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ep.8-2・騒動の末路(2)


「イロハは……いえ、“青の神子”はご無事かしら?」


 セレスティナが青の神子の心配をしたことに、ディートヴェルデは驚いた。


 “青の神子”——イロハ・イチノセはこの婚約破棄騒ぎの元凶のはずだ。


 セレスティナという婚約者が居ながら、皇太子は“青の神子”を愛した。

 その愛を(おおやけ)のものとし、“青の神子”と結婚しようと画策した結果があの騒動だ。


 セレスティナからすれば、婚約者を略奪されたようなものなのに、どうして心配する必要があるのか。

 ディートヴェルデにとっては疑問でしかない。


 しかしセレスティナの態度は、(かたき)に対するそれではなく、むしろ親しい友人を想うような憂慮に満ちていた。


「ええ、もちろん無事ですよ」


 アンリの返事を聞いて、セレスティナは安心したのか、ほっと詰めていた息を吐き出した。

「良かった……」


 それから、怪訝(けげん)そうな顔をしているディートヴェルデに気付き、真実を明かす。


「ディートは知らなかったでしょうけど、青の神子は……イロハは、殿下との結婚なんてちっとも望んでいませんでしたのよ」


「はあ?」


 これは予想外だった。


 “青の神子”イロハはいつも皇太子とその取り巻きに囲まれていた。


 美少女一人に皇太子と高位貴族の子息が四人……見方によっては逆ハーレムを築いていると捉えられるだろう。


 だがセレスティナは違うのだと話す。


「イロハは、殿下に一方的に言い寄られていましたの。あの子は拒んでいたにも関わらず、あの綿飴(わたあめ)頭は自分の取り巻きまで使って囲い込んで……おかげであの子は友人を作ることもままならなくて孤立してしまいましたわ」


 ディートヴェルデがちらりとアンリに視線を向けると、アンリは深く頷いて肯定する。


 どうやらセレスティナの言葉は事実らしい。


「僕からもやめるように進言しましたが、それでも殿下はイロハに付きまとうのをやめませんでした。しかも殿下を(いさ)めるべき立場のブリュノールやトリスタンまで本気になるし、もしかしたらヴィクトワールも……」 

 アンリの言葉はどんどん恨み節に変わっていく。


 その流れを断ち切るようにセレスティナか言葉を重ねた。


「イロハは優しくて頭の良い娘でしたわ。だから強く言わなかったのに、それを良いことに殿下たちはやりたい放題なさっていましたのよ」


「そう……だった、のか」

 本当に自分は何も知らなかったのだとディートヴェルデは愕然とする。


 二人の話を聞くまで、ディートヴェルデの認識はおおよそ大衆と同じくらいの解像度しかなかった。


 神から力を授かり、この世界へ降り立った謎めいた美少女——“青の神子”イロハ。彼女は皇太子殿下や将来有望な子息から寵愛を受け、学院に君臨していた。

 それをよく思わない皇太子の婚約者セレスティナは“青の神子”と反目しあっており……なんて、市井で流布(るふ)している大衆小説みたいな状況を思い描いていたのだ。


 それがまさか前提、すなわち“青の神子”が皇太子たちを(はべ)らせているという認識そのものから、間違っていたとは。


 だが、同時に疑問が浮かんだ。


「だとしても、どうしてティナが“神子”を気にかける必要が?」


「どうしてって、イロハはわたくしの友人でしてよ。この国の常識を教えたのはわたくし、勉強を教えたのもわたくし、そしてあの綿飴(わたあめ)頭から守っていたのもわたくし……おかげでイロハはわたくしを(した)ってくれるようになりましたのよ」

 セレスティナが得意げに胸を張った。


「おかげでルシュには随分と恨まれてましたけれどね……」

 アンリがすかさず口を挟むと、セレスティナは(とが)めるようにアンリを(にら)んだ。

「もう、あれの話はもういいでしょう。今はイロハの話をしているのに」


「失礼しました。つい口が出てしまいまして」

 アンリは素直に謝ったが、セレスティナはまだ不満そうだ。

 しかしすぐに気を取り直し、話を続ける。


「とにかく、イロハは殿下との婚約を望んではいませんでしたわ。それなのにあんな騒ぎを起こされて……可哀想なイロハ、彼女の名誉が傷つけられていないといいのですけれど……」


 確かにそれは心配になっても仕方がない。

 ディートヴェルデは深く納得する。



 “神子”は、他ならぬ神の手で使命を与えられてこの世界に導かれる。そのため、身分は王族と同等、時には王族以上の価値と影響力を持つ。


 そのため賢い貴族なら“神子”を(ないがし)ろにしたりしないはずだ。


 しかし“神子”といえど相手は小娘。それも異世界から来たために常識もしきたりも知らない、無知な赤ん坊のような存在だ。

 そのため、無知であることを愚かだと履き違えて嘲笑(ちょうしょう)したり、特別扱いを(ねた)んで、直接傷つけることはないにしても陰湿な嫌がらせをする者は絶えない。


 特に“身分の垣根(かきね)なく平等に”なんて謳っている皇立学院で“神子”への嫌がらせが頻発していた。


 下手人はもちろん学生たちだ。

 自ら行う学生もいるだろうが、何とも呆れ果てたことに、親やそれより上位の貴族からの指示でやらされた学生だっているという。


 セレスティナの言葉を聞くに、どうやら学院内では彼女が防波堤になっていたようだが、卒業した今、どうなっていることか不安になるところだ。




 また、世間知らずなのを良いことに“神子”を思い通りにしようという輩も存在する。


 数年前、隣国のシュヴェルトハーゲンでは王制が(たお)されるという革命が起こった。

 その原因というのが、“赤の神子”を巡って国王と三人の王子たちの間で争いが起き、さらには宮廷を巻き込んで大規模な政争となって国に混乱を招いたためだという。


 現在のシュヴェルトハーゲンは、軍事的革命を断行したアドラム・メッゲンドルファー元帥の下、新体制を築いているという。

 “赤の神子”も彼に保護されたのだとか。


 それ以上、荒れた話を聞かないということは、シュヴェルトハーゲンはうまくやっているのだろう。



 とはいえ、同じことがソルモンテーユ皇国で起こらないとは限らない。


 実際、“青の神子”イロハを利用しようと狙っている貴族は少なくない。

 発言権を増したりだとか、皇太子に擦り寄るためだとか、いろいろと理由はあるだろうが、信仰のシンボルにして不可侵であるべき彼女を薄汚い政争に巻き込もうとしているのは確かだ。


 それが今までは皇太子からの恋慕によって守られていたというのだから、本当に何が幸いするか分かったものではない。




「アンリは“青の神子”が今どうしてるとか知ってるか?」


 ディートヴェルデが訊ねると、アンリは静かに首を横に振った。


「いえ。どうやら僕に情報が渡らないよう箝口令(かんこうれい)でも敷かれているようで……しかし噂によるとレヴィアテレーズ皇女殿下が動かれているとか」


「……レヴィが?」

 セレスティナが怪訝そうな声をあげる。

「あの娘、イロハを嫌っていたのではなくて?」


「ええ、僕もそう記憶していますが……」

 アンリが頷くと、セレスティナは信じられないといった様子で、「あのレヴィがそんなことをするなんて……」とつぶやいた。



 レヴィアテレーズ・シャロル・ド・ル・ソルモンテーユ。

 現皇帝の娘で、皇太子ルシュリエディトの妹である。

 聡明な少女で、皇太子より四歳年下だがすでに才媛の片鱗を見せているとか。


 既にルシュリエディトが皇太子となっているため、レヴィアテレーズが表舞台に立つことはあまりないが、その数少ない機会だけで既に『皇帝陛下より決断力があり、ルシュリエディト殿下よりずっと賢い』なんて評されている。

 そのため彼女を皇太子として擁立すべきではないかと主張する勢力も既に存在する。


 そんなレヴィアテレーズがルシュリエディトを嫌っているというのは有名な話だ。

 特にルシュリエディトの軽薄な態度や乗せられやすい性格、惚れっぽいところが嫌悪感に拍車をかけているらしい。


 そのおかげか、ルシュリエディトとよくつるんでいる青の神子イロハのこともあまりよく思っていないという話は有名だ。


 そんなレヴィアテレーズが青の神子を保護するということは、心情に変化があったか、もしくは個人の感情よりも国益を優先して行動しているのだろうか。


 それはそれでなんだか心配になる話だ。



「とはいえ、わたくしにはどうにもできない問題には違いありませんわね。ひどく歯がゆいですけれど……」

 セレスティナの言葉に、ディートヴェルデもアンリも頷く。



「それより考えるべきは、貴女たち自身を守ることですよ」

 アンリの言葉にディートヴェルデは眉をひそめた。



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