレスを見下ろした。
ターコイズグリーン一色のドレスに、青みがかった葉を茂らせる蔓が絡みついて新たな模様を生み出し、白い半八重の薔薇の花がまるで元からあった装飾かのように咲いていた。
セレスティナは感極まったように頬を赤らめ、潤んだ瞳でディートヴェルデを見上げているが、残念ながらドレスの方はディートヴェルデの魔法ではない。
動揺を押し隠しつつ視線を巡らせると、会場の片隅で兄ジークハルトが実にいい笑顔で親指を立てていた。
なるほど彼の犯行だったようだ。
宮廷庭師ならこれくらいの超絶技巧を成し遂げてもおかしくはない。
ディートヴェルデは咳払いして気を取り直し、セレスティナに手を差し出した。
「踊ってくれますか?」
「ええ、もちろんよ」
音楽が始まるのと同時に二人の足が軽いステップを踏み出した。
目の前で起きたセレスティナの“変身”を目にして、ディートヴェルデの従姉妹であるアイルトルードとイルムトルードは「きゃーっ」と歓声をあげてお互いに抱き合った。
「ねえ、見ましたか姉さま! お花が、お花がぱぁって……!」
「ええ、しっかり目にしましてよ。まるで御伽噺みたいでしたわ」
「やはりセレスティナお姉様はプリンセスでしたのね」
この姉妹、セレスティナのことをしれっと『お姉様』と呼んでいた。
「ああ、けれどディート従兄様の演出も憎くてよ。好きな殿方からの花冠……素敵ですわ」
「ドレスはきっとジーク従兄様ね。好いた女性のために助力を乞うなんて……やはりご兄弟仲睦まじくて素敵ですわ」
ああでもない、こうでもないと囀りつつ、アイルトルードとイルムトルードはうっとりと主役の二人を見つめる。
「わたくし、あのお二人の親衛騎士になりたいわ」
「奇遇ですわね、お姉様。わたくしも同じ気持ちでしたの」
親衛隊結成の瞬間であった。
1、2、3、1、2、3……。
リズムを頭に刻みつつ、覚束ないながらも足を運ぶ。
ディートヴェルデはダンスがあまり得意ではない。
デビュタント迎えた当時からそうだが、あまりダンスに誘われないし、学院にいた頃も婚約者どころか特定のパートナーすら作らなかったので経験が圧倒的に少ないのだ。
とはいえ日々鍬や斧を振るってきた甲斐あってか、体幹は鍛えられているし、自然豊かな辺境を遊び回った子供時代のおかげで運動神経も悪くない。
おぼろげながら覚えていた基礎と持ち前のセンスで、なんとかそれなりに踊れているようなものである。
一方でセレスティナは数多の舞踏会を渡り歩いてきた社交界の華。
ダンスは体に染み付くほど踊り慣れている。
なのでディートヴェルデがダンスに慣れていないことをあっさり見抜くと、積極的に寄り添うような振り付けの陰で彼をリードし、時にはさりげなく支えて、優雅にダンスを踊った。
そんなセレスティナの気遣いが嬉しくもあり、少し気恥ずかしいような気持ちもして、ディートヴェルデはこそばゆい気持ちになる。
しかしそんな気遣いを無下にするような変なプライドはディートヴェルデに無いし、むしろ女性側から積極的にリードする振り付けは自然と体と体の距離が縮まってくるので役得だとさえ思っている。
夢中になっていて気付かなかったが、いつの間にか音楽は2曲目に入っていたらしい。周囲にも踊りだす人々が増えていた。
そんな周囲に目もくれず、くるり、くるりと踊りながらディートヴェルデとセレスティナは思わず笑みをこぼしていた。
「わたくしたち、お互いに夢中過ぎではなくて?」
「俺はダンスについていくので精一杯だよ」
「嘘おっしゃい。ずっとわたくしを見ているくせに」
ディートヴェルデは手を伸ばし、セレスティナがふわりとドレスの裾を広げながらターンをする。
短く刈り込まれた芝は仕立てのいい絨毯のようにステップを受け止め、燦々と降り注ぐ太陽の光はシャンデリアよりも明るく、清々しい空気はデザートの甘い匂いと心地よい音楽と一緒に人々を優しく包み込んでいる。
再び向かい合い、1、2、3……とステップを踏みながらセレスティナはディートヴェルデの胸に寄り添った。
「ねぇ、ディート」
「どうした?」
足を踏まないよう最新の注意を払いつつ、ディートヴェルデは軽く首を傾げる。
セレスティナはそんなディートヴェルデの体を振り回すようにターンをして、悪戯っぽく笑った。
「わたくし、こんなに楽しいパーティー初めてかもしれないわ」
ディートヴェルデはぱちくりと目を瞬かせる。
セレスティナは公爵令嬢で、社交界の華だ。皇城の大広間で開かれた舞踏会にだって何度も行っているのに、こんな辺境伯領のガーデンパーティーが一番楽しいだなんて……!
なんだか嬉しさと、他にも説明のつかない感情が込み上げてきて、ディートヴェルデはにやけそうな顔を必死に取り繕い、なんとか言葉を絞り出す。
「俺も、こんなに楽しいパーティーは初めてかも」
これまでのパーティーは壁のシミみたいに過ごしていたから楽しくなかった。誕生日パーティーはちょっとした晩餐会だけしかなかった。
パーティーなんて楽しくないものだと思い込んでいたディートヴェルデにとって、この婚約披露パーティーはすごくドキドキするものだったのだ。
自分で企画して、主役になって、こうしてパートナーと踊って……初めて楽しく過ごせたパーティーだと言っても過言ではない。
「変なことを言ってもいいかしら」
セレスティナがそんなことを言い出す。
「なに?」
ディートヴェルデが訊ねると、セレスティナはとびきりの笑顔で答えた。
「わたくし、もう結婚式が楽しみでたまりませんの!」
それを聞いてディートヴェルデは思わず大口を開けて笑ってしまった。
「俺も!」
『婚約編』終
全48話(説明回含めると全49話)と続けてきたシリーズですが、
ここまでのお話を『婚約編』として
一度完結とさせていただこうと思います。
しばらくお時間をいただき、
結婚式に向けての二人のお話や
そんな二人に訪れる様々なトラブル、
そしてその後も書いていく所存です。
どれだけおまたせするか未定ですが、どうぞ楽しみに待っていただけると幸いです。
お読みいただきありがとうございました!
続きをお楽しみにしてください。




