ep.9-1・ドレスは淑女にとっての鎧である
「あらあら、まあまあ、やっぱりセレスティナさんは何でも似合うわねぇ……!」
辺境伯夫人ミレーヌは、着替えたセレスティナを眺めてうっとりとした様子で言った。
セレスティナがまとうのは鮮やかなブルーのドレスだ。
ビスチェの胸元からウエストの切り返しまで金色の刺繍で飾られ、スカートは控えめに膨らみを持たせつつフリルの縁取りの他は装飾をせずシンプルに。ドレスの上からレースのボレロを羽織ることで肩周りをカバーしながら清楚な雰囲気を作っている。
きっと青色の宝石を合わせたらよく似合うことだろう。
だがセレスティナは思案げに答える。
「けれどお義母さま……これではまるで皇族のようです。せっかく辺境伯家に迎えていただくのですもの。もっと緑色に寄せるのはいかがでしょう?」
そう、青色はソルモンテーユ皇国を象徴する色。すなわち皇族のカラーになる。
皇都の貴族が青色をまとうことも決して珍しくはないが、濃く鮮やかなロイヤルブルーは避けられる傾向にある。
皇太子の婚約者だった頃のセレスティナが着るのは問題ないだろう。だが、婚約破棄された今、こんなにも鮮やかな青色をまとうのはあまりよろしくない。もしかすると未だ皇太子に未練があると思われるかもしれない。
流石にそれは嫌だ。
ミレーヌは「そうねぇ……」と少し考え、それからクローゼットの前に控えていたメイドたちの方へ振り返る。
「次を用意してちょうだい」
二着目のドレスは淡いアクアマリンカラーのドレスだ。
レースで縁取られたパステルカラーのスカートが何層にも重なったプリンセスラインのドレスで、たっぷりとしたフリルが足元を飾っている。袖は丸く可愛らしいパフスリーブが花の蕾のように肩を包んでいる。
華やかで女の子らしいデザインだが、なんだか子供っぽい雰囲気が拭えない。
どちらかといえば凛々しい顔立ちのセレスティナには、あまり似合わない。
「……他の物も見てみましょうか」
ミレーヌは即決し、再びセレスティナをクローゼットに送り込んだ。
3着目は青色と緑色が程よく混ざったターコイズグリーンのドレスだ。
ビスチェの胸元やスカートの裾に金糸で絡み合う蔓薔薇の文様が刺繍され、たっぷりと布地をたくわえて作ったフリルを何層にも重ねたスカートは綺麗なベルラインを描いている。むき出しの肩やデコルテは精緻なレース細工で覆われ、手首まで柔らかく それでいてぴったりと包むような袖を作っていた。
この色なら皇国貴族の品格を失わず、辺境伯家に迎え入れられているというアピールもできる。
さらに言えば、露出を抑えて清楚な印象に仕上げることで、世間に流布した悪女のイメージを払拭しようという狙いもある。
刺繍以外にドレスそれ自体の模様はほとんどなく、いささか地味な印象も受けるが、セレスティナの華やかな美貌のおかげか、いっそ上品に見える。
それに装飾なんて後で足せるのだ。宝飾品や化粧をすればまた変わってもくるだろう。
「まぁ、素敵……! ドレスはこれにしましょう! 次は靴とアクセサリーねぇ。何が似合うかしらぁ」
ミレーヌは嬉々として自身の所有しているジュエリーチェストを開けて回る。
「せっかくディートくんと並ぶんだからぁ、やっぱりエメラルドは必須よねぇ。それにセレスティナさんはせっかく綺麗な金髪なのだからベースはゴールドがいいかしらぁ」
そう言いつつ、メイドの差し出す銀盆に並べ始める。やがてトレイから溢れ出しそうな量を取り出すと、今にも踊り出しそうな足取りでセレスティナに歩み寄った。
銀盆に並べられた宝飾品は、どれもこれも一級品。生半可な年数では語れなさそうなアンティークから最新と言えないまでも流行りのデザインまで様々だ。
ミレーヌの言うとおり用意されたアクセサリーはエメラルドを戴くものばかりだった。ダイヤモンドの輝きも霞むほど大きく純度の高いエメラルドもあれば、インクルージョンこそ魅力であると言わんばかりに個性的なカットを施したものもあり、ありとあらゆるエメラルドを集めたのではないかと思うほど。
「セレスティナさんならやっぱり大粒の宝石が似合うんじゃないかしらぁ。これなんかとても素敵よぉ」
ミレーヌがつまみ上げたのは、イヤリングだ。ドロップ型にカットされた大粒のエメラルドが目を引く。金細工の蔦がくるりと縁取り、一見そうとは分からないように宝石を支えていた。角度によっては浮遊して見えることだろう。
どうやら一揃えのアクセサリーだったらしく、同様のデザインのペンダントも渡される。
ペンダントトップには、イヤリングのそれより大きなエメラルドが輝いている。これもドロップカットを施されており、周りを縁取る金細工の蔦も小さなダイヤモンドの花を咲かせ、エメラルドの輝きをさらに際立たせていた。
「ああ……本当に素敵……! わたしが見込んだだけはあるわぁ!」
ミレーヌは興奮気味に呟き、それからうっとりとした眼差しをセレスティナに向ける。
「うふふ……セレスティナさんがあまりに綺麗だから、ディートくんがすっかり霞んじゃうかもしれないわねぇ」
「それは困ります。婚約はディートが居てこそのものなのに……」
「まあ、嬉しいことを言ってくれるのねぇ。でも大丈夫、婚約式の主役はあなた。あの子は添え物のパセリくらいでちょうどいいのよぉ」
添え物のパセリという例えに思わずセレスティナは笑ってしまった。
「でしたら、わたくしは何になるのでしょう?」
そう訊ねると、ミレーヌは少し考え込んだ後にぽろりとこぼす。
「鴨のコンフィ、とか?」
鴨のコンフィはソルモンテーユ皇国でもメジャーな料理だ。肉質がぎゅっと詰まった鴨肉を低温の油で煮込んで作る。もともとは保存食として作られていたが、現在では半ば珍味のような扱いだ。
「まあ、お義母様ったら……わたくしは葱なんて背負っておりませんわ」
「とんでもない! 鴨が葱を背負って来るどころの話じゃないわぁ。世界樹の苗を背負ってきたようなものよぉ。それだけの価値があるの、あなたには」
「お義母様……」
ミレーヌの例えは独特だ。
さすがに世界樹の苗を背負った鴨をコンフィにはしないだろうが、それだけセレスティナの価値を認めている証拠だと思えば悪い気はしない。
「でもタルタルステーキも悪くはないかしらねぇ」
ミレーヌがまたそんなことを言うので、セレスティナは思わず苦笑する。もしかしたらミレーヌはお腹が空いているのだろうか。
タルタルステーキは牛肉もしくは馬肉を粗みじん切りにして、玉ねぎ、にんにく、ピクルス、ケッパーを添え、卵黄を落とした料理だ。焼いていないハンバーグの種が最もイメージしやすいかもしれない。
ただし生で食べるので肉は必ず新鮮でないといけないという制約もあり、なかなかお目にかかれない料理のひとつだ。
「鮮やかな黄金色が乗っていますもの。それに塩と胡椒だけでも味が引き立つのに、玉ねぎやケッパーを添えると更に美味しさが引き立つのがあなたのようで……」
歌うように言いながらミレーヌはそっと口元をハンカチで拭った。想像しただけでよだれが垂れたに違いない。
「奥様……」
じとっとメイド長がミレーヌをにらみつける。
食事の方に気を取られていたミレーヌはハッと我に帰った。
「ごめんなさい、セレスティナさん……あなたのドレスを選んでる途中だというのにわたしときたら……!」
「もうすぐ晩餐の時間ですものね。わたくしも楽しみです」
今夜の晩餐会にはパペトゥリ伯をはじめとした皇都からの使者も招かれる。セレスティナが辺境伯家で采配を振るう初めての晩餐会だ。
海岸線から離れているため、ビスクやブイヤベースのような海の幸を使った料理は提供できないが、辺境伯領自慢の野菜や肉を使った料理を出す予定だ。
セレスティナの思うに、自家製ソーセージとほくほくのじゃがいもを使ったポトフや野菜たっぷりのラタトゥイユ、それと特上な肉質の牛肉の赤ワイン煮込みなんかは皇都の宮廷貴族にも気に入ってもらえるのではないだろうか。
「さあ、着替えたら支度をしましょうか」
「はい、お義母様」




