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ep.7-2・皇都からの使者(2)

 それから二日ほど経った後のことだった。

 辺境伯邸に一羽の鳥がやって来た。


 渡り鳥を品種改良して生まれたその品種は長距離の飛行が可能なため、(つか)いとして重宝されている。

 瓢風(ひょうふう)神アヴィルティファレトの加護を示すかのような鮮やかな黄色の冠羽根を持つことからも明らかだ。


 その鳥の足には文筒が括り付けられており、黄色の小さな紙片が入っている。


 こうした(つか)い鳥に持たせる簡易的な手紙は色で大まかな要件を伝えることが多い。

 赤は緊急。徴兵など軍事的な内容や皇宮への出頭などを求める書状に使われる。

 黄色は赤ほどでなくともある程度重要な用事を伝えるものだ。

 そしてロイヤルブルーの紙に白いインクを使うのはソルモンテーユ皇国の皇族が使う色であり、庶民はもちろん貴族も使わない。

 それ以外の用事は白い紙に書かれるのが通例だった。


 辺境伯ハッケネスが黄色の紙片を広げると、皇国の国章に尚書(しょうしょ)(きょう)(皇国における宰相)の署名を添えて次のようなことが書かれていた。


『陛下がおしたためになった手紙を使者に持たせた。鳥の翼を考えれば手紙が届いて三日後の朝には着くだろう。使者として立てたのは……』


 手紙の末尾には使者となった数名の名前が書いてあった。その数5人。

 皇帝からの手紙を運ぶには少ない気もするが、移動は国内に限るので安全と見ているのだろう。


 しかし、使者が到着する三日前に文を送るなんて、非常識と言うほかない。


 皇宮からの使者なのだからある程度の歓待は必須。その準備をさせようと思えば、五日間は空けるのが常識である。

 それなのに使者を知らせる早文から三日後、しかも朝に来るということは実質的な準備期間はたったの二日だ。

 それだけ直前に送ってくるということは、辺境伯家を軽んじていることの証左と言っても過言ではない。



「はぁーー……」

 ハッケネスはこれ見よがしにため息をついた。


 こういった非常識な用件を押し付けられることはままあるし、慣れている。事前の知らせ無しに来られるよりはずっとマシだ。

 だが、そんな礼儀知らず共を歓待するのは疲れるしストレスが貯まるのだ。


「やれやれ……イングヴァーとアニスには何と伝えたものか……」

 執事長と家政婦長からは呆れられるし怒られもするだろう。


 だがハッケネスが悪いのではなく、こうして直前に連絡してくる皇宮が悪いのだ。


 彼らが怒りの矛先をハッケネスではなくボンクラで無能な宮廷貴族に向けてくれることを願うばかりである。


 ハッケネスはもう一度深いため息をついて、それから気の進まない様子で使用人を呼ぶべく呼び鈴を鳴らした。



***


 早文に書いてあるとおり、皇帝からの手紙を運ぶ使者たちは3日後の朝に到着した。

 

 手紙を運んで来たのは五人の文官たち。

 代表者を務めるのは宮廷貴族の一人であるパペトゥリ伯。彼は宰相こと尚書(しょうしょ)(きょう)の下で働く上級文官の一人らしい。


 パペトゥリ伯を筆頭とする五人は水棲馬(ケルピー)六頭の()くゴンドラで辺境伯邸に乗り付け、どこか疲れた様子で屋敷に上がり込んだ。


 どうやら強行軍で辺境伯領まで来たようだ。


 水棲馬(ケルピー)たちもひどく疲弊(ひへい)しているらしく苛立った様子で水面を掻いている。


 よほど急いできたに違いない。



 ハッケネスとディートヴェルデは五人を応接室に通し、ソファを勧める。

 するとパペトゥリ伯が「ありがとうございます」なんて殊勝な御礼を言ってぐったりと座り込んだ。

 それに続いてほかの四人もソファに崩れ落ちるように座る。

 まさに死屍(しし)累々(るいるい)といった有様だ。


 唯一(ゆいいつ)声を発したパペトゥリ伯の声がカサついて喉が渇いていそうだったので、アイスティーを差し出すと、ゴクゴクと飲み干した。

 もしかするとまともに飲み食いもしていないのかもしれない。


 「ぷはぁっ」とエールを飲み干したおじさんのような声を上げ、パペトゥリ伯はまじまじとアイスティーの入っていたグラスを見つめた。


「いやはや、冷たい紅茶でもこんなに美味とは……自分でも()れようとすると濁ったり香りが損なわれたりして、あまり好きではなかったのですが……これは良いですね。是非()れ方を教えていただきたいものです」

 パペトゥリ伯はそう言って相好(そうごう)(くず)す。どうやらよほど喉が渇いていたらしい。


 この程度でこんなにも感謝されるとなんだかむず痒くなってくる。


 ディートヴェルデがちらりと父の顔へ視線をやると、ハッケネスもなんとも言えない顔をしていた。

 この反応を見るに、宮廷貴族でここまで謙虚な態度を取る人は稀なのだろう。


「喜んでいただけてなによりです。……それで、陛下からは何と?」

 耐えきれなくなったハッケネスが端的に用件を伝えると、「ああ、そうでした」とパペトゥリ伯はある箱を差し出す。


 一目見て品質が良いとわかる黒檀の木箱だ。

 その蓋には金銀をたっぷりと使った細工で皇国の国章が象られており、群青(ぐんじょう)色のサファイアが輝いている。

 皇族が臣下に下賜(かし)するときに使う箱だ。


 ふつう文書なら(カバン)や文筒に入れられ、文官の手で運ばれる。

 それは皇帝直筆のものも同じ。

 よほど重要な内容でなければ、ただの紙と同じ扱いを受ける。


 それをわざわざ箱に入れて贈ってきたということは、皇帝の言わんとすることがとても重要であることを示している。


「どうぞ中をお(あらた)めください」

 パペトゥリ伯に(うなが)されるままハッケネスは皇帝からの手紙を手に取った。


 白い封筒だ。だがその質感と金の箔押しで描かれた模様を見るに、かなり高級な素材を使っていることが分かる。


 封蝋を丁寧に剥がし、開いてみると、ロイヤルブルーの紙が現れる。

 一片のムラもない鮮やかで深い青は、皇室を象徴する色である。平民はもちろん貴族も使うことが許されない色だ。

 そんなやんごとなき紙に、白いインクで文字が書かれていた。


 内容をかいつまんでいくと、以下のようになる。


『二人を我が愚息の奇行に巻き込んでしまい申し訳なかった。現在謹慎(きんしん)させており、反省を(うなが)しているところだ。』


『セレスティナと皇太子ルシュリエディトの婚約破棄は、評議会でも議論され、承認された。』



『そして、セレスティナとディートヴェルデとの婚約を正式に認める。』



 その文言を目にして、ディートヴェルデはぐっと拳を握り、小さくガッツポーズをした。

 これで色々な計画を先に進めることができる。



 ハッケネスが生温(なまぬる)い視線をディートヴェルデに送っていたが、それは全力で無視をした。


 たぶんガッツポーズしているところをばっちり見られたのだろう。

 そしてこう思ったに違いない。

(こいつ、もうこんなにセレスティナ嬢に入れあげていたのか……)



 皇帝が書いた手紙の末尾にはこうとも書かれていた。

『愚息が迷惑をかけた詫びとして、何か贈ろうと思う。何が欲しいか考えて返書にしたためるように。』


 この文言には、ディートヴェルデもハッケネスも困惑した。


 皇帝陛下から何かを下賜(かし)されるのは非常に光栄なことだ。そして何を下賜(かし)されたとしても、大抵そこらでは手に入らないような価値あるものである。

 しかも欲しいものをくれるなんて願っても手に入らないほど貴重な機会だ。


 だが、今回は皇太子の婚約破棄騒動に対するお詫びだという。


 不相応なものを求めれば、常識知らずだと思われるだろう。心象が悪いことこの上ない。

 かと言って取るに足りないものを求めては、せっかくの機会なのに勿体(もったい)ない。


「うぅむ……」

「これは難しいな……」

「考えるのに時間が必要だ」

 ディートヴェルデとハッケネスは(ひたい)を突き合わせて相談するが、そうそうすぐに決まるわけもない。


 仕方がないので返事には時間をかけることを伝え、使者たちには数日ほど辺境伯領に滞在してもらうことにした。



 恐らく強行軍で辺境伯領まで来たであろう彼らを皇都までとんぼ返りさせるのは流石に可哀想に思われたというのも、彼らに滞在を許した理由の一つであろう。

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